第31節 -祝杯は苦杯に-

 アルフレッドとベルンハルトはスナイパーからの任務完了報告がなかなか入って来ないことにイライラを募らせていた。

 先に入った情報ではとっくに仕留めたという連絡があってもおかしくはない。むしろ、この時点で何の音沙汰も無いというのは却って不自然だ。

「くそっ、どうなってやがる。まさかしくじったんじゃねぇだろうな!」ベルンハルトが言う。

「おい、連絡をとってみろ。」

 痺れを切らしたアルフレッドの一言でベルンハルトはスナイパーに電話をかけた。

 接続音が数回鳴った後にコール音が始まる。だが様子がおかしい。何度かコールをするも出る様子がない。

 しつこくコールを鳴らすが応答する気配はまるで感じられない。ベルンハルトが諦めかけたその時、応答の短いノイズが乗り電話が繋がった。

「おい!何が起きた!状況を説明しろ!」

 連絡が無かったことに対して怒鳴りつけた直後、電話の向こう側から聞こえた声に対しベルンハルトは寒気と共に体が凍り付くような感覚に見舞われた。

『だぁめだめぇ~☆大スポンサー様に向かってそんな口の利き方をするのは…めっ!なんだよ?』

 このふざけた口調で話す甘ったるい声の主は奴だ。間違いなくあの女だ。

 ベルンハルトはデバイスを耳から遠ざけると静かにスピーカー通話へと切り替え、状況がアルフレッドに伝わるようにした。

「どうして “姫” がそこにいる?」ベルンハルトが震える声で尋ねた。

『だぁって、なんだかみんなが楽しそうなことしてたから?私もちょっと遊んでみようかなっと思って~☆あれれ?声が、遅れて、聞こえるの~。スピーカーにしてるのね?ならアルフレッドにも聞こえてるよねー?やっほー。きっこえる~?☆』

 これは最悪だ。最低最悪のシナリオだ。

 状況を把握したアルフレッドは相手を刺激しないような無難な回答を選択した。

「あぁ、聞こえている。麗しの声が良く聞こえているさ。お姫様。」

『おっけー☆なら、回りくどいことを言う必要はないよね。素敵な誉め言葉は受け取ってあげるけど、それは棚上げぇ!お話はとても簡単、単純。貴方達が犯そうとした愚かしくも面白そうな計画をめちゃくちゃにする為に私はここにいまーす。隠し事をするのは本当は、めっ!なんだけどぉ…こうすることでふるふると震える子犬さん達みたいな貴方達を見物するのも楽しそうだし、特に隠せても無かったから見逃したんだよねー。そうそう、ちなみにだけどアヤメちゃんは無事だよ?』

「妙な男が一緒にくっついているっていうのはお前の差し金か。」

『もちろん☆彼が頑張ってアヤメちゃんを守ってくれたおかげで私の楽しみが奪われなくて済んだんだよねー。良いなぁ~私にも王子様が来ないかな~。』

 お前に付きまとうのは死神だろうよ。戯言を聞きながらアルフレッドは思った。

「それで、そこにいるスナイパーはどうなっている?」

 わざわざ聞かなくても答えは知っている。おそらく既に息は無いはずだ。

 問題はその先だ。あの女のことだから “普通に殺す” などということはしないだろう。形が残ったまま殺されているパターンは良い方で、悪ければ原型を留めない程めちゃくちゃにされているに違いない。

『藪蛇ぃ☆それ聞いちゃうんだ?でも気になるもんね。仲間だもんね?良いよ、教えてあ・げ・る。』

 直後、スマートデバイスに1枚の写真データが送られてきた。

 そこに写った画像を見た2人は思わず目を逸らした。画面には人間の原型を既に留めていない、 “元人間であった何か” が鮮明に映し出されいた。

 写真を見たベルンハルトに至ってはあまりの光景に胸と口を押さえて猛烈な吐き気と戦いを始めたらしい。ソファに倒れ込んで必死に堪えている。

 今まで数えきれない程の人間を殺めて来て、こういったことに慣れているはずのベルンハルトですら精神的ダメージを追うほどの無惨さ。

 単純に殺した結果として出来上がる死体に対しては何とも思わないが、殺した上で明確な意思をもって《遊んだ》結果として出来上がる “ソレ” には耐えられなかったのだろう。

