第17話 お兄様はオオカミさん1

 婚約をしてからというもの、ギルフォードのフューレアに対する態度は微妙に変わった。


 どう変わったのかと問われれば、口にすることを躊躇ってしまう。


「フュー、遠慮しないでこっちへおいで」

「するわよ。どうして、婚約者の正式な座り位置があなたの膝の上なのよ⁉」


 フューレアは早くも涙目だ。

 それもこれもギルフォードがいけない。


 ナフテハール家へとやってきたギルフォードは早々にエルセを追い出し(エルセの裏切り者)、二人きりになった途端に容赦がなくなった。


 エルセもエルセだ。そこは未婚の女性を男性と二人きりにさせないように頑張るところではないか。


「婚約者の正しい距離感だよ。ほら、フュー。こっちへおいで」


 抗議も空しくギルフォードは早業を駆使してフューレアをひょいと持ち上げ自身の膝の上にフューレアを横抱きにした。


「ひゃぁ!」


「私のことを男性として意識していなかったのなら、こうして意識してみるといいよ」


 明るい顔をしてなんてことを言うのか。

 昨日のフランカとの会話を思い出してしまう。兄としてしか見れない、とは少し違う。


 そのギルフォードが近い。とっても近くてとっても狼狽えてしまう。


「あ、あなた……社交とかお仕事とか忙しくないの?」

「一緒に夜会に出席をする? レーヴェン家も今度夜会を主催するからね。そこが正式にフューのお披露目の場になるかな。ドレスはどんなものにしようか」


 熱のこもった眼差しに頭がくらくらした。


 この人、こんなにも意地悪な人だったっけ、と自問する。つい最近までのギルフォードはとっても紳士的だったのに。今の彼はまるで別人だ。


「顔が赤くなっている。私のこと、意識してくれている?」

「こ、これは清い男女交際ではありえないくらい破廉恥な距離感にひいているのよ」


「男女交際をしているって自覚はあるんだね」


 ギルフォードは嬉しそうにフューレアの頬を撫でた。

 そのまま銀色の髪の毛をやさしく梳いていって、おもむろに目の端に唇をおとされた。一瞬の触れ合いは、けれどもフューレアにとっては一大事だった。


「ギルフォード!」


「もっと口づけしてほしい?」

「な、なにを言うのよ」


 抗議をしたのに、彼はなんと再びフューレアの目じりに口づけを落とした。

 駄目、と抗議するはずなのに心が甘く疼いてしまった。


 おかしい。こんなの絶対におかしい。


 何も言えずに口をはくはくと動かしているとギルフォードの瞳に宿る熱の色が余計に濃くなった。


「愛している、フュー」


 ギルフォードがフューレアの耳元で囁いた。

 彼の呼吸と息遣いを耳が拾う。低く艶めかしい声にぞくぞくした。


「ん……」

「耳が感じるんだね」

「や……ちが」


 おもむろに耳を甘く食まれてしまい、もう一度びくりと身体を揺らす。するとその反応に気をよくしたギルフォードが今度はフューレアの耳をぺろりと舐めた。


「やぁ……だめ!」


「フュー、嫌ならもっと強く拒絶をしないと。これでは反対に男を誘っているだけだよ」


「……だぁ……ってぇ……」

 駄目だと抗議をしているのに、ギルフォードが耳へのいたずらを止めてくれないのがいけない。何度も彼の舌で舐められ、息を吹きかけられて、そのたびにフューレアは今まで感じたこともないような奇妙な感覚に身体が襲われる。


 そうするとこれまで出したこともない、甘ったるい媚びるような高い声が出てしまい、余計に恥ずかしくなる。


 耳から唇を離したギルフォードはもう一度フューレアの頬へ口づけを落としていく。フューレアはぐったりとギルフォードに体重を預けてしまっていた。耳を舐められただけで身体から力が抜けていくだなんて信じられなかった。


 熱っぽい視線にさらされてフューレアは一瞬息の仕方を忘れてしまった。

 今までギルフォードのこのような表情を見たこともなかった。どこか見知らぬ男の人にも思えてフューレアは無意識に息を呑む。


 ギルフォードの手がフューレアの頬を滑っていく。


「このまま食べてしまいたいくらい可愛い」

「食べるの……?」


 どういう意味だろう。何かの比喩なのだろうか。フューレアが小さく首をかしげると、ギルフォードが微苦笑を漏らした。


「うん。きみを全て食べたい」


 ギルフォードがフューレアの顎に手を添えた。

 瞳が絡み合い、フューレアはどうしていいのか分からなくなる。


 ギルフォードの顔が近づいてくる。このままだと、口付けをされるかもしれない。今までは頬や目じりだったのに、なんとなく今度は予感がした。この先を受け入れてしまっていいのか自分でもまだ分からないのに、体が動いてくれない。金縛りにあったかのようにギルフォードの膝の上で動けないでいる。


「あ……」


 トントン、と扉が叩かれたのはその時だった。

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