第27話 秘密のガールズトーク
「なんだかんだと上手くいっているようで安心したわ」
突然に遊びに来たフランカは少女二人の身支度の様子を眺めつつご機嫌にカップのお茶に口をつける。
「上手く……というか……。ねえ……」
「……逃げられないように完全に周囲を埋められたと言いますか」
侍女に手伝わせつつ、二人は外出の準備を整えていく。長椅子に座ったフランカは自身の結婚前を思い出しているのか、楽しげだ。
「あら。満更でもないんでしょう? カルーニャなら船を使えば十日ほどの距離だし。移動も楽よね。船に乗ってしまえばいいんだもの。馬車の旅よりも断然に楽だわ」
「……」
フランカの言葉にエルセは無言を貫いた。
両家の親が承認をしてしまえば、娘に拒否権は無いに等しい。彼女は突然に降ってわいた求婚者の熱量に引き気味だ。
「わたしも結婚前を思い出すわぁ。ああ、この人でいいのかしら? 本当にわたし、幸せになれるの? なんて日々悶々としたものよ。夜会ごとにパートナーを変えたのも今となってはいい思い出よねぇ」
幸せになることにどん欲だったフランカは社交デビュー一年目から恋に勤しんだ。フューレアがナフテハール男爵家の養女になったとき、彼女はすでに結婚をしていて娘が生まれていたから、彼女の結婚前の話を聞くのは初めてだ。
「もちろん、セラージャ商会の息子と一緒になっても幸せになれそうも無いっていうなら、わたしも力を貸すわよ。エルセは優秀だし、うちの娘の家庭教師だってぴったりだし。家庭教師をしながら結婚相手を探すのも手よ?」
「……いえ、それは」
「エルセは戸惑っているだけなのよねー。アマッドのこと満更でもなさそうよ」
髪の毛を結ってもらっているフューレアは姿見の前から口をはさむ。
「それはフューレア様だって同じじゃないですか」
「そりゃあ、だってギルフォードは素敵だし。って、何を言わせるのよ。わたしにだっていろいろとあるのよ。考えないといけないことが」
脳裏に浮かび上がったギルフォードに対して顔を赤くした後、フューレアは慌てて真面目な顔をつくった。
「わたしは元々恋にも結婚にも疎くて。しかもアマッド様は臆面もなくあんな恥ずかしい台詞ばかり吐くし……。つい蹴りたくなっても相手はセラージャ商会の息子だと思うとそれも出来ないし」
「あら、セラージャ商会の息子はエルセに惚れているんだから、蹴っても問題ないと思うわよ。むしろ新しい世界が待ち受けているかも?」
「お姉様。変なことをエルセに吹き込んだらだめよ」
既婚子有りのフランカはついいつもの主婦仲間とのやり取りのように軽口を叩いてしまい、肩をすくめた。ここにいるのは未婚の令嬢なのだ。あけすけなやり取りは駄目だと少しだけ反省した顔を作った。
主人の会話のあれこれに顔色一つ変えない優秀な侍女たちは公園散策に合うよう二人の髪の毛を整えていく。
「このドレス……少し色が派手じゃないですか?」
エルセが本日身に付けているドレスはフューレアが貸した薄いピンク色のものだ。普段から茶色や濃い色の衣服を好んで身にまとうエルセにこのドレスを見せた時、彼女は即座に「さすがにその色は無理です」と悲鳴を上げた。
「あら、似合っているわよ。エルセだって若い娘なんだからこのくらい明るい色を着ないと」
フランカの言う通り、ピンク色のドレスはエルセを華やかに仕立てている。濃い金髪をした彼女にはピンク色がよく似合う。銀髪のフューレアが着るとなにか、少し違うような気がしてなかなか袖を通していなかった。
「あなたが地味な色合いのドレスばかり着ていると、わたしがアマッドの本命だと思われちゃうのよ」
まだ二人きりのデートは勇気がないと言うエルセに付き合う形でフューレアは今日も彼女とアマッドと一緒にお出かけだ。とはいえ、途中でギルフォードが合流することになっているため、フューレアの支度も自然と力が入る。
エルセがフューレアと同じくらい着飾っていれば、アマッドと並んでも見劣りしないし、間違ってもフューレアの付添人だなんて思われない。ギルフォードが合流をして、四人で公園を散策する姿が多くに人の目に留まればそれぞれ誰が誰のパートナーなのか拡散されていくだろう。
