華くらべ【AM 11:00】side:ヒバナ

 ぴろん。


 間の抜けた音と共に、端末が胡蝶花しゃがのポケットの中で小刻みに震えた。

 しんの出現情報や被害情報が通知されるときの音。

 五社学園に所属する、全ての生徒教師たちが最も聞き分けるべき、その音だ。

 毎日聞くものだから、常々胡蝶花はこの通知音をもっとマシなものに変更しようと思っていたのだが、この通り変えないままで、もうすぐ二年が経つ。

 右手は失ってしまったが、どうということはない。

 手慣れた様子でアプリを起動すれば、先刻 顕現けんげんが確認されたはしらの大型神が討伐された、との文言が液晶に映し出される。

「どうだった」

「もう討伐されたってよ、……思ったよりも早かったな」

 それぞれの神の位は松のへい、一時間半で討伐できたならば上々だろう。

 声を潜めながら隣を歩く日之ひのへと言葉少なに返した。

 人の少ない廊下はやけに声と足音が響いてしまう気がしたからだ。

 今日は卒業式当日。本来 講堂こうどうに三年生と教師は集まり、他学年は休校日だ。

 そんな日に神をたおしに駆けるでもなく、こそこそと二人で校舎を嗅ぎまわっているのは、先日成ったという儀式の名残を探しているから。

 数年前失踪した兄はおろか、昨日の儀式に出席した三年生たちも同じく未だ帰らない。

 スマートフォンを触ったついで、今朝方に送ったSNSの既読を確認する。

 (金剛寺先輩こんごうじせんぱいからの返事もない、か)

 儀式前夜、胡蝶花がようやっとの思いで一本を奪ったその相手から代わりに、とばかり与えられた十数発の打ち据えは、彼の服の下でまだ痛んでいるというのに、その張本人は忽然と姿を消してしまった。


     ❖


「……どうする、かんなぎ。地下にはいけそうにもない」

 腕時計を確認しながら日之が口を開く。

 五社には地下施設がない。しんが湧く穴、うつろもまた地に開いている。なにかが隠されているなら地下だと、胡蝶花しゃがたちは考えていた。

 が、それらしき扉も道も見つけられない。足跡は辿れず、焦りと苛立ちだけが募っていく。

「大型討伐が終わったなら学校にも人が戻ってくる、切り上げるしかねえか」

 吐き捨てるように返して、もう一度端末に目を落とした。

 今まで気づいていなかったらんからの通知が入っていた。時刻は九時少し前、胡蝶花しゃがが家を出た直後のもの。

 一体なんだと開いてみれば『帰りに卵買ってきて』なんていうメッセージが表示されて、思わず一瞬毒気を抜かれる。

「何だ、そんな気の抜けた顔して」

 眉間の皺が緩んだのを目敏く見つけた日之が、背中から覗き込むように声をかけた。

「いや、らんにパシられてさ」

 ふ、と日之が口の端をあげた。胡蝶花しゃがとの会話で彼で笑うことはそう多くはないが、最近は少しずつ増えている。

 日之の態度が軟化したことだけが原因ではない、胡蝶花しゃがの話になんでもないようなことが増えたからだ。

 そのことを胡蝶花自身も自覚している。

 (……夕飯、一度は誘ってもいいか)

 濫と日之は幼馴染おさななじみだから、そういう時間をとってもいい。

 脳内でそう言い訳付けながら、胡蝶花は『わかった』とだけ打ち込んで、濫へと返信した。



 ぴろん。


「あ?」

 突然新たな通知が入った。

『討伐済神消滅せず』

 画面に現れた文字列を睨みつける。日之も怪訝そうに顔をしかめた。

 討伐した神が、消えていない?一体どういうことなのか。

 その疑問を口にするよりも次の通知が早かった。


 ぴろん。


 ぴろん。ぴろん。ぴろん。ぴろん。

 ぴろんぴろんぴろんぴろん。ぴろんぴろんぴろんぴろんぴろん。

 ぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろん

 ぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろん。



 背筋が凍る。ここまで多くの通知が押し寄せたのは初めてだった。

 間抜けと称した音が、人のいない廊下におびただしく鳴り響いた。


『死亡舞手生徒、多数の神化を確認』


 未だ通知は鳴りやまず、怒涛の勢いで洪水のように液晶を情報が流れていく。

 表示された情報が正しいのならば、この通知音は今日死んだ舞手の数。

 そして今からたおさなければならない神たちの数だった。

「日之」

「ああ」

 足を速めて廊下を抜ける。そのまま昇降口を二人は飛び出した。


『神の形態変化を確認』

『名称を蓬莱ホウライと指定。 格付:松乙まつ・おつ





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る