第24話 誤解が溶けてなによりです
勢い爆発をしたフューレアだったが、ギルフォードから真剣に謝れられれば、許さざるを得ない。
「もう。ギルフォードのばか。ちゃんとわたしの話を最後まで聞いてくれればこんなことにはならなかったのに」
ナフテハール男爵家に戻ってきたフューレアは彼を自室へと案内した。
寝室と居間は分かれているため、専用の居間へ案内をしたのだ。階下ではアマッドが男爵夫人の相手をしている。彼の隣にはもちろんエルセもいる。
「ごめん。嫉妬でそれどころじゃなかった」
「アマッドはエルセを追いかけてきたのよ。今日だってわたしのほうが単なる付添だったっていうのに」
「本当にごめん」
「さっきだってアマッドの隣にはエルセがいたのに。どうしてあなたはわたしと彼が二人きりに見えたの?」
「エルセ嬢はきみの付添人だろうと」
「それは……馬車の中でも聞かされたけど……」
どうやらエルセがいつものように地味な色合いのドレスを身に付けていたのも問題があったらしい。
フューレアはナフテハール男爵家の娘として恥ずかしくない出で立ちで出かける。お忍びではない限り上等な生地で作られたドレスを着て外出をするし、立ち居振る舞いも洗練されている。フューレアの隣に並ぶとどうしてもエルセはフューレアの影に隠れてしまう。ドレスの意匠も色もフューレアに対して地味になってしまうため、人々は自然とフューレアがアマッドと連れ立って散策をしていると認識をしてしまうそうだ。
ギルフォードも当たり前のようにエルセをただの付添人と判断してしまった。
この意見はフューレアを大いに驚かせた。
アマッド・セラージャはカルーニャの国内流通を手掛ける商会の息子で、避寒の地でも有名なカルーニャ王国のドナーナというリゾート地で知り合った。滞在中は色々と世話になり、彼とはよい友達になった。
アマッドとは正真正銘、ただのお友達だ。
それに彼の目はフューレアではない別の女性にだけ向けられている。
「だって。アマッドったら、エルセのことが忘れられないってカルーニャからロルテームまで追いかけてきたのよ。わたしとお母様はすっかりほだされてしまって、是非にも協力するって乗り気になってしまったの」
「彼の気持ちも分かるけれどね」
ギルフォードはフューレアに向けて両手を差し出した。
「どうしたの?」
「嫉妬で傷ついた心を癒してほしくて」
「あなたが勝手に勘違いをしたのよ?」
「それを言われると痛い」
「だってそうじゃない」
言い訳をするのは単に気恥ずかしいからだ。
さっきだって、エルセとアマッドに口付けする寸前の自分たちを目撃された。
思わず爆発をしてしまうくらいには恥ずかしかった。
帰りの馬車はギルフォードと一緒に乗って帰ってきたけれど、男爵家に到着をしてエルセとアマッドに顔を合わせた時、ものすごく居たたまれなかった。
ああいうことは外ではしてはいけないと思う。
「フュー、お願い」
けれども、フューレアはギルフォードのこの懇願する声に弱いのだ。
恥ずかしいのに、フューレアは立ち上がりギルフォードの座る長椅子の前に佇んだ。
「おいで」
最後の一歩がどうにも気恥ずかしい。
顔の火照りから、単に照れているだけだと察したギルフォードが最後の距離を詰めてきた。ギルフォードの膝の上に抱き寄せられたフューレアは一瞬だけ身を固くして、けれどもすぐにその緊張を解いた。
「さっきは、私の口付けを受けてくれるつもりだった?」
耳元でそんなことを言われて、フューレアの体温が急上昇してしまう。
「それは……その」
あのときはどうしてギルフォードが怒っているのかよくわからなかった。いや、何か勘違いしていることはわかったけれど、彼の暴走に少しびっくりした。
それでも逃げる気は起きなかった。あのとき、ギルフォードの急いた声を聞いたら動くことはできなくなった。拒絶をしたら、彼はもうフューレアの元から去ってしまうのではないかと考えて、そう思ったら怖くなった。ギルフォードとの距離の取り方に悩んでいるくせに、彼が自分から離れて行ってしまうのは嫌だと思った。
フューレアの顔が真っ赤になる。
あのときは、色々と混乱をしていて気が付いたらギルフォードの顔が目前に迫っていた。
「……口付けは特別なものだから。その……」
どうにか口から言葉を絞り出す。
「もっと、その。雰囲気というか。ここぞというときというか」
フューレア自身なにを言いたいのか分からなくなってきた。
歌劇の中では夜の露台で、とか。花が咲き誇る庭園の物陰で、とかそういうシチュエーションだったはず。フューレアは火照った顔をギルフォードから隠すように両手で覆う。
「わかった。可愛いフューの希望を優先するよ」
「ほんと?」
そっと尋ねるとギルフォードがほんの少しだけ苦笑する。
「きみも前向きに考えてくれているんだろう?」
「ええと。改めて口にされると恥ずかしいのだけれど……」
「いまはこれで我慢する」
そう言った直後。
ふわりとした感触が頬をすべった。頬に口付けを落とされたのだ。
胸の中がふわふわして落ち着かない。
目を瞬くと、すぐそばの彼の瞳と視線が合わさる。とろけるように甘さと優しさを含んだそれを受け止めると、全身が火照ってしまった。
すこし空気を変えたくてフューレアは気を紛らわせるように言葉を紡ぐ。
「えっと。わたし、エルセとアマッドの付添をして、少し羨ましいと思ったのよ」
「どうして?」
「アマッドが嬉しそうにエルセをエスコートするのを見たら、ふと思ったの。わたし、そういえばあなたと一緒に劇場へ行ったことが無かったわ」
「そういえば、そうだったね」
ギルフォードがふわりと微笑んだ。
「フューの方からデートに誘ってくれている?」
「え、あの……。その」
そういう風にとらえられるような言い方だったかもしれない。
けれども、アマッドにエスコートされるエルセを見ていたら羨ましくなったのは本当のこと。戸惑うエルセを楽しそうに構い倒すアマッドの様子に、ついギルフォードを重ねてしまった。
「あなた最近忙しそうだし、別に……無理にとは」
「きみのお願いは私にとって最優先事項だよ」
「それはどうかと思うわ」
彼には彼の義務があるのだし。フューレアにばかりかまけていないできちんと彼の役割を果たしてほしい。
「そうそう、フューの噂を消すいい方法がある」
「そういえば……そのこともあったわね」
アマッドとナフテハール男爵家の娘が出歩いていることはそれなりの人に目撃をされている。時の人となったフューレアに注目をする人間は存外に多いらしい。
男爵夫人も、自分も一緒なのだからとフューレアに好奇の目が向いていることに気が付いていなかったのだ。
「どうするの?」
フューレアが問いただすとギルフォードが笑みを深めた。
「決まっているだろう。私とフューと、それからアマッドとエルセ嬢と、四人一緒に出掛ければいいんだよ」
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