第6話
くりくりとした大きな目で僕を見つめる、麻生来未の笑顔が僕を照らす。
『まぶしい』
『えっ?』
つい口から飛び出してしまった心の声に、ここぞとばかりにモンスターが食いつく。
『何?』
『いや、今、何か言ったでしょう?』
『別に、何も言ってないよ』
『えー、言ったよぉ!まぶしいって、今日曇りだし、ここ教室の照度は大体500ルクスぐらいなのに、何がまぶしかったのかなぁ?気になるなぁ』
追求を逃れようと、窓の外の曇天を眺めて誤魔化そうとする僕のほっぺを、つんつんと突きながら、
『ねぇ、何がまぶしいの?気になるよぉ』
と、麻生が猫撫で声で尋ねてくる。
『知らないよ!君の空耳だろう?ここにはまぶしい物なんて何もないよ』
『えー、そうなの?私はてっきり、気になる女の子の天使の様な笑顔が、まぶしくてまぶしくて堪らないのかと思ったんだけど、違うのかなぁ?気になるなぁ』
こいつは完全に、僕で遊んでいる。
麻生来未なら、本当に僕を拉致して体に爆弾を埋め込んだりするかもしれない。
いやっ、流石にそれは無いか。
『あるよ』
また僕の心を読んだのか?こいつは。
『君の笑顔』
『はっ?僕の笑顔?』
『ここにある、まぶしい物だよ。君は、ここにはまぶしい物なんてないって言ったけどさ、君の笑顔は、私には、まぶしくてまぶしくて堪らないよ』
麻生は優しい微笑を浮かべる。
『だからさ、いつも笑っていてよ。安藤のその笑顔は、少なくとも私の世界を明るくしてくれるんだから』
『まぁ、努力はしてみるよ』
こんな僕の笑顔で、誰かの世界を照らせるのなら、四六時中笑っていたいけれど、心の底から笑い続けられる程、僕は強い人間では無いし、嘘の笑顔では誰も照らす事なんて出来やしない。
取り敢えず、努力の第一歩として、僕はこの競争社会で生き残る為の論理的思考を手に入れる為に、黒板に羅列されたつまらない方程式をノートに書き写す事にした。
競争なんてしたくない。
戦いなんてまっぴらだ。
それでも、僕は生きている。
この世界で生きているという事は、すなわち、競争に勝ち残っているという事だ。
僕は生きる為に、今日も命を食べている。
僕のクラスには何の落ち度もないというのに、強者の
僕は部活でレギュラーを勝ち取る為に、日々汗を流して練習に励んでいる。
競争が嫌いだ等と
勝って、勝って、勝ち続けて、新しい明日に辿り着いたとしても、心と体をすり減らしてボロボロになるだけならば、もう勝ちたくないと思ってしまう事もある。
そして、いつか、自分よりもっと強い何者かに負ける時が来たならば、今までの勝利なんてまるで無かったかの様に、僕という存在の全ては丸ごとこの世界から消し去られてしまうのだ。
どうして皆狂わずに、平気な顔をして椅子に座って黒板の方程式を
こんな、競争に勝ち残る為のくだらない知識を詰め込む時間があるのであれば、平和な世界を作る為の有意義な話し合いをしませんか?という提案をしたいのだけれど、高校1年生、思春期真っ盛りの僕には、そんな提案をする勇気はないので、色々なモヤモヤを無理矢理飲み込んで、平気な顔をして、黙々と板書を続けている今日この頃であります。
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