実際アマッドはセラージャ商会の主の息子としてロームの社交界に顔を出している。彼自身、今回のローム訪問の目的が冬に出会ったエルセへの求婚であることを隠しもせずに話している。
そういったこともあってアマッドとフューレアが親しく話している風景はエルセに近づきたいために彼がフューレアに仲を取り持つよう懇願した結果なのだと認識をされ始めている。
「そのドレス、帽子も一緒に作ってもらったのよね。ねえ、準備してあるのでしょう?」
侍女の一人で視線を向けると心得た侍女の一人は机の上に用意してある帽子を両手で持ち上げた。
「エルセはいいとして、フューレア、あなたのドレスの色ちょっと地味じゃない?」
ピンク色のドレスとは対照的に今日フューレアが選んだのは濃い青のドレスだ。飾りもあまりなく、前身頃にかろうじてレースが取り付けられているくらい。
「いいのよ、これで」
「どうして。もっと可愛らしいドレスたくさん作ってもらっているでしょう?」
「だってギルフォードったら、いつもわたしのこと可愛いとしか言わないんだもの。なんていうか、あれって熊のぬいぐるみが可愛いと言うのと同じ気がするのよね。今日はね、いつもとは違って大人っぽいところを見せたいのよ」
もうすぐ二十歳になるのだから、可愛いではなく大人っぽいと言われたい。乙女心は複雑で、可愛いと言われるのは嬉しいのだけれど、できれば別の魅力も伝えたいし、驚いてもらいたい。
結婚に対して戸惑っているのに、ギルフォードの目には魅力的に映りたい。
相反する気持ちがフューレアの体の中でせめぎ合う。
フューレアの返事を聞いたフランカはにやにやする。
「あらあら、お熱いことで。今日レーヴェン公爵家にお泊りすることになってもわたしは驚かないわよ」
「お姉様!」
そんなことには絶対にならない。さすがにお嫁入り前なのだから、とフューレアはあけすけな姉に向けて叫んだ。
「でも、ギルフォード様との結婚は前向きになったってことなんでしょう?」
フランカは確信に笑みをさらに深める。
フューレアは言葉に詰まった。
「それは……」
「あら。あなたも結婚前の憂鬱を発症しているの?」
「それとは違うけれど……。わたし、結婚をしてもいいのかしら……」
ぼそりと呟いたそれは、フューレアの本音で。それに先日のレーヴェン公爵との会談も尾を引いている。あの件についてもきちんと結論を出さないといけない。足踏みをしていても道が開けるわけでもないのに、フューレアは立ち止まったまま。
フランカはやおら立ち上がった。
ずかずかとフューレアの座る横へとやってきて侍女からお化粧道具を取り上げる。フランカは最後の仕上げを手ずから妹へ施した。
「ん、きれい」
鏡の中には銀色の髪を後ろでまとめた品の良い娘の姿がある。帽子をかぶるため髪の毛に飾りは着けていない。
フランカは鏡に映ったフューレアに、満足げに瞳を細めた。
「いいこと? 前にも言ったけれど、幸せになることにどん欲になりなさい。お父様はあなたに幸せになってもらいたくてうちへ引き取ったのよ。神様だってあなたが幸せになるのを止めることなんてできないんだから」
思いのほか強い口調だった。真剣な瞳と鏡越しにかち合う。
フランカはフューレアのことを心底案じてくれている。そして彼女の信条でもある、幸せになることに貪欲であれ、と𠮟咤激励をする。
「わたし……」
「少なくとも、わたしはあなたがあなたの心のままにギルフォード様と結婚をしたら嬉しいわ。お父様とお母様も同じだと思う」
フランカがフューレアの肩にそっと手のひらを置いた。
力強い言葉に眦が熱くなってしまう。この間からこんな風にたくさんの言葉をもらっている。そのたびに目頭が熱くなって、今の幸せを痛感する。
「さあさ、支度が出来たのなら立ち上がりなさい」
湿っぽくなってしまった空気を払うかのようにフランカが声の調子を変えた。
扉が叩かれ、「セラージャ様がいらっしゃいました」と使用人が告げに来たのはそのときだった。
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