第11話

 『それに、私は知ってるからね』

 『知ってるって、何を?』

 『さて、なんでしょうね?』

 『からかってるんならやめてくれよ。見ての通り、僕は繊細で傷つき易いんだから』

 『からかってなんかないよ。私は君を愛している。心から。嘘じゃないよ、でも理由なんてつまらない事聞かないでよね。あと、今のは告白とかそういうのじゃないから。もし君が私を欲しいと思うのなら、ちゃんとロマンチックな愛の言葉で私を落とさなくちゃダメなんだからね!』

 『じゃあ、アイラブユー』

 『ダメ、全然心がこもってないし、LとRの発音が全くなってない!』

 『アイニージュー』

 『ダメだね』

 『アイミスユー』

 『全然ダメだね!私の事なめてるの?君は知らないかもしれないけれど、私はエゲツない程モテるのよ!私が君を愛してるからって、それで呑気のんき胡座あぐらをかいてたらダメだよ。死に物狂いで努力しなくちゃ私を嫁にするなんて、夢のまた夢なんだから、そこの所を忘れない様に!精々私に愛される幸せを感じながら日々精進しなさい』

 上から目線で、私を嫁にする為に努力をしろと言ってくる麻生に、全く腹が立たないと言えば嘘になってしまうけれど、なぜだろう?気が付けば、いつの間にか僕は麻生を嫁にしたくて堪らなくなっている。

 やっぱり、僕にも君なんだね。

 でも、この想いを、今の僕では上手に形に出来そうにないから、麻生を嫁に迎えるにはまだまだ時間が掛かりそうであります。

 『それで?今日、僕に部活を休ませた理由はいつ教えてくれるの?』

 『知りたいの?』

 『知りたいよ。まさか、部活を休ませておいて、ただお散歩するだけって事はないんだろう?』

 『さぁ、どうだろうね?でも、安藤と街をブラブラするの楽しいよ。私は』

 『勿体もったいぶらないで、何かあるなら早く言えよ』 

 『まぁまぁ、焦らないで。私について来れば分かる事なんだから。結果の分かっている物語を読んだって面白くないでしょう?人生は先が見えないからこそ楽しいんだよ。それに、さっきから、部活を休ませただのなんだのと女の腐ったのみたいで気持ち悪いから、もうそれ言うの禁止ね!言ったらグーで鳩尾みぞおち殴るから』 

 そう言う麻生来未の、僕と繋がれた小さな手は、冷凍庫の様に冷たい。きっと心が温かいのだろう。とっても。

 普段、部活をしている時間に歩く街の風景はとても新鮮で、緩やかに流れる時間に身を任せていると、一時いっときではあるけれども、残酷なまでに救いのない競争社会の喧騒を忘れる事が出来て、僕は久しぶりに僕を取り戻せた様な気がしている。

 そういえば、慌ただしい日々に追われている内に、いつの間にか、僕は、今、この瞬間に目を向ける事をしなくなっていた。

 明日もこの命が続くという保証など、どこにも無いというのに、未来にばかり目を向けていて、二度とは無い今、この瞬間を、湯水の様に垂れ流しながら、無いものねだりを繰り返し、自分の手の中にあった筈の光り輝く宝物を取りこぼして、ようやく自分が恵まれていたのだと気づく始末だ。

 そんな日々を繰り返しているうちに、いつの間にか、僕のは僕までも失ってしまっていたのであった。

 だけれど、今、この瞬間にしっかりと目を向けて見れば、僕の手の中には、とても素敵な宝物が、少し自己主張が激しいきらいはあるけれども、まばゆい光を放って、僕の心を捕らえて離さない、太陽みたいに温かな最愛が一つ、しっかりと収まっている。

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