第30話 探しものが見つかりました

 びしょ濡れのフューレアはギルフォードの従者によってレーヴェン公爵家へと連れ帰られた。即座に湯が運ばれフューレアは全身をきれいに洗われた。途中でお湯を二度ほど変え、泥臭さが完全に取れるまで石鹸でごしごし洗われ、その後香油を刷り込まれた。


 身ぎれいになったフューレアは即座に公園へと舞い戻るために公爵家の使用人に馬車を出すよう頼み込んだ。


「フューレア」

 聞きつけたレーヴェン公爵夫人が顔を見せた。


「ギルが万事うまくやるでしょうか、あなたはここで待っていなさい」

「でも」


 金色の髪に空色の瞳をした公爵夫人は、二十代の息子がいるとは思えないほどすらりとして美しい。貴婦人の中の貴婦人という立ち居振る舞いが板についていて、常に冷静沈着だ。


「話は聞いているわ。災難だったわね」


 こちらをいたわる声色に、フューレアの心が弾けそうになる。けれども己の矜持として涙を見せるわけにはいかない。あのような意地悪に屈してしまうのが嫌だった。


「わたしも戻らないと。だって、お母様の大事なメダイユが」

「ギルは優秀な子よ。彼が大丈夫と言えば大丈夫」


 公爵夫人は息子を信じている。

 その揺るがなさにフューレアは、心のどこかでメダイユを諦めている己を見つめた。


(わたしは……)


 フューレアを眺めていた公爵夫人が近くの使用人に目配せをする。女主人の許可を得た使用人たちが動き出した。


「大事な形見なのでしょう。見届けたいという気持ちはわかるわ。けれど、あなたは無茶をしては駄目。運河に入るだなんてもってのほかですよ」

「はい。ありがとうございます」


 フューレアは美しい所作で礼をした。

 物心ついたときから躾けられていたフューレアだ。どのような時でも手先まで完璧に意識を保ち優雅に振舞うことが出来る。


「わたくしは、ギルの妻があなたでよいと思っているのよ。少なくとも、失恋をした腹いせに相手の大事なものを投げ捨てるような性根の娘とは、たとえそんな女をギルが妻にと望んでも仲良くしたいとも思いません」


 彼女なりにフューレアを認める発言に、心の中がじんわりと温かくなった。


 馬車の準備が整った。

 フューレアは公園へと舞い戻った。

 そこには多くの人がいた。

 運河の水かさが減っている。

 エルセがフューレアに気が付いて駆け寄ってきた。


「エルセ。これは一体……」

「大丈夫ですよ。フューレア様の大事なものは皆で探し出しますから」

「エルセ……」


 公園の管理人に掛け合って、園内を流れる水の量を調節してもらったのだという。それから人をかき集めて運河内の捜索に加わってもらっている。


 ギルフォード自ら運河に入り、指揮をとっている。彼の従者やアマッドも一緒になって水に浸かっている。底を掬う道具を使い、溜まった泥と一緒に掻きだすという地道な作業が続いていた。

 日照時間の長い夏とはいえ、そのうち暗くなってきてしまう。


「フューレア様。絶対に見つかりますよ」

「ありがとう」


 フューレアは何度もありがとうと呟いた。

 自分も運河に入って捜索に加わりたい。

 けれども公爵夫人にも止められていたし、エルセにも同じことを言われた。


 フューレアは神に祈った。

 信心深くないのに、こういうときだけ神頼みをするのはお門違い甚だしいが何度も心の中でお願いをした。





 薄暗くなってきた頃のことだった。


「これじゃないのか⁉」


 大きな男の声だった。声の主の周りに人が集まる。

 フューレアも顔を上げた。


 ギルフォードが男の手元を確認する。

 フューレアは運河の淵まで駆け寄った。途中足がもつれそうになるのを必死に耐えた。


(お母様!)


「フュー、これだろう?」


 ギルフォードが笑顔をつくった。

 彼が受け取った金色のそれを、フューレアは目を凝らして見つめた。模様もなにもかも覚えている、フューレアの宝物。


「ありがとう。みんな、ほんとうに……ほんとうに、ありがとう!」


 感極まったフューレアはバランスを崩した。

 否、ギルフォードに向かって運河へと飛び込んだのだ。


「フュー⁉」


 ドレスが汚れるとか、濡れるとか、そういうのはどうでもよかった。

 自然と瞳に涙が盛り上がる。

 心のどこかで諦めていたのに。みんな、信じていた。絶対に見つけると、その一心でこれだけの人々が動いてくれた。


 そのことに心を揺さぶられる。


「よかったなあ! お嬢ちゃん」

「おおおい、見つかったぞぉ」


 捜索に加わった男たちが口々に叫んだ。喜びが伝染をしていく。辺りが騒然となった。笑顔で、おめでとう、と口々に言われて、余計に涙が出てきた。


「ギルフォード、ありがとう。みんなも、ありがとう」

 ギルフォードにぎゅっと抱き着いた。


「大事なものなんだろう? よかったなぁ」

「お嬢ちゃん。汚れちまうぞ」


 捜索に加わった男たちの大きな声が降り注ぐ。

 温かさに満ちた声と、探し物が見つかったという高揚感。ギルフォードとフューレアを皆が取り囲む。


「もう。もうだめかと思っていたの」

 ぐすぐすと鼻をすすった。


「私がフューの大事なものを諦めるわけないだろう」

 ギルフォードがフューレアの背中に腕を回し、ぐっと引き寄せる。


「フューレア、よかったな!」

「フューレア様。本当によかったです」


 アマッドとエルセが近くへとやってきた。

 大好きな人たちに囲まれて、フューレアは母を取り戻した喜びに涙した。


 ギルフォードが、ここにいる彼らがフューレアの大切な宝物を見つけてくれたことが嬉しい。感謝をしてもしきれない。どうやってこの言葉を伝えたらいいのだろう。


 フューレアはギルフォードに抱き着いてわんわん泣いた。意地でも泣かないと決意をしていたはずなのに。心のダムはあっさりと決壊をした。


 ギルフォードは泣きじゃくるフューレアを優しく抱きしめ、ぽんぽんと背中を優しく叩いていく。幼子をあやすようなしぐさに、余計に涙が湧いた。

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