第14話

 うねうねする毛虫を先っぽに乗っけた割り箸を、初対面の人間に差し出してくる。

 出会ったその瞬間から、麻生来未は教科書通りのサイコパスであった。

 『いらないよ。そもそも自分が嫌だって思っている毛虫を他人に押し付けるなよ!』

 『あら、だって人によって価値観は様々でしょう?第一印象で、もしかしたら、あなたは歓声を上げて毛虫を踊り食いするたぐいの人かなぁって思ったから』

 『そんなイカレた価値観の持ち主は、真っ当に高校に通おう、なんて発想にならないだろう。それに、僕がもし、本当にそんなヤバイ価値観の持ち主だったなら、絶対に近づかない方が良いよ』

 『私、そんな人にこそ近づきたいの!代わり映えのしない人間なんて、一緒にいても面白くないでしょう?一度きりの人生なんだから、私は、やっぱり、君の様な人にこそ近づきたいと思うの』

 そう言って、バッキバキに決まっちゃってる目で、先程よりも強く、毛虫を乗せた割り箸を差し出してくる麻生に、

 『だから、僕は、そんな狂った価値観を持っちゃいないよ!仲良くなる価値なんて全く無い、つまらない人間なんです。だから、仲良しを作りたいなら、他をあたった方が良いですよ。君の事を満足させられる程ヤバイ奴は沙婆しゃばには中々いないと思うけれども』

 そう答えるや否や、鳩尾みぞおちに、今までの人生で経験した事のない程の、とんでもない衝撃が走り、あまりの痛さに、僕は、その場にうずくまる。

 麻生来未の正拳突きは、出会った頃から、正確無比せいかくむひに急所を貫く彼女の代名詞とも言える必殺技なのであった。

 彼女には、暗殺の師匠でもいるのであろうか?

 『お前がお前の価値観を決めるなよ!君はとってもユニークだし、何より、私が君と仲良くなりたいって言ってるんだから、君は黙って私と仲良くなればいいの』

 どこかの、歌が下手くそなガキ大将の様な独りよがりなエゴイズムを振りかざす女の子となど、仲良くなりたくはなかったのだけれど、僕の隣には、22世紀のネコ型ロボットはいないし、不思議なポッケも持っていないので、丸メガネをかけた無能ないじめられっ子よろしく、黙って麻生に従う事にした。

 『私、麻生来未。よろしくね』

 笑顔で手を差し出す麻生来未は、中々街でも見かけない程の可愛さを与えられたから、きっと神様がバランスをとって、性格に難をカスタマイズしたのだろう。

 ちょっとやりすぎな気はしないでもないけれども。

 『よろしく』

 と差し出された手を握り返した僕に、

 『名前は?もしかして無いの?無いのなら私が付けてあげましょうか?きっと名前が無いと高校には入れないと思うから』

 麻生が、可哀想な者を見る目で僕を見つめる。

 『無い訳ないだろ!安藤だよ』

 『アン・ドウ?アンが苗字でドウが名前って事でいいのかな?それとも、ドウがファミリーネームでアンがファーストネームかしら?』

 『安藤は苗字だよ。やすいの安に、ふじの花の藤で、安藤。苗字だけ教えたら充分だろ?』

 『あらあら、思春期丸出しで可愛いわね。まぁこんな可愛い女の子とおしゃべりしてたら照れちゃうのは無理ないけど。じゃあ改めて、よろしくね。安藤君』

 その時見せた、麻生来未の天使の様な笑顔に、不本意ながら、僕は、見とれてしまったのであった。

 彼女はとても可愛いらしい。

 その類稀たぐいまれなるイカレた価値観を補って余りある程に。

 それは、認めざるを得ない事実であるなぁ等と、桜色に染まった世界の中で、ぼんやりと考えていた。

 それが、僕の中での、麻生来未との初めての出会いの日の記憶なのであった。

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