第5話
黒板に次々と羅列されていく面白くもない数列をぼんやりと眺めるこの日々が、3年間も続くのかと思うとぞっとしないけれど、僕はこの世界に抗う術を有していないので、大人しく長いものに巻かれる道を選ぶ。
それにしても、数学って何の為に学んでいるんだろう?
社会に出たら、方程式なんて使い所なさそうだけれど。
『論理的思考を養う為だよ。それに、職種によっては実務で方程式を使う事もあるし』
『ちょっと、人の心読むのやめてくれる?びっくりするから。ていうか、何で心読めるんだよ』
楽しげな笑みを浮かべる麻生は、相変わらず可愛らしいけれど、やっぱり人に自分の心を読み取られるというのは、気持ちの良いものではない。
『だって、顔に書いてあるんだもん』
『書いてある訳あるか』
『書いてあるよ。麻生来未ちゃん、天使と見間違えるくらい可愛い。愛してるって』
『それは本当に書いてないだろ。勝手に人の心の声を
前半はほぼ当たっているけれど、愛しているというのは間違っている。
いや、正確に言えば、ぼくは【愛している】が分からないので、当たっているかどうかの判別をつける事が出来ないのである。
『まぁ、とにかくさ、この先の安藤の人生で、今黒板に書かれている方程式が役に立つ時はきっと来ると思うから、ちゃんと覚えておきなさいよ』
『僕の人生に、そんな瞬間はきっと訪れないとおもうけど』
『そんな事ないよ。例えばそう、この無慈悲な競争社会が生み出したモンスター。歴史に名を残す様なサイコパスが、ある日、君を拉致して、真っ白な壁で囲まれた6畳の部屋に閉じ込めて、体の中に遠隔式の爆弾なんか埋め込んじゃって、命が惜しければこの方程式を解け!なんて言ってくる可能性は大いにあると思うよ』
『ないよ!そんな可能性。僕は人に恨みを買うような事はしないし、そもそも、そんなモンスターに出くわす可能性なんて、象が針に糸を通すよりも低いだろ』
『ちょっと、その例えの意味は分からないんだけど、でもモンスターは意外と身近な生活のシーンに潜んでいたりするかもよ』
『例えば?』
『そうね、例えば高校生のクラスの前の席に座っている気になるあの娘とか。数学の時間に黒板を間抜け面で眺めてたら心の声を読んできた、天使みたいに可愛いあの娘とか。好きで好きで堪らなくって、思わず嫁に来いよって口説いちゃったあの娘とか』
『それ、全部君の事だよね?』
『さぁ、どうでしょうね?』
『未来の旦那に、そんな酷い事しないでくれませんか』
『だから、勝手に旦那になった気にならないでよね。まぁそれはともかく、今、私から言える事は1つだけよ』
『何?』
『暗い夜道では、せいぜい背中に気をつける事だ!』
『殺る気満々じゃねぇか』
社会の歪みが生み出した、恐るべきモンスターは、モンスターらしからぬ愛らしい笑顔で僕を見つめる。
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