第21節 -心に秘めた想い-

 マークתによる初めての現地調査から2日後の9月5日。部屋に差し込む日の光で目を覚ました玲那斗は時計に目をやる。

 時刻は午前8時、いつもより遅い目覚めだ。

 眠たい目をこすりながらベッドから起き上がり部屋を見回す。イベリスの姿が無い。

「イベリス?」

 玲那斗は彼女の名前を呼ぶ。するとキャンディのような甘い香りと共にすぐ隣から彼女の返事が聞こえてきた。

「おはよう、玲那斗。ゆっくり休めたかしら?」

「おはよう、イベリス。早起きだね。」

「本来、私は眠らなくても平気なのよ?」

 幾度となく繰り返した会話をする。定期的に行う二人の合言葉と言っても過言では無い。

「たまにはゆっくりとベッドでの眠りを満喫するのも悪くないぞ。ベッドの魔法にかけられて、何もかも忘れて深い眠りに堕ちるのも良いものさ。」

「甘い夢の世界ね。」

「そうだ、千年ぶりに君と再会した世界だ。」

 玲那斗の言葉にイベリスは笑顔を返した。


 いつもと変わらないように見えるやり取り。世界中で見られるような恋人同士の甘い朝のひと時を切り取ったかのような何気ない時間。

 しかし、アヤメと直接会話をしてからというもの二人の間には僅かに微妙な空気が流れている。玲那斗はそれを感じ取っていた。

 周囲では気が付かない程度の変化だろうが、イベリスの様子は明らかに変だ。常に傍にいるからこそ分かる違いというのだろうか。うまく言葉に出来ない。

 特に自分と喧嘩をしているわけではない。互いに不満があるわけでもない。ただなんとなく歯車がうまく噛み合っていないような気がする…

 そう、例えば “相手に何か言えずにいることがある”。そのような具合だ。

 かといってそれを無理に聞き出すような真似もしない。話してくれるのを待つだけだ。


 二人にとって今日はこの地に来て初めての休暇だ。

 調査任務から外れて思い切り羽根を伸ばすことが出来る貴重な休日である。

 きっとリアムが気を利かせてくれたのだろう。玲那斗とイベリスの休暇は全て同じ日程で調整されている。

 せっかくの二人きりで過ごせる休みだ。一昨日の夕方から何か常に考え事をしているように見えるイベリスに玲那斗はある提案をしてみた。

「イベリス、今日は二人だけで外に出てみないか?セントラルの外を自由に歩ける機会も初めてだし、せっかくだから観光をしてみよう。」

 考え事から意識を引き戻されたような様子を見せながらイベリスは返事をした。

「デートね。もちろん、喜んで。」

 とても嬉しそうな表情を浮かべて喜んでいるが、やはりいつもに比べると反応が小さめだ。

「じゃあ、出掛ける前にしっかりと準備しないとね。」

 そう言って玲那斗の横に座っていたイベリスは立ち上がりテーブルの上に置いたファッション雑誌を手に取るとページをめくった。

 少ししてからページをめくる手を止めて頷くと雑誌をテーブルの上に置く。

 彼女が両手を胸に当てると周囲に光の粒子が広がり、やがてそれらが白いベールのようになって彼女を包み込む。玲那斗は眩しさに少し目を細める。

 5秒ほど経過し、彼女を包み込んでいた光のベールが消え去る。するとそこには着替えやヘアメイクを済ませたイベリスの姿があった。

 白を基調にしたレーストップスにロングプリーツスカートを合わせたシンプルなファッションだ。

 美しく長い髪は編み下ろしでピンクのリボンが付いた白い麦わら帽子を被っている。

 この数日はサイドテールやお団子ヘアなど髪をまとめている姿をずっと見ていたので、久しぶりの髪を下ろした姿が逆に新鮮であった。

「現代の雑誌を参考にしてみたのだけれど、どうかしら?」そわそわした表情でイベリスは玲那斗に尋ねる。

「よく似合っているよ。数日ぶりの下ろした髪も新鮮だし、帽子も可愛い。夏らしくて素敵だと思う。」

「ありがとう。さぁ、玲那斗も支度して。早く出掛けましょう?せっかくの二人きりのお休みですもの。時間は待ってくれないわ。それに貴方の言う通り、セントラル以外で過ごす初めてのデートよ?」

