第3話

 『頑張るだとか、そういう下らない精神論はいいから、必ず結果を出して、強い遺伝子を残すの。とりあえず、お母さんの言いたい事はそれだけだから、朝ご飯食べたら、さっさと支度して学校行きなさい』

 最後だけ母親らしいセリフを吐いた母さんは、テレビを消すと、億劫そうに立ち上がって自分の部屋へと消えていった。

 

 まぁ、なんだかんだ言っても、こうやって毎日朝ご飯とお弁当を作ってくれて、内容はちょっとアレだけれど、息子とのコミュニケーションも大事にしている。

 

 そんな母さんは、凄い人だなぁと、密かに彼女を尊敬している自分がいる事が、なんだか無性に悔しくて堪らない。

 

 けれど、部活の朝練に遅れたらまずいので、その悔しさは心の奥にそっとしまって、急いで通学の準備に取り掛かる事にした。

 

 僕は、母さんの事を愛しているし、人生というものも堪らなく愛している。

 

 でも、だからこそ、高校生になるやいなや、いきなり母さんが僕にかける様になった、大きすぎる期待に、そのプレッシャーに押し潰される事で、初めて気がついた、この世界の不平等と残酷さが、否応なしに僕の弱い心を責め立てる。

 

 力のある者だけが思うままに生きられる。

 

 笑ってしまうくらいに、教科書通りの弱肉強食。

 

 食物連鎖の輪から外れた人間は、負けても生物学的に死ぬ事はないけれど、その敗北の先に待ち受けているのは、目に見えない圧倒的な力に蹂躙じゅうりんされる、みすぼらしい人生だけだ。

 

 せっかく、食物連鎖の輪から外れたというのに、仲間同士で傷つけ合って、虚しい人生を終わらせる為に、結局自分で命を終わらせるという選択肢を選ぶ人もいる。

 

 なんとも絶望的で、素晴らしき競争社会。

 

 朝から、この様な憂鬱ゆううつな気持ちになるのは、堪らなく嫌なのだけれど、起き抜けの頭に、母の常軌を逸したエゴイズムを間髪入れずに叩き込まれると、僕のガラスのハートは簡単に挫けてしまう。

 

 僕は、どうしてグレないのであろうか?

 

 あの母親は、どう贔屓ひいき目に見たって、なかなかやばめのサイコパスだと思うし、僕はそのサイコパスに成す術もなく蹂躙される、善良な子羊だと思う。

 

 母親が、あんまりにも遺伝子、遺伝子とうるさいので青春真っ只中であるというのに、僕には性欲というものが、いやっ、それ以前に、女の子に対する興味というものが全くない。

 

 かといって、別に男色という訳でもなく、恋心という気持ちが、16才にもなって全く理解出来ないのである。

 

 青春を謳歌おうかしたいのに、このままでは、優秀な遺伝子を残すどころか、彼女を作る事すら出来ずに、僕の高校生活はあっという間に終わってしまうだろう。

 

 あーっ、青春したいけれど、そもそも青春するって、何したらいいんだろう?

 

 高校生になったら、誰もが自然に青春の恩恵を享受きょうじゅ出来るものとばかり思っていたのだけれど、どうやら青春するにも青春するに足るだけの力が必要であるようであります。

 

 あれも力。これも力。


 まったく、競争社会というものには、ほとほと嫌気が差している筈であるのに、僕は今から、競争に勝つ為の力を養うべく、部活の朝練に向かおうとしている。


 あぁ、素晴らしき弱肉強食。

 

 救いのない修羅の世界。


 もういい加減、ゆっくり眠らせてくれないか?

 

 愚にもつかない事をうだうだと考えていると、僕は、いつの間にかグラウンドに辿り着いていた。

 

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