「それで?意にそぐわない行動をした俺達も始末するか?」アルフレッドが言う。

 その言葉を聞いた少女は言う。ただ先程までのふざけた声のトーンではなく、やや怒りを滲ませたような声色だ。口調も普段とは随分異なるものに変わる。

『まさか。安心なさい?貴方達はこうはしないから。私の楽しみというのはつまり貴方達と他の人々の激しい抗争と闘争。その過程を見物することにあるのだから。貴方達を彼と同じようにしてしまったら、せっかく数年もかけてここまで積み上げて用意した最高の娯楽が台無しになってしまうもの。どんな結末を迎えるのか楽しみにしているわ。例えば、最後の最後の奇跡で予定調和通りにアヤメに焼き殺されるのも一興よね?うふふふふ、あはははは、きゃははははははは!!』

 地下室一杯に少女の狂ったような笑い声が響き渡る。

 計画が失敗した上、一番悟られたくなかった人物に最初から悟られていたことを今になって知ったアルフレッドとベルンハルトはただ何も言わずに天を仰ぐしかなかった。


                 * * *


「ここまでくればひとまず安心かな。立てるかい?」フロリアンはそう言いながら抱きかかえていたアヤメを地面へと下ろす。

 裏通りの一角で、周囲に誰かが隠れることが出来そうな場所も無く、狙撃ポイントにはなり得ない場所で2人は身を潜めながら一息つくことにした。

 辺りに人の気配は無い。警察や政府の護衛達も近くにはいないようだ。

「ありがとう、お兄ちゃん。私を守ってくれたんだね。」落ち着きを取り戻したアヤメが言う。小さな体は未だに小刻みに震えている。

「無事で良かった。どこか痛むところはないかい?」

「平気よ。でもそうね…ふふ、やっぱり貴方はお姉様の…」アヤメはそこで言葉を切った。

 フロリアンは彼女が時折口にするお姉様という人物が誰を指すのか気にはなったが、今はそのことを確認している場合ではない。すぐ次の行動に移らなければ。

「でもまだ油断は出来ない。君の命を狙う連中はこの辺りにまだいるはずだ。警察か政府の護衛と合流する道を…」

「それは嫌よ。」フロリアンが警察や政府の話をした途端、アヤメは即座に拒否を示した。

 懇願するような目で自分を見る彼女の目を見て、頑なな意思を確認したフロリアンは追及することはせずに別の提案をする。

 今は説得に時間をかけるより1秒でも早い行動が優先される時だ。この場所に留まることだって得策ではない。

「分かった。じゃぁ2人でこの裏通りからメインストリートへとまずは抜け出そう。」

 それが最善の判断なのかは分からない。アヤメの命を狙う人物達と鉢合わせした場合、それらを連れたままメインストリートへ出ることだってかなりの危険が伴う。

 だが、彼女の希望を叶えながらも最悪の状況から抜け出す為の近道であることも確かだ。じっとしているわけにはいかない。

「アヤメちゃん、僕にはここの土地勘が無い。君の知識が頼りだ。ここから抜け出すためにどこへ向かえば良いか分かるかい?」

「大丈夫、分かるわ。」

「良し、最高に頼もしい言葉だ。まずはどっちへ向かう?」

「まずはあっちよ。」アヤメは少し先に見える路地を指さして言った。太陽の方角から見ると北に抜ける路地のようだ。

「そこを真っすぐ道なりに抜けると学校や大聖堂に繋がる大通りに出られる。でも大通りに向かう為に絶対に通らなければならない道だから、連中と遭遇する可能性が高いのだけれど…」

 なるほど。入り組んだ路地の中でも絶対に通過しなければならないポイントとなる道筋というのはどうやら限られているらしい。

 つまり、仮に彼女の命を狙う連中が潜んでいるとすればその必ず通過しなければならない路地と合流する他の路地との交差点ということになる。そこを危なげなく抜けられるかが課題と言ったところだろう。

 現在周囲に誰もいないのも、予め土地勘のある連中や警察や政府の護衛がそういった場所で既に待機しているからという可能性も高い。

「待ち伏せされている可能性があるってことだね。」

「そう。反対に元の通りに戻る為にはさっき撃たれかけた場所を再度通過しないといけないし、ここからでは遠回りになるわ。警察や政府の護衛だってそっちの通りから入ってきているはずだから下手をすると挟み込まれちゃうかも。」

 アヤメの言葉を聞いたフロリアンは考えた。要するに一点強行突破しかないというわけだ。姫埜中尉とイベリス、又はブライアン隊長のような力業が得意ではない自分としては自信が無いが、傍の少女を守る為にはそれしかない。