 うきうきとした様子で外出を楽しみに準備をする彼女にはいつもの賑やかさが戻っている。

 そうだ。きっと彼女に必要なのはゆっくりとした “心の休暇” だろう。そう直感した玲那斗はベッドから起き上がると大きな背伸びをして支度にとりかかった。

 その時、あることに気付いたイベリスが手を口に当てながら言う。

「あら、そういえば朝食を頂いてから着替えた方が良かったかしら?」

 しまったという表情をする彼女に玲那斗は答える。

「大丈夫。外に食べに行こう。コロニア市内には美味しいカフェもあるはずだから、そこで朝食をとろう。」

 彼女からは安心したような柔らかな笑顔が返ってきた。


                 * * *


 午前8時30分過ぎ。第二分析室。

 支部内にいくつかある分析室の一室でルーカスとフロリアンがこの数日で集まった情報を元にした色々な解析と併せて奇跡のシミュレーションを行っていた。

「やっぱり足りないな。」プロヴィデンスへ要求していたシミュレートの応答結果を見たルーカスが言う。

 手に入れた情報と、機構が誇る膨大なデータベースにある情報を組み合わせて最適な答えを導き出すように指示を送るが応答結果は芳しくない。

「科学で解析できるものなのかどうかも本来怪しい事象ですからね。」フロリアンが答える。

「それを言ったら元も子もない。だが、本当のことだから何にも言えないな。」ルーカスはそう言って笑った。

 目の前に表示されているのは〈ERROR : shortage of element〉(検証要素不十分)という一文だ。

 もう幾度目か数えていないほどプロヴィデンスから返答されるこのエラーを見てうなだれていると、後ろで分析室の扉が開く音が聞こえた。

「お、やってるな?何か進展はあったか。」熱心に作業を続ける2人の元にジョシュアが近付いてきて言う。

「おはようございます、隊長。特にこれといった進展は何も。」ルーカスがさっぱりというジェスチャーをしながら答える。

「一朝一夕で何とかなるものでは無いだろう。ふむ…足りない要素とやらが何なのか分からないのが痛いところだな。その見極めをつけることは困難だが…それよりルーカス、フロリアン。」

 改まった様子でジョシュアが2人の名を呼ぶ。

「はい?何でしょう。」ルーカスが答える。これといって改まった質問をされる心当たりは特にない。

「他に誰もいないな?あー、他でもない。玲那斗とイベリスのことなんだが。…何かあったか?」頭に手を当てて困った様子でジョシュアが言う。

「普段と特に変わった様子は見受けられないと思いますが。」ルーカスが即答する。

「フロリアンは何か感じることは無いか?」ジョシュアはフロリアンにも尋ねる。

「あぁ…」誰よりも心当たりのあったフロリアンは思わず溜め息交じりに言った。

「その様子だと何か知ってるな。教えてくれ。」ジョシュアが言う。

 いまいち状況の呑み込めないルーカスは話から取り残されていく感覚を覚えた。

「実は…」

 そう切り出したフロリアンは先日、アヤメと直接対話した時の出来事やその時に自身が感じたことをかくかくしかじかと話した。


「なるほどな。イベリスが意識するようにわざと色目を使っていたと来たか。」

「なんだそりゃ…」話を聞いて尚、理解に苦しむ様子でルーカスが言う。

「イベリスはアヤメちゃんが姫埜中尉に懐いていたと言いましたが、僕が思うに彼女は中尉ではなくイベリスを意識していたのではないかと思いました。」

「どういう意図かは分からんが、つまり彼女が本当に話したかった…或いは意識を向けていたのはイベリスという可能性があるというわけだな?」頭を悩ませつつもジョシュアが言う。

「はい。姫埜中尉が一番最初に質問した際にも “貴女はどう思うか” という趣旨のことを真っ先にイベリスに尋ねていました。」

「彼女が話をしに来た目的がイベリスにあるというなら、隊長の判断はやはり正しい選択でしたね。」フロリアンの答えを聞いたルーカスがジョシュアに言う。

「そうだと良いが。ふむ、ありがとうフロリアン。 “なぜ” という部分に関しては突き詰めてもわかりそうもないが、昨日の朝から2人の間に流れている空気が微妙な理由はよく分かった。」

