第16話

 『へぇ、そうか。その物語、ハッピーエンドになるといいけどね』

 『奇遇だね。私もそう思っているの。でも、ハッピーエンドになるかどうかは、間抜け面の男の子にかかってると思うなぁ』

 麻生が、またしても挑戦的な表情を僕に向けてくる。

 『そうかな?その女の子は結構強そうだからさ、きっと、自分の力で生き抜いていけると思うけど』

 『そんな事ないよ。間抜け面の男の子が、いつまでも間抜け面して生きていなくちゃ、女の子はきっとまた、この世界中で自分だけが不幸なんだとかいう痛い勘違いをして、悲劇のヒロインを気取っちゃってる、偏屈へんくつな女に逆戻りしちゃうと思うよ』

 『そうかな』

 『そうだよ。だからさ、君は君らしく、ずっと間抜け面で生きていてよ。小難しい事考えて思い悩んだって、バカな君には答えなんて見つけられないんだからさ。私の隣でずっと間抜け面をさらしているのが、君には合っていると思うよ』

 『ひどいなぁ。仮にも未来の旦那だんなに向かって、バカだとか、間抜けだとか』

 『君が本当に私を嫁にしたいっていうのなら、いつまでもバカで間抜けな安藤君のままでいてよね。具にもつかない事を頭の中でこねくり回している時の君は、なんだかとっても辛そうだから、だから、もう、答えの出ない事でうじうじ悩むのは禁止です。はいっ。これっ、プレゼント。お誕生日おめでとう』

 麻生は、カバンの中から、プレゼント用に包装された小箱を取り出すと、とびっきりの笑顔を添えて、僕に渡した。

 僕は、その笑顔だけもらえたら充分だったのだけれど、プレゼントもありがたく受け取る事にした。

 気がつけば、世界はすっかり夜の闇に包み込まれて、小高い丘の上の公園に、幾千万いくせんまんの星が降り注ぐ。

 『この公園なんだよ』

 『えっ?』

 『昔話の女の子が、間抜け面の男の子を見つけた場所』

 僕に背を向け、街を見下ろす麻生は、今、どんな表情をしているのであろうか。

 『そういえば、さっき、僕と君が初めて出会ったのも、この公園だって言ってたよね?』

 『さぁ、どうだったかな?忘れちゃったや。でもまぁ、間抜け面の男の子も君と肩を並べるくらいのお間抜けさんだから、きっと、昔とっても可愛い女の子の子宮をキュンとさせた事なんて、覚えてないんだろうけどね』

 そう言って、僕に振り返った麻生の笑顔は、なんだかいつもより輝いている様に見える。

 『子宮とか言うなよ。女子高生なんだから』

 『なんで女子高生は子宮って言っちゃいけないの?ねぇ?じゃあ、誰なら子宮っていう言葉を使う権利があるの?』

 そう僕にまくし立てる麻生は、フェミニストよろしく、男女平等でも訴えようというのであろうか。

 『いや、言っちゃダメって事は無いけどさ、人に聞かれたりしたら、ちょっと変な子だと思われたりするかもしれないし、普段から子宮、子宮って言ってたら、絶対に言っちゃいけない様なシチュエーションで、子宮っていう言葉が飛び出しちゃうかもしれないだろう?だから、あんまり使わない方がいいと思いますよっていう提案です』

 『わかったよ。ダーリンの提案なら、大人しく聞く事にします。私の事を思って言ってくれているんだもんね。じゃあ、一日、5子宮までにするよ。あっ、でも今のも1回としてカウントしたら、もう5個たまっちゃったよ。ねぇ、今のはノーカウントでもいい?』

 上目遣いで懇願こんがんしてくる麻生来未はびっくりするぐらい可愛い。

 あまりにびっくりしたので、僕は、思わず彼女を抱きしめてしまいそうになった。

 あぶない。あぶない。

 気を抜いたら、キスなんかをしてしまうかもしれない。

 ライトじゃなくて、ディープの方。

 『今のはノーカウントでいいよ。っていうか5回って結構多くない?』

 『イェーイ、やったね!あと1回言えるぜっ!ちなみに、5回は少な過ぎると思うよ、普通の人なら、朝起きて歯を磨く前に5回は口にする言葉だし、もしもの時に5回使い果たしちゃってたら、大きなチャンスを逃してしまうかもしれないじゃない。私はとっても妥協したんだから、君もちゃんと妥協しなさい』

 普通の人は、朝起きてから歯を磨くまでに5回も子宮というワードを口に出すのか?

 僕の家には普通の人なんていないから、麻生の言っている事が正しいという可能性もなくはない。

 だから、僕には子宮というワードによってつかみ取れるチャンスなんて、一つも思い浮かばないのだけれど、子宮という言葉とその言葉の持つ力を信じる麻生来未の価値観を、尊重する事にした。

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