 覚悟を決めてフロリアンが言う。

「分かった。北の大通りへ抜ける道を突破しよう。」

「決まりね。じゃぁ私が前を走るわ。」迷いなくアヤメが言う。

 一瞬 “危険だ” と言いかけたフロリアンであったが、すぐに考えを改めた。この場合は後ろを走らせるより前を走らせて自分が殿を務めるほうが確かに良いだろう。

 自分が前を走る場合であれば、連中は自分が通り過ぎた後で彼女だけを狙って背後から攻撃を加えることが出来るが、前を走る彼女を狙う場合だとどうしても連中は先に姿を見せる必要に迫られる。

 その上、土地勘のない自分が前を走りながら後ろの彼女を気にすることはそれだけ時間のロスに直結することになる。

「了解。もう走れるかい?」

「大丈夫よ。お兄ちゃん付いてこれる?」そういうアヤメの顔からは先程までの怯えた表情は見られない。震えも消えて冗談を飛ばせるくらい落ち着きを取り戻したようだ。

「もちろん。ついていくから振り返らずに走って。よし、行こう!」

 フロリアンの掛け声と同時に2人は北の大通りへ向かう路地へ一直線に走り出した。


                 * * *


 大統領へ直接状況報告を行う為に執務室へ訪れたウィリアムはその大きな扉をノックした。

「大統領、火急にご報告したいことがあり参りました。」状況が状況だけにやや息切れをしながら用件を言う。

 実の所、執務室へ向かう前にさらに重大で深刻な報告が現地の職員から上がってきていた。アヤメが入り込んだ裏通りの路地で銃声と何かが砕け散るような音が聞こえたというのだ。

 それが何を意味するのかなどの詳細までは掴めていないが、誰もが考え得るものとしては薬物密売組織マルティムのメンバーがアヤメを殺害する為に銃撃を行ったというものだろう。

 現在のところアヤメ本人を確保するには至っておらず、安否も確認出来ていない状態だ。当初の楽観的な予想とは裏腹に一分一秒を経るごとに状況が最悪の方向へ転がっていく。

 息苦しさと動悸を感じながらそれらのことを思案していたウィリアムの元に大統領からの応答の声がスピーカー越しに届く。

『入りたまえ。ロックは解除している。』

「失礼します。」間髪入れずにそう言ってウィリアムは執務室へと入室した。


「大統領、火急に報告すべき重大な懸念事項がございます。実は…」

 しかし、ウィリアムがそこまで言いかけた時にジョージは手で言葉を制止して言った。

「私のところにも既に報告が上がっている。先程電話で君が聞いた内容と同様の報告を受けた。彼女が危険に晒されている。」

「はい。おそらくはマルティムの手の者による仕業かと。」

「だろうな。こんな日にというべきか、こんな日だからこそというべきか。今まで直接的な行動を起こさなかった連中がここに来て彼女に直接害を与えようとしている。」

「彼女の安否は依然として不明です。銃声らしき音を聞いた職員も彼女の所在は掴めていないと。」

「それなら心配はいらない。 “今の所” 彼女は無事だ。怪我などはしていないという報告を受けている。」

「左様ですか。それは良かった。」大統領の言葉でウィリアムはほっと安堵した。それと同時にそのような報告が出来る職員がいるのだろうかという思いが微かに頭によぎる。

「彼女を助けてくれた人物がいる。機構のマークת所属、フロリアン・ヘンネフェルト一等隊員が現在彼女と行動を共にしているようだ。」

「彼が?なぜそんな場所に?」

「それは私にも分からない。偶然その場に居合わせたのだろう。」

 偶然?ウィリアムはその返事に対して何か心に引っかかるものを感じつつも、まずは彼女が無事であり、信頼できる人物の助けを得て行動を共にできているという状況に安堵する。

 だが、彼女の身柄を保護するまでは油断できない。連中は一度狙いを定めた獲物をそうやすやすと逃すはずがない。しつこく追いかけてくるだろう。

「現在警察が周囲に展開しているようですが我々も動くべきでは?」ウィリアムは臆することなくジョージへ進言する。

「いや、我々がこのタイミングで介入すると事態をややこしくしかねない。君の言うように裏通りを覆うように警察が既に展開を完了している。どの通路から彼女が現れてもすぐに保護することが出来るようにな。」

