第15話 突撃取材
その日、フューレアは外出着に着替えて屋敷の門を開けて外へ出た。隣にはエルセもいる。一人歩きは駄目だとギルフォードが小姑のようにうるさいから、エルセと一緒に出掛けることにしたのだ。彼女と出かけるのはむしろ楽しいので別に文句はないのだが。
屋敷を出たあとは近くの運河からボートを拾って、のんびりと運河巡りをする予定だ。水の上から街の景色を見ているだけでも心が洗われる。
屋敷から近い運河を目指して歩き始めたフューレアたちの前に男性が飛び出してきた。
「フューレア・ナフテハール嬢ですかね?」
着古した上着に古びた革靴を履いた中年の男だった。
エルセがフューレアを庇うように一歩前に出る。
「失礼ですが、あなたは?」
「おっと、失礼。私は『日刊ローム』のマーシュ・ストレイクという者です」
「日刊ロームの人が何か?」
警戒心にエルセの声が低くなる。
「もちろん。世間を騒がすフューレア・ナフテハール嬢の独占取材を申し込みたくてですね!」
「おい、こら。なにを抜け駆けをしているんだ」
「日刊ロームだと? ゴシップ記事しか書けない三流新聞社風情は引っ込んでいろ!」
立ち止まって話始めると、わらわらと男たちが出てきた。
いったいどこに潜んでいたのか。フューレアは成り行きに目を白黒させた。みんなマーシュと同じように着古した衣服を身にまとっている。そういえば先日突撃をした新聞各社の男たちも似たような様相だった。あのときはそこまで注意を払っていなかったが、なんとなく思い出した。
「なんなんですか、あなたたちは」
新聞記者同士がわいわいと騒ぎ立て始めたところでエルセが叫んだ。
「我が社に独占取材を」
「いいや。我が新聞社に」
「俺が先に声を掛けたんだぞ!」
「独占取材って、一体どうして」
つい話しかけてしまうと記者たちが一斉にフューレアの方に顔を向けた。
「もちろん、リューベルン連邦の孤児だった娘が公爵家に見初められるという夢のような話について詳しくお聞かせ願いたいんですよ」
「どこの馬の骨とも知れぬ薄汚い孤児がどのような手管を使って公爵家の令息を射止めたのか。読者はね、そういうことを知りたいんですよ」
にやにやと好奇心を隠そうともせずに笑うのは日刊ロームの記者マーシュだ。そのどこかこちらを見下す表情にフューレアはカチンとした。
「なるほど、その見てくれで男爵に取り入って養女にしてもらったってわけだ。ナフテハール男爵家は金持ちだからなあ。いい家に貰ってもらった挙句に公爵家へ嫁入りか。女は顔だけで上へのし上がれるときたものだ」
別の記者がマーシュの尻馬に乗っかった。
「なっ……」
あまりの言われようにフューレアは顔を青くした。何も知らないからこその憶測に何を言っていいのか分からなくなる。
「お嬢さん。旅行記なんかより、ギルフォード・レーヴェンを落とした手管を連載したほうがよっぽど話題にもなるし金にもなる。うちの編集長も言っていましたよ。旅行記よりもこっちの話を聞いてこいって」
記者たちは寄ってたかって好き放題言い募る。人の旅行記は金にならないと袖にしたのに、ゴシップネタにはここまで食い付くだなんて。
「あなたたちに話すことはありませんっ! さあ、行きますよ。お嬢様」
エルセが一喝するが普段から取材対象にしつこく付きまとう新聞記者が小娘の言葉に負けるはずがない。
「なにがお嬢様だ。お高く留まっちゃって」
「一言、一言でいいからくださいよ。わが社はそこの下品な新聞社とは違いますからね」
「おい、おまえさっきから一言多いんだよ。おまえんとこの『ローム新論社』だって名前だけは硬いが中身は俺んとこと大して変わらないだろが」
「なんだと。三流紙が生意気な」
フューレアは無視して歩くのに新聞記者たちはぞろぞろとついてくる。しかも喧嘩を始めてしまった。一度屋敷に戻ろうかと考え始めた時、フューレアたちの横を通り過ぎた馬車が急停車をした。勢いよく飛び出してきた女性が「フューレアじゃないっ! どうしたのよ」
と血相をかけて駆けてきた。
「フランカお姉様!」
フューレアは体から力が抜けるのを感じた。
白金の髪を既婚女性らしくまとめた女性はじろりと新聞記者らを睥睨した。事情説明を求めるようにフランカがエルセに視線を向けると、彼女は簡潔に今の状況を伝えた。
なるほど、と頷いたフランカは新聞記者たちの顔を順番に睨みつけた。男たちは一様に押し黙った。
「うちの末の妹に取材をするというのなら当然父親であるナフテハール男爵の許可は取りつけているのよね?」
にこりと微笑えむフランカだが、妙な迫力があって男たちは「いやあ。それは……」とか「それはこれから」などと言いよどむ。
「寄ってたかってか弱い乙女に男どもが群がって。まったく、信じられないわ。おたくたちの新聞社には広告を出さないようわたしの父と夫とお友達に言っておきますからね」
当然のことながらナフテハール男爵家はロルテームの金持ちで商会の広告を定期的に新聞社に掲載をしている。購読料と同じくらい新聞に掲載される広告料は重要な収入源でもある。記者たちは一斉にどよめいた。
「なっ……横暴だ」
「そうだ。言論の自由だ」
「言論? か弱い乙女を苛めるのが言論の自由なの? へぇぇ、ふぅぅん」
「だ、だいたい。こんな素性も知れない元孤児を、自分の妹だと認めているのかよ」
「もちろん。フューレアはわたしの可愛い妹よ。ナフテハール男爵家はね、家族を大事にするの。あなたが言論の自由を笠に着てわたしの妹を貶めるというのなら、わたしはお金の力を使ってあなたたちの新聞社を苛め倒してあげるわ!」
だから、覚悟しておきなさい。そうやってにこりと笑い啖呵を切ったフランカはフューレアの目から見てもとてもかっこよかった。
男たちはこれ以上は分が悪いと思ったのがそそくさと立ち去った。
「まったく。気概のない男どもね」
逃げ出した記者たちの後ろ姿にフランカが尚も言い募る。
「ありがとう、フランカお姉様」
姉の背中に向かってお礼を言うと、フランカが振り返った。
「あなたもナフテハール男爵家の娘ならあれくらい言い返しなさい。うちの女たちは逞しいのが売りなんだから」
まるで八百屋の軒先に置いてある野菜の売り文句だ。
とはいえこの姉が言うと妙な説得力があるのだが。
「はい」
「でもまあ、いまはふらふらと外を出歩くんじゃないわよ。すっかり時の人じゃない、フューったら」
フランカは身内に見せる気安い笑顔をフューレアに向けて、馬車に乗るよう促した。また同じような目に遭ってはかなわないためフューレアは素直に従った。別に用事があったわけではない。気分転換に運河巡りをしつつ貸本屋にでも行こうと思っただけだ。
「まあ、わたしも好奇心に駆られてあなたの様子を見に来たんだけどね」
馬車の中で悪びれずに本音を告げるフランカのあっけらかんとした態度はある種清々しくて、フューレアは笑ってしまった。
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