第35話 秘密の出会い

 ヴィヴィアンに反省の色はなかった。両親、特にローステッド侯爵は今回ばかりはヴィヴィアンに対して厳しい言葉をかけたが、それでも彼女にしてみれば格下のフューレアに対してギルフォードがあれほど入れ込むのが理解不能なのだ。結果、やはり体と顔で篭絡したのだと結論付けてしまう。


 当初ヴィヴィアンは高を括っていた。

 レーヴェン公爵家が抗議をしようと、ローステッド侯爵家だとてロルテームでは歴史のある家なのだ。そうも無下にできるはずもないだろう、と。


 しかし、あれ以降ヴィヴィアンがどんな夜会に顔を出そうとも以前のようにちやほやされることはなくなった。取り巻きの男たちは挨拶をしたきりこちらに近寄りもしないし、それは他の令嬢たちも同じだったし、主催者に挨拶をすると気まずげに一言二言返事を返され、話を切り上げたいとばかりによそよそしい空気を出された。


 ヴィヴィアンと一緒になってフューレアに難癖をつけた二人の令嬢は別の夜会で鉢合わせると、あからさまに視線を泳がせて逃げてしまった。


 この扱いは一体なんなのだ。

 仕方がなく、以前ヴィヴィアンに誘いの手紙を寄越した男性にこちらから手紙を書いたが、素っ気ない断りの返事が返ってくればいい方だった。


 こうなってくるとヴィヴィアンにも事の重大さがひしひしと感じられた。

 とはいえ、心情的にはフューレアに謝ることなど出来そうもない。いまのこの状況を作り出したのがあの元孤児だと思うと、余計に腸が煮えくり返るのだ。


 せっかくの夜会も誰からも相手にされないというのがこれほどまでに誇りを踏みにじるものだとは思わなかった。

 両親に連れられて外国人が多く出席をする夜会に参加をしていたが、やはりこの場でもヴィヴィアンは人々から遠巻きにされていた。


 両親は娘の売り込みに必死になっているが、ロームに滞在をする外国人の間にもヴィヴィアンとフューレアの確執が広がっているらしい。


(ああもう。本当に腹立たしいですわ!)


 それでもヴィヴィアンは己が正しいのだと疑っていなかった。


「こんばんは。美しいお嬢さん」


 壁の花に甘んじていると一人の紳士がヴィヴィアンに声を掛けてきた。

 ヴィヴィアンは胡乱気に男を見上げた。年の頃は二十代後半といったところで、白銀の髪に濃い紫色の瞳をしていた。ヴィヴィアンは不快になって眉根を寄せた。

 今はフューレアを思い起こす色の人間とは話したくない。


「なにか、御用?」

 喋る気はないのだとわざと冷たい声を出す。


「先ほどから一人で寂しそうにされていましたので」

「ああそう。けれどもわたくし、どこの誰とも知れぬお人で寂しさを紛らわそうと思うほど安い女ではありませんわ」

「気の強い方ですね。そういう方は嫌いではないですよ」


 青年はくつくつと笑った。

 かなり辛辣に返してやったのに、機嫌を悪くしたふうでもない。笑い声が思いのほか上品で朗らかだったため、ヴィヴィアンは毒気を抜かれてしまった。


「あなた、外国の方ですわよね?」


 ロルテームにも銀髪に紫色の瞳を持つ人間はいるが、こんな風に何の含みもなくヴィヴィアンに話しかけてくるのだから、彼はきっと最近ロームに到着をしたのだ。


「リューベルン連邦出身です。お忍びだから、家の名前は勘弁してほしいけれど」

「ふうん」


 流暢なロルテーム語話す男は柔らかに目元を緩めた。柔らかな声と表情にヴィヴィアンの警戒心がゆっくりと解かれていく。最近遠巻きにされることばかりで、普通に会話をする機会がなかった。お忍びだということは、それなりの家の出身なのだろうか。窮屈な国を離れて、高貴な身分の者が外国でのびのびと過ごすことがあるとヴィヴィアンも聞いたことがある。


「では、あなたのことをなんて呼べばいいのかしら」

「エディと」

「本名ですの?」


「愛称だよ。誰にも言わないって約束をしてくれる?」

「わたくし、人の秘密をぺらぺらとしゃべるような程度の低い人間ではないですわ」


「ほんとうに? じゃあ本名を名乗ろうか。エデュアルト・ヘームスト。これが本名。リューベルン連邦では公爵位を継いでいる」


 その後エデュアルトはヴィヴィアンを別室に誘った。

 彼はあまり目立ちたくないのだという。どうしてだと問うと、休暇半分、仕事でロルテームへやってきたとのこと。


「だからあまりさぼっているところを見られたくは無くてね」

「仕事ばかりではつまらないでしょう。ロームはいいところだと思いますわ」


「ありがとう。よかったらまた付き合ってよ。男一人で散歩をしてもつまらないからね」

「考えておきますわ」


 夜会では案外あっさりと別れてしまったが、後日ヴィヴィアンの元にエデュアルトから散歩の誘いの手紙が届いた。ちょうど退屈をしていたし、昼間の呼び出しだしいいだろうと思い出かけた。


 あのあと、エデュアルトの名乗った家名が本物かどうかヴィヴィアンは調べたのだ。さすがにローステッド侯爵家に外国の貴族名鑑まで所蔵はしていなかったため、大きな貸本屋まで出かけた。リューベルン連邦はいくつかの国と公国の集合体で、エデュアルト・ヘームストの名前を探し出すのは苦労したが、それでもアウスバーグ王国で見つけた。なんと王家の血を引く家柄だったのだ。


 これにはヴィヴィアンの自尊心が大いに満たされた。

 他国の王族から声を掛けられたのだ。彼は大変に見る目があると思った。少なくともあんな孤児を選ぶギルフォードよりも審美眼があると思った。


 エデュアルトがお忍びだというのが惜しかった。もっと堂々と名乗ればいいのに。そうしたら、ギルフォードの前に二人で現れて、逃した魚の大きさを見せつけれやれるのに。自分は他国の王族に見初められるくらいの娘なのだ、と高らかに笑ってやれるのに。

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