第12話

 『着いた!』

 麻生の声で、思考の海から引き上げられて顔を上げると、僕は、いつの間にか小高い丘の上の公園に立っていた。

 『着いたって、ここ目指してたの?』

 『そうだよ』

 『何するの?』

 『別に、何もしないよ』

 麻生は、街を見渡せる場所まで僕を引っ張っていくと、

 『ただ、今、この瞬間に、君と、ここでこうしていたいだけ。迷惑?』

 そう言って、小首を傾げて僕に微笑みかける。

 迷惑だよ。と言いたいのに、心のどこかで今、麻生とここで、こうしているのは、とても自然な事なのではないか?と思えてならない僕は、

 『別に、迷惑なんかじゃないよ』 

 と、照れを隠す様に言ってから、麻生の手を握る右の掌に、真心を込めた。

 『でも、どうして今日、ここなの?』

 『あら、今日が何の日か分からないの?』

 『今日は木曜日だと思うけれど』

 『曜日は関係ないよ』

 『曜日じゃないとしたら、そうか。今日は15日だから、駅前のドラッグストアのポイント5倍デーだ』

 『ドラッグストアのポイントが欲しいならこんな所に来る訳ないでしょう?ちょっと、本当に分からないの?』

 『いや、実はこれじゃないかな?っていうのが一つあるんだけど、でも、麻生が知ってる訳ないし、やっぱり違うと思う。』

 『それだよ、それ。絶対それ!言ってみなよ』

 麻生のテンションの上がり様に、もしかしたらと、僕は恐る恐る口を開く。

 『駅前の定食屋でやってる、ちゃんこ鍋大食いチャレンジ。あれ、たしか賞品が幕内力士のブロマイドだったから、ひょっとして』

 『違うよ。何で力士のブロマイドの為に大食いなんてしなきゃならないのよ』

 『そっかぁ。じゃあ、もう僕には分からないな』 

 『本当に分からないっていうのなら、君はどうかしているよ』

 『麻生にどうかしているって言われる程どうかしてるなんて、ショックがデカ過ぎて、僕はとても立ち直れそうにないよ』

 『失礼な奴だな』 

 麻生の渾身こんしんの正拳突きが僕の鳩尾みぞおちにめり込んで、上手く呼吸が出来ない。

 どうやら彼女は、相変わらず加減というものをしらない様である。

 『今日は、君の誕生日だよ』

 『えっ?』

 『だから、君の生まれた日』

 『いやっ、何で知ってるの?キモッ!怖っ!』

 ドスッ。と、先程と寸分違わぬ場所に、またしても麻生の渾身の正拳突きがめり込み、ちょっと意識が飛びかけた。

 『ちなみに、ここは私と君が初めて出会った場所なんだよ。まぁ、君は、そんな事覚えていないだろうけれど』

 朦朧もうろうとした意識の中で、耳に入ってきた麻生の言葉を、もう一度反芻はんすうしてみる。

 ハジメテアッタバショ?

 【初めて会った場所】っていう意味か?

 僕と麻生が初めて出会ったのは、高校に入学する時だろう?

 意識を集中させて、精一杯思考を巡らせるが、記憶の奥のまた奥に沈み込んでしまったのであろうか?麻生との出会いの記憶は、一向に姿を現してくれない。

 そもそも、そんな出会いが本当にあったのであろうか?

 麻生の勘違いという線も、全く無いとは言いきれない。

 なんせ、この子は四六時中勘違いを繰り返すちょっとヤバめの女の子なんだから。

 

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