「昨日の2人を見る限りでは自分にはさっぱり分かりませんでしたが…隊長、よく分かりますね。」感心した様子でルーカスが言う。

「最初は玲那斗が少し困ってるように見えたんだ。イベリスの口数が少なかっただろう?玲那斗に話し掛けられてようやく返事をするといった具合だったからな。いつもなら逆だろう。イベリスがあれこれと玲那斗に話し掛け、玲那斗がそれに応じるというパターンがお約束のはずだ。昨日のイベリスの様子は例えるなら “心ここに非ず” といったところか。」

「言われてみれば確かに。そういえば、今日2人は休暇でしたね。」ジョシュアの返事にルーカスは納得した。

「玲那斗とイベリスはさっき仲良く市内に出かけたが、他の隊員が2人の姿を追う目は凄かったぞ。」

「相変わらず人気者ですね。」フロリアンが笑いながら言う。

「あぁ、まるでアイドルかスーパースターだ。特にイベリスの人気に至っては『イベリス様、イベリス様』と呼び掛けられている様子を見かけるたびに新興宗教を疑うレベルだと思う事もある。それはともかく、ゆっくりと休日を楽しんで元気になってくれれば良いが。」

「玲那斗が一緒なら大丈夫でしょう。あいつのことです。その為に連れ出したんでしょうから。」

「それもそうか。」何も迷うこと無く言い切ったルーカスの言葉にジョシュアは笑いながら答えた。

「では、俺も調査に戻るとしよう。二人とも根を詰め過ぎないようにな。」ジョシュアは後ろに振り返り、扉へと向かって歩きながら二人に手を振り挨拶をして出て行った。


 ジョシュアの退室を確認したルーカスがぼそっと呟く。

「夫婦喧嘩なら俺が食ってやるが、そうじゃないなら良いさ。大丈夫だろ。」

 同じチームの仲間であると同時に、無二の親友であるからこその言葉だと感じたフロリアンは静かに頷いた。


                 * * *


 外に出て数時間。玲那斗とイベリスは仲良くコロニア市内の散策を楽しんでいた。

 大地を明るく照らす太陽の熱を感じながら、玲那斗は数時間前の出来事を思い出していた。

 支部から私服姿で外出するまでの間、周囲から異様な視線を浴びていることに気付いていた。

 過熱する他の隊員たちからの注目ぶりにやや困惑したが、それだけイベリスが機構内で受け入れられていることの裏返しでもあると思えば嬉しい気持ちにもなる。

 そんな彼女は今、すぐ隣で太陽に負けない眩しい笑顔をしながら周囲を眺めている。

「玲那斗、見て見て!また鶏がいるわ!」

 そう、今彼女は道を我が物顔で悠然と歩く鶏に目が釘付けなのである。

 それほど数が多いわけではないが道を歩いているとふとした拍子に鶏に遭遇する。それを見かけるたびに子供のような無邪気さをイベリスは浮かべている。

 ハワイではカウアイ島-別名チキンアイランドと呼ばれる野生の鶏がたくさんいる島があるが、そこに彼女を連れて行ったらどんな反応をするのだろう。

 想像するだけでとても微笑ましい気持ちになる。

 支部を出てからは事前に調べていた機構付近のカフェで朝食をとり、少し歩いた先のスーパーを見て回った。

 そして今からは二人で市内に新しくオープンしたというプラネタリウム観賞をしに行く予定としている。

 今の彼女にはリナリアの怪異、世界七不思議と言われた頃の面影は無い。

 楽しそうにはしゃぐイベリスと共に目的地へと向かって歩みを進める。



 そうこうしていると間もなくお目当ての建物へと辿り着いた。

「着いたよ。プラネタリウムだ。」

 巨大な近未来的ドーム状の建物が2人の前に聳え立つ。

 全体が限りなく白色に近い銀色で覆われたドームは、ところどころがイルミネーションとなっており星空を映し出すかのように色とりどりのライトが明滅を繰り返している。

 館内の周囲にはホログラフィー案内表示が数か所に設置されていたり、VRとは異なる立体映像体験が可能なミスト投影型ディスプレイに深淵なる宇宙に輝く星を再現したメイキング映像が表示されていたりと最新鋭の設備が随所に散りばめられている。

