第37話 舞踏会での遭遇

 ギルフォード・レーヴェンと正式に婚約をしたということもあり、以前に比べるとフューレアに対する風当たりは弱まった。


 レーヴェン公爵が正式に認めた婚約なのだ。何か言ったところで覆るはずもない。それに、ギルフォードに淡い想いを抱いていたローステッド侯爵家の娘の顛末は即座にロルテーム社交界の隅々まで行き渡った。フューレア・ナフテハールを侮辱すれば公爵家総出で抗議をする。それは要するにロルテーム社交界から居場所がなくなるということ。


 実際レーヴェン公爵家に倣ってローステッド侯爵家と距離を置く家が出始めている。

 二の舞にはなりたくない、と人々はフューレアに関する噂を口に乗せないようになっていた。


(とはいえ、注目をされてはいるのよね)


 それは仕方のないことだ、とフューレアは割り切ることにした。


 今日の夜会の主催者はとある伯爵家で、歴史のある一族でもあるため舞踏会は多くの人々でにぎわっている。ギルフォードから事前に、ローステッド侯爵家の人間も訪れるだろうが、挨拶はしなくていいと言われているが彼は過保護だと思う。


 ヴィヴィアンがフューレアに突っかかり、メダイユを投げ捨てたことは簡単には許せない。謝られても、はいそうですかとはたぶん割り切れない。とはいえ、ギルフォードまでが裏で暗躍をしなくてもいいとは思うのだが。


 ギルフォードはフューレアを可愛がるあまり暴走しがちだから、結婚をしたらこちらがしっかりとしなければと思う。


 ダンスが終わり、ギルフォードの紹介で幾人かの招待客と言葉を交わし合って。

 社交は表情筋との戦いだなあと、改めて日々の顔の運動を頑張ろうと心に誓い、第一部が終了した。


 このあと休憩時間を挟んで第二部が始まる。伯爵家の主だった部屋は客人たちに開放されていて、大広間に続く部屋には軽食が用意されている。ギルフォードも始終フューレアの側についているわけにも行かずに、しばしの間撞球室へと連行されてしまった。


 屋敷の中は水晶のシャンデリアで照らされ、燭台の数も多くとても明るい。それは解放されている庭園も同じで、至る所で篝火が焚かれており昼間までとはいかないが、少なくとも遠くの人の顔が判別できるくらいに明るかった。


 一人手持ち無沙汰になったフューレアは火照った体を冷やすために外に出た。


「ふぅ……。ちょっと疲れたかも」


 頬を撫でる夜風が心地よい。

 少し休憩をしたら割り当てられた控室に戻ってドレスを着替える必要がある。同じドレスのままでもよいのだが、せっかくだから雰囲気を変えてギルフォードをびっくりさせたい。


 気を張り詰めていた分疲労を感じるけれど、二部の方がゆったりとした曲目で、ぴたりと体を寄せて踊るからドキドキする反面ギルフォードと踊ってみたくもある。


 互いの気持ちを確かめ合った恋人同士なのだから、甘い空気の漂う二部にも興味がある。


(ああだけど、ぴたりとくっついていると心臓のドキドキまでギルフォードに聞こえてしまいそうだわ!)


 彼の手の感触や、耳元をくすぐる甘い吐息を思い出してしまいフューレアの頭が沸騰をした。こんなふにゃふにゃしたところ、ギルフォードに見せるわけにはいかない。最近は目下大人の魅力を研究中なのだ。


(いけない! 誰かがこっちにやってくるわ。顔! 顔をシュッと引き締めないと)


 視界の端に人影が映り、その人がこちらへと近づいてくるものだからフューレアは慌てて緩み切った表情筋に力を籠める。そろそろギルフォードとも合流をしたいから一度戻ろうと立ち上がり、建物に向けて歩き出した。必然的にこちらへ歩いてくる男性と近づくことになる。庭に複数焚かれた篝火を反射するその髪の毛は、銀色だった。


(ここまできれいな銀髪も珍しいわね)


 己のことを棚に上げてフューレアは感心をした。白に近い銀色の髪の毛はリューベニア民族でもそこまで多くない。くすんだ銀髪ならロルテームでもそれなりに多く見かけるのだが、と思いを巡らせたところで、男性が立ち止まった。


 男性はじっとフューレアを見つめた。

 この人もフューレアの噂を聞いたのかもしれない。


 しばらくはこういうことが続くのだろうと思うと内心辟易したが、ギルフォードと婚約をした有名税だと思えば仕方のないことだ。それに、もしかしたら今後もっと人々の注目を浴びてしまうかもしれないし。


 適当にやり過ごしてしまおうと足を動かし始めたその時。


「やっと見つけました。フィウアレア・モルテゲルニー殿下」


 男性は地面に片膝をつき、まるで騎士のように恭しく片手を胸に当てた。


「……っ!」


 フューレアは息を呑み、動揺を顔に出さないようにした。まるで太い矢が刺さったようにドクリと心臓が大きく軋んだ。けれども、それを悟られてはいけない。


「……なんの話でしょうか。わたしはフューレア・ナフテハールと言いますわ」


 相手の正体が分からない以上下手なことは言えない。

 フューレアは慎重に相手の様子を見つめる。外見的な特徴からいって、この男性はリューベニア民族だ。問題は、彼がどこの人間かということ。


 男性は立ち上がり、フューレアをまっすぐに見据える。その顔ははっきりと歓喜に溢れていた。


「いいえ。あなたの顔を見て確信をしました。あなたこそ、六年前に行方知れずになったモルテゲルニー家の公女、フィウアレア殿下です。お迎えに上がりました、殿下」

「あなたは……誰?」


 フューレアは囁いた。


「私はエデュアルト・ヘームスト。アウスバーグ王国の王家の血を継いでいます。四代前の国王の第三王子を祖父に持ちます。国では公爵位を継いでいます」


「アウスバーグ……」


 現在のリューベルン連邦の選定皇帝の出身国だ。

 ギルフォードよりも年上に見えるが、三十には届いていなさそうな外見をしている。顔立ちは人に警戒心を抱かせない穏やかなもので、口調も同じだ。柔らかな語り口調に心を許しかけてしまい、フューレアは慌てて体中から警戒心をかき集めた。


「あなた様をずっと探し続けていました。絶望的な意見が多く占めるなか、地道に当時の足跡を丁寧に辿って」


「あの。わたし……リューベルン語はあまり得意ではないの。できればロルテーム語で話してほしい」

「まさか。ずっとゲルニー公国で暮らしていましたでしょう?」


「わたしは……確かにリューベルン連邦の修道院からナフテハール男爵家に養女に貰われたけれど。そのあとずっとロルテーム語で生活をしていたから、こっちのほうが聞き取りやすいし話しやすいの」


 ゲルニー公国という言葉を肯定するでもなく、フューレアは世間に出回っている経歴を口にする。実際、使わなくなって久しいリューベルン語を操るのは心もとない。


「仕方がないですね。大公家の血を引く姫君がリューベルン語を忘れるなど、本来ならあってはならないことですが……国に帰ったら語学教師を手配しましょう」

「わたしは国には帰らないわ」


「まさか。あなたはゲルニー公国の最後の姫君だ。あなたは私と結婚をするのです」


「なっ……誰がそんなこと」


 突然投げられた爆弾発言にフューレアの顔が白くなる。

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