第7話 ギルフォードは過保護気味1
「ギルフォード」
振り向くと、そこにはギルフォードの姿があった。
「どうしたの? そんなにも慌てて」
「きみが一人で出版社に行ったって聞いたから」
おそらくエルセが話したのだろう。彼女には今日の街歩きの予定をざっくりと話してある。出版社を回って最後に会員になっている貸本屋へ寄ると伝えていた。
「そうなのよ、残念なことに……ああ、ここから先を伝えるのは勇気がいるわね……、わたしの書いた旅行記には一ロイの価値もないのですって」
一ロイは銅貨一枚だ。銅貨一枚の価値もないと言われるとくるものがある。はじめて言われたときはカチンときたけれど、こうも同じことを繰り返されるとフューレアだってきちんと事実として受け止めざるを得ない。
しゅんと肩を落とすと、ギルフォードがフューレアの隣に座った。
「フュー、だめじゃないか。一人歩きだなんて。きみはとっても美しいんだ。どこでだれがきみに懸想してしまうか分かったものじゃない」
「その心配はないと思うけれど」
真剣な眼差しの彼には悪いけれど、フューレアは言うほどきれいではないと思う。
現に旅行の最中だって、艶めいた話の一つもなかった。
フューレアは貸出カウンターに本を差し出す。フューレアよりも年上の女性店員が貸し出しの手続きを進めていく。
「それでも、だめだよ。きみが独り歩きをしているって聞いて、心臓が凍るかと思った。ロームはきみが思うほど治安はよくない」
身をかがめてじっと瞳を覗き込まれる。彼が本心からフューレアの身を案じていることが伝わってきて、フューレアは素直に頷いた。
「ん……。次からは善処する」
「善処じゃなくて約束」
「……あなた、お父様以上に口やかましいわね」
つい本音が出てしまった。逃げ道を残しておいた言葉を聞きとがめられたからだ。
心配してくれるのはありがたいが、今のフューレアは自由だ。自分だって大人なのだから、危険な場所とそうでない場所くらいの判別はつく。
「……私の元にきみを縛り付けておきたい」
ギルフォードが嘆息した。言葉にはしなかったが、言いたいことは伝わったらしい。
「冗談として受け取っておくわ」
はいはい、と受け流すとギルフォードはそれ以上はなにも言ってこなかった。
貸出手続きを終えた本をギルフォードが受け取った。荷物持ちをしてくれるらしい。
「それで、今日はどうしたの? なにか用事でもあった?」
「用事がなくちゃフューに会いに来てはいけない?」
「そんなことはないけれど」
外に出たところでまっすぐに見つめられてしまい、フューレアはつい視線を彼から外してしまった。
ギルフォードの顔が麗しすぎて直視できなかった。さらさらとした金色の髪と、冬の空を思わせる淡い青色の瞳。切れ長の瞳に、すっと整った鼻梁。この間も思ったが、二年の時を経て何かが変わった気がする。世間に揉まれてギルフォードもより男らしくなったのかもしれない。
「私は毎日でもフューに会いたい。きみを片時も側から離したくないって思うくらい、きみに夢中なんだよ」
「もしかしてギルフォードってば友達が少ないの? 昔からわたしにばかりかまっているから……って、そうよね。わたしに気を遣ってくれていたのよね。でもね、別にいいのよ。わたしだってもう大人だもの。いつまでもわたしの面倒を見なくてもいいのよ」
この国に来たばかりの頃、ギルフォードはとても良くしてくれた。十代も後半だった彼がまだ子供だったフューレアの話し相手をするのはさぞ骨が折れただろう。色々と訳ありだったフューレアは周囲と打ち解けるにも時間がかかった。突然に両親から離されて、色々な場所を転々とした。それは必要なことだと言い聞かせられていたが、それでも短期間の間に目まぐるしく環境が変わりロームへ到着した頃は心も体も疲弊しきっていた。
笑顔を失くしていたフューレアに、ギルフォードはゆっくりと向き合ってくれた。年端もいかない頃に亡くなってしまった兄がもしも生きていたら、こんな感じなのかなとも思