嘘
@ever_blue
第1話
「飛び降りたら?」
表情を少しも変えないまま、氷のように冷たい声で君は言った。ああそうだよな、と僕は思った。別に君に何かを期待していた訳ではない。君がそういう性格じゃないことは、僕が一番分かっているから。逆に、これで良かった。君に引き止められたりしても、僕はどうすればいいのかわからなかっただろう。君は最初から最後まで、君のままだった。それで、よかった。
僕は君に背を向けて、一歩ずつ歩を進めた。脚が震えているのが分かる。それでも拳を握りしめて、歩いた。ヒュウ、と冷たい風が、僕らを横切る。全て終わってしまうんだな、と思った。つま先ギリギリまで来て下を見ると、小さく見える街や車。僕がいなくなっても何も変わらないもの。僕は後少しすれば、この8階のビルから飛び降りる。即死だといい。心臓が全身を鼓舞するようにどくどくと波打つ。僕はゆっくり後ろを振り返った。君が立っていた。冷たい瞳で、じっとこちらを見つめて。君が一体何を考えているか、最後まで僕は分からなかった。君が僕の自殺現場に立ち会ってくれるというのは意外だったけれど。どんな気持ちで僕を見つめているんだろう。僕の唯一の友達、そして信仰。僕のたった一人の神様。そんな君が僕の最期を見てくれるなんて、僕は本当に幸せ者だよ。
僕はゆっくりと、重心を後ろに傾けた。目の前が滲んだ。
「愛してるよ」
君を捉えて、そう言った瞬間身体が落ちていった、と思った。何故か君が目の前にいる。僕に両手を伸ばして。それは見たことのない笑顔で。意味が分からなかった。どうして。重力が、どんどん僕らを地面に引き寄せる。君が僕の頭を両手で包んだ。雫が頬を弾いた。
「私も、愛してる」
嘘 @ever_blue
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