「凄いな…」玲那斗は思わず呟いた。

 その圧倒的先進性を兼ね備えた施設は、先進諸国のテーマパークと同等、もしくはそれ以上のエンターテイメント性を持っているようにすら思える。

 観光に力を入れているという話があったが、こうした施設もその一環なのだろうか。

 もしそうだとすれば海外資本には頼らない姿勢が前提だという話も含めて、施設建築には政府が絡んでいるのだろう。短期の間にこれだけの設備を計画して整えてしまうキリオン大統領の卓越した手腕とこの国で働く人々に感服せざるを得ない。

 玲那斗は視線をイベリスの方へと向ける。彼女は目の前に広がる光景にただ驚嘆の表情を浮かべて周囲を眺めている。

「中に入ってみよう。」玲那斗の声掛けで我に返ったイベリスが微笑み頷く。

 二人は近未来的な建物へと向かう為に、足元以外の周囲が全て星空のホログラフィー表示で覆われているトンネルのようなゲートをくぐり歩いて行く。

 その足元も内部へ向かう為のガイドライトが点灯されているが基本的には黒色である。

「綺麗ね。まるで星空の中を歩いているみたいだわ。」率直な感想をイベリスが言う。

 確かに宙に浮かんで星空の中を歩く感覚そのものだ。玲那斗はそう思った。


 トンネル状のゲートを通り抜けると宇宙空間をモチーフにしたような壁面に囲まれた館内へと辿り着いた。

 広々とした館内のロビーは観光客を含めた多くの人々で賑わっている。

 壁面では地球誕生から現代に至るまでの解説がされたプロジェクションマッピングの他、その他の壁面や床面では無数の細かいLEDライトによる星空の明滅の再現、天上では流星群やオーロラを再現した美しいホログラフィー映像が流れている。

 玲那斗とイベリスは周囲の光景に目を奪われつつ正面の受付まで向かい、直近で上映されるプログラムのチケットを購入する。

「上映までもう少し時間があるね。少し館内を見て回ろうか。」

「そうね。あ、玲那斗!私あっちの方を見てみたいわ。」


 イベリスが指を差す方へ向けて共に歩き出す。その先ではちょうど宇宙の歴史における超新星爆発のシミュレーション映像のプロジェクションマッピングが流れているところだった。

 今朝の空元気といった彼女の様子がまるで嘘のようである。

 束の間の休息を心から楽しめているのなら良い。

 今日は良い休暇になりそうだ。玲那斗は嬉しそうに展示物を眺めるイベリスを見てそう思った。

 何より、これは彼女の言う通り自分とイベリスがセントラル以外で過ごす初めてのデートでもあるのだ。

 願わくば、この幸福がいつまでも続きますように。

 玲那斗は心の中でそう祈りながら大きく深呼吸をすると、一旦調査のことは忘れて彼女と共に過ごす今日という一日を存分に楽しもうと改めて心に決めた。


                 * * *


「まぁ!まぁまぁ初々しい!」

 プラネタリウム付近のカフェのテラス席で私服に身を包んだロザリアが素っ頓狂な声を上げて言う。

 つい今しがたプラネタリウム館内に玲那斗とイベリスが揃って入っていく様子を眺めての感想だ。

「ロザリア様、楽しそうですね。今日もはしゃいでいらっしゃるご様子。」この手の言葉を言うのは何度目になるだろうか。

 やや呆れ気味に、そして棒読みでアシスタシアは言った。

「えぇ、えぇ!あの二人がこの地に来て初めての外出デートを楽しむ様子を見た日にはこの鼓動の高鳴りも止められないというもの。いえ、常に大西洋のセントラルへいらっしゃるのであれば、まともに大地を踏みしめてデートをされたのはこれが初めてなのではありませんの!?」

「きっとその通りだとは存じますが、しかしなぜ貴女様がそのように昂っておられるのでしょう。まるでご自身のことのように。」目の前のフルーツパフェを食べながらアシスタシアは言う。