 ジョージは後ろを振り向き窓の向こうに見える海を眺めながら続ける。

「しかし、以前から言っていることだが私は彼ら警察というものを信用していない。妙に彼らの行動展開が早いことも気にかかっている。彼女の保護は彼らに任せるとして、我々は彼ら警察がどのような動きをするのか注視してくれたまえ。」

 アヤメではなく警察を?彼らが彼女に危害を加えようとしているとでも言うのだろうか。

 今回も例に漏れずイサム中佐が指揮する警官部隊が現地で行動をしているはずだ。その監視を行えというのだろうか。

 しかしこれは大統領命令だ。自分が意見を言って反論を述べるべき場面でもない。

「承知しました。現地職員はその場から身の安全を確保しつつ退避。その後周囲に展開する警察を注視しつつアヤメ・テンドウが姿を現した場合における彼らの対応を監督するように指示を出します。」

「宜しく頼む。」ウィリアムの返事を聞いたジョージは振り返ること無く言った。

「では、失礼します。」

 短い挨拶を終えたウィリアムはすぐに大統領執務室を後にする。そして現地で待機する職員全員に先程の指示を伝達し、すぐに行動を開始するように伝えた。

 自身の中でどうにも拭うことの出来ない違和感を感じつつも、今やるべきことを成すために。


                 * * *


 狭い路地をアヤメとフロリアンは走り抜けていた。

 アヤメ曰く、もう間もなく “待ち伏せの可能性が高い避けられないポイント” を通るという。

「お兄ちゃん気を付けて。この先の角を右に曲がって少し走ったところが一番注意すべきところよ!」

「分かった!」アヤメの言葉にフロリアンは走りながら答える。それと同時にジャケットの中へ手を入れ、あるものに手をかける。

 出来れば使う場面など訪れて欲しくないと願っていたもの、スタンガンだ。

 この先でアヤメの命を狙う輩が潜んでいるとしたら使用せざるを得ない可能性が高い。

 いつでも銃を抜けるように手をスタンガンへかけたまま走る。

 路地を右に曲がり少し走った先、ついにそのポイントを通過する瞬間が訪れた。アヤメとの距離を出来る限り詰めて彼女が襲われないように周囲警戒を厳にする。

 そして問題のポイントへ差し掛かったその時。


 路地の横に積み上げられた木箱の傍らから体格の良い男が1人飛び出てきた。その手には既に銃が構えられている。

「止まれ!その女を寄こせ!」男は横暴な態度でアヤメを差し出せと叫ぶ。

 フロリアンはアヤメを手で庇いながら前に出ると男へめがけて一直線に走り強烈なタックルを見舞った。

 言葉より先に撃たれていたら危なかった。

 フロリアンのタックルの勢いに対応できなかった男は思い切り突き飛ばされて地面に激突する。そのすぐ横をアヤメとフロリアンは駆け抜けた。

「くそっ!野郎!」男はすぐに起き上がり悪態をつきながらサプレッサー付きの銃を構え発砲し、2人のすぐ傍を数発の銃弾がかすめていく。

「アヤメちゃん!僕に隠れて!」フロリアンが叫び、アヤメは言われた通りにフロリアンの身体で全身が隠れるようにして前を走る。

「お兄ちゃん!もうすぐ北の大通りよ!」

 アヤメの言う通り、数十メートル先には大通りが見える。

 フロリアンが後ろを振り返ると男は既に起き上がり、全速力でこちらに駆け出していた。


 このまま奴を伴ったまま大通りに出るのは危険だ。出来ることといえば彼女を先に抜け出させた直後に路地の中で奴の動きを封じるしかない。

 男は再び銃を2人に向けて発砲する構えをとっている。正面は大通りだ。発砲された弾が外れれば全くの無関係な人々が傷付くことだって有り得る。急がなければ!

 瞬間的に動きを封じる為には手持ちのスタンガンを使うしか無いだろう。

 弾は2発のみ…

 大の男を完璧に封じ込める為にはその2発とも確実に命中させておきたいところだが…出来るか…


 暗い路地から光のある大通りへの出口が近付く。そしてついにアヤメが路地から抜け出して大通りへと出た。

 そのタイミングを見計らってフロリアンは大通りを出た瞬間にすぐ後ろへ反転して身を投げ出しつつ、受け身の体勢を取りながらジャケットからスタンガンを抜くと追いかけてくる男へ向けて発射した。

 追いかけてくる男へ一発目の電極針が届く前にすぐに二発目も発射する。


 頼む!命中してくれ!!


