第2話

 『それが、親の言うセリフですか?もっとこう、今しかない時間とか、友達とか、チームワークを大事にした方が良いんじゃないの?学校生活って』

『確かに今しかない時間は大切よ。だから、今しかない時間の全てを懸けて勉強に取り組むの。ちなみに、友達やチームワークは生きていく上で全く必要の無いものだから、捨ててしまって、全く問題ありません』

 『相変わらず、とっても偏った思想の持ち主ですね、お母さんは。どうしてそんな考えの人間が子供を作ろうなんて考えに行き着いたのか、甚だ不思議でならないよ』

『あら、だって生き物の役目は、優秀な遺伝子を後の時代に残す事、ただそれだけでしょう?それ以外の生きる意味なんて、仮に、それが皆んなから賞賛される様な殊勝なものであったとしても、人間が自己満足する為に作り出したエゴでしかないのよ。だから、本来母さんは、あなたをこの世界に産み落とした時点で、ただの塵芥と化した訳なのだけれど、まだ、あなたが後の時代に優秀な遺伝子を残す手伝いをしなければならないから、今も、こうやって、醜く生にしがみついているのよ。どう?みっともないでしょう?』

 まるで、機械音の様な抑揚の無い声で、何と答えたら良いのか分からない質問を繰り出してくる。

 

 僕は、この親の子供として、この家で生まれ育って、グレる事なく真っ当な道を歩けている自分が、なんだか急に、訳もなく誇らしくなってきた。

 

 『そう言えば、この間の予備校の話だけど、高3の夏までは、部活があるから入れないよ。だから、それまでは自学自習で何とかするから、その方がお金も浮くし良いでしょう?』

 『それで、東大に入れるの?』

 『はっ?』

 『いやっ、だから、それで東大に入る為の算段はつけられているのかと聞いているの』

 バキバキに決まった目の母親が、殺人AIの様な冷たい言葉で捲し立ててくる。

 『いや、ついてないけど』

 『なら、予備校に入りなさい!!』

 『予備校に入ったって無理だと思うけど』

 『あら、無理じゃ無いわよ!予備校に入って、毎日18時間勉強したら、余裕で東大なんて入れるわよ。別に文3でも良いんだから』

 『1日18時間も勉強できる訳ないだろ!部活の練習だってあるんだから、そんで文3って何?』

 『部活って野球部でしょう?そんなの、適当にバッチこいとか言いながら、英単語と古文単語を覚えてたらいいわよ。それ以外の時間は、通学の時間も、ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も勉強!そして、眠る時のBGMは英語雑誌の付録CDを流すのよ。もちろん、夢の中でも勉強。これで、無理なく18時間勉強できるの。ちなみに、文3っていうのは、東京大学文科3類の略です』

 

 この人は、マジなのであろうか?

 

 声音に抑揚が無いので、分かりづらいが、やはりバッキバキに決まった目と、なんとも言えない脅迫めいた力の込められた言葉から察するに、どうやら彼女はマジらしい。

 

 『中学までは何も言ってこなかったのに、どうして高校に入った途端に勉強、勉強って言い出したんだよ?そんなに東大に入れたいんなら、もっと小さい頃から、少しずつ、無理なく勉強させれば良かっただろう?』

 『だって、東大に入るのに大事なのは、高校での勉強なんでしょう?母さんは中卒だからよく分からないけれど、高校で血反吐を吐くほど努力したら、あなただって、必ず東大に入れるんじゃないの?血反吐で足りないのなら血尿と血便も垂れ流せば良いじゃない?』

 『いやっ、血反吐なんて吐きたくないよ!急にそんな過度な重荷を背負わされたら、僕潰れちゃうよ』

 『大丈夫。あなたが潰れたら、母さんが何度だって立ち上がらせてあげるから。だから、あなたは3年間、ただひたすらに血反吐を吐き続けて、東大入学を果たして、そして首席で大学を卒業して、美人で頭が良くて、スポーツ万能で、長生きしそうな女の子を見つけて孕ませるだけで良いのよ!そうしたら死んで良いから、ご褒美に真っ暗な墓穴の中で好きなだけ、ぐっすりと眠るといいわよ』

 

 この人、マジでいっちゃってる。


 自分の中卒の遺伝子を棚に上げて、人に3年間も血反吐を吐かせようとするなよ!もっと息子を愛せ!とは思っていても言えなくて、何と答えたら良いのか分からない僕は、

 

 『うん、まぁ、出来る範囲で頑張るよ』

 

 と答えて、コーヒーを飲んで心を落ち着かせようと試みる。




 


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