「ロマンスですわよ。他者の幸福を見て心をときめかせるのも一興。言ったでしょう?心にゆとりと潤いは必要ですのよ。彼らはわたくしにそれを与えてくださっているのですわ。」ロザリアも自身の目の前にあるチョコレートパフェを食べながらやや早口で言う。

「彼らはそのような意図はお持ちではないと思…」

「あぁ、あぁ!きっとこれから愛とロマンスのプラネタリウム観賞をされますのね!ところで、貴女も休日は休日らしくリラックスなさい。いつまでもそのようなしかめっ面をしていてはせっかくの美貌が台無しというもの。」アシスタシアの言葉を遮ってロザリアは言った。

「はいはい。心に留め置きましょう。」溜め息交じりにアシスタシアは答えた。

 一通り話し終えて落ち着きを取り戻したロザリアがパフェにトッピングされているブラウニーを食べ幸せそうな表情を浮かべて言う。

「ところで、 “彼女” の姿はどこかに見えまして?」

「いいえ。外見の特徴を聞く限りでは大変に目立つ容姿です。視界の隅にでも入れば嫌でもすぐにわかると思うのですがそれらしき影は未だ見えません。」

「神出鬼没は相変わらずですわね。」アシスタシアの報告を聞いたロザリアが言う。

 二人が探しているのは鮮やかな桃色のツインテールに紫色の瞳、学生の制服と軍服を合わせたような服装をした幼い少女だ。

「一昨日の件を直接尋ねてみたいと思ったのですけれど、そううまくはいかないものですわね。イベリスを追いかけていれば必然、出会える可能性もあるかと思ったのですけれど。」

「それでわざわざストーカーのような真似事をなさろうと?」

 いや、 “ような” ではなくそのものだ。アシスタシアは自分で言った直後に思った。

「類は友を呼ぶというではありませんの?彼女か、わたくしか、それともあの子か。誰かに注視していればそのうち出会えるだろうという予感はありますわ。」

「ロザリア様の…友、ですか?」

「違います。わたくしとあの子は決してそのような関係では。」アシスタシアの疑問にロザリアは語気を強めながら即答する。直前に類友と言ったのは自分のはずだが。

 チョコレートアイスに舌鼓を打っていたロザリアは食べる手を休めて言う。

「まぁ良いですわ。焦ることはありませんもの。例の “奇跡の方については” おそらく彼女は関わりが無いのでしょうし。どちらかというとその前提である18番目の悪魔さんとの関わりを疑った方が良いかもしれませんわね。彼女の行方を捉えることが出来れば或いは…」


 そこで言葉を止めたロザリアにアシスタシアは目を向ける。

 つい先程まで見た目相応の少女らしい笑顔を見せていた彼女であったが、既にその笑顔はない。

 代わりに浮かべているのは狂気をはらんだ微笑み。美しい青い瞳の奥に深海よりも深そうな暗闇を宿している。

 自分がこう思うのも妙な話だが、とても神に仕える者の目とは思えない。

 例の少女を見つけて尋ねて、その後は彼女をどうするつもりなのだろうか。尋ねるだけなのか、それともその場で…

 どこまでふざけているのか、どこまで本気なのか。その本音を掴むことなど一切できない。アシスタシアは彼女の浮かべる表情を横目に改めてそう思った。


 アシスタシアがロザリアの浮かべた表情について頭の中で考えている目の前で、当のロザリアはカフェのスタッフを呼び追加のオーダーを出していた。

「こちらのパンケーキセットを一つ。アイスティーも追加でお願いいたしますわ。」その表情は既に少女特有の可愛らしい満面の笑顔だ。

 じっと自分を見つめてくるアシスタシアに対してロザリアが言う。

「アシスタシア?そのような難しい表情でわたくしを見つめてどうしたのですか?わたくしの顔に何かついていまして?」

「いえ、まだお召し上がりになるのですか?」巨大なチョコレートパフェをいつの間にか完食し、これからさらにパンケーキセットとアイスティーを楽しもうとしている彼女に言う。

「甘いものはなんとやら、というでしょう?スイーツを頂くのはわたくしの趣味ですから。」

 そう言ったロザリアは普段は決して見せることの無い柔らかな太陽の日差しのような笑みを浮かべた。


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