 フロリアンは身を投げ出した反動で地面に衝突する寸前に祈る思いで男を見やった。時の流れがやけに遅く感じられる。

 追いかけてきていた男は声にならない悲鳴を上げながらその場へぐったりと倒れ込んでいるように見える。


 うまくいったか…!


 そう思った瞬間に自身も勢いよく地面に衝突して数メートルほど全身で転がった。


 付近にいた人々の悲鳴やどよめきが広がる。

「なんだ!?」

「アヤメちゃん!?そんなに慌ててどうしたの?」

「おい、今そこの男が路地に向けて発砲しなかったか!?」

「何が起きたんだ!」


 地面へ倒れ込んだフロリアンの元へアヤメがすぐに駆け寄る。

「お兄ちゃん!しっかり!」

「良かった…怪我は無いね?アヤメちゃん。」彼女の声を聞いて安堵したフロリアンはぼやける視界の中でそう言った。

 受け身をしっかりととったつもりではあったが、地面にぶつかった反動や衝撃は思ったより大きく、痛みでなかなか動くことが出来ない。打ち所が悪かったのだろうか。頭もぼんやりとして視界も霞んでいる。

 感覚的に怪我はしている感じではないので脳震盪など一過性のものだろうが、これはしばらく動けないだろうとフロリアンは悟る。


 そんな2人の元へ周囲に展開していた警官隊が駆け寄って周りを取り囲む。

 警官隊の間を縫うように1人の男がゆっくりと歩いてくる様子がフロリアンには見えた。

 その男は地面に倒れ込むフロリアンを見下ろすなり開口一番にこう言った。

「彼を連行しろ。」

 彼の言葉を聞いたアヤメが男に反発をする。

「イサム中佐!彼は私の命の恩人よ!連行ってどういうことなの!?」

「テンドウさん、貴女が無事で何よりだ。先程の命令は言葉のままだよ。彼は確かに貴女の命を守ったのだろう。しかし、多くの人々が往来する中でどんな形であれ銃を取り扱ったことを我々警察は看過することは出来ない。この国の治安を維持することも我々の責務の一環だ。その正当性について確認する義務がある。」

「貴方最低ね!目の前で倒れている彼を見てよくもそんなことを!今彼に必要なのは連行することでは無くゆっくり休める場所での治療よ!」アヤメはフロリアンを抱きかかえるように縋りながら男に反論した。

 しかし男は構うこと無く部下へ手振りで “連れて行け” という指示を出す。

 そしてアヤメはすぐ傍の警官数人によって抱きかかえられながらフロリアンから引き離されようとしている。

「ちょっと、離しなさい!貴方たち警察には人の心が無いの!?この…!」

 強い怒りに満ちた目で警官を見つめる彼女の姿を見たフロリアンは直後に彼女が何をしようとしているのかを理解した。彼女のライトニングイエローの瞳は怒りに満ちた輝きを放ちつつある。

 痛みで動きが鈍い腕を無理やり伸ばしながらアヤメを制止した。

「駄目だ…アヤメちゃん。それはしたらいけない。僕なら平気だから。」弱々しい声だが、今できる精一杯の笑顔を作りながら彼女へ言った。

 制止しなければ彼女は間違いなく周囲の警官全員に対し、例の雷撃を黒焦げにならない程度に浴びせていたところだろう。少なくとも自分が先程の男に2発打ち込んだスタンガンよりも高威力の雷撃を。

 今日という日の大勢の人々が集まる大通りでそんなことをすればさらに混乱が広がるのは必至だ。国民にとって彼女の存在は何よりも重要なものとなっている今、この状況で彼女に危害が及ぶことなど有り得ない。

 であれば、この場で自分一人が警察に連行されて聴取を受ける方が事態は丸く収まるに決まっている。そして、そうすれば彼女の身の安全は警察によってより強固に保障されることにも繋がるだろう。

「ほぉ、中々に物分かりの良い青年のようだな。」視線だけを地面に向けた男が言う。

「彼女を安全な場所へ…」イサム中佐と呼ばれた人物に対してフロリアンは言った。

「当然だ。彼女の身の安全は我々警察が保障しよう。これまで以上に、厳重にな。」

「お兄ちゃん…」奥歯を噛み締める様子を見せながらもアヤメは警官に従ってフロリアンから離れた。

 霞む視界の中で彼女が保護されたことを見届けたフロリアンはその場で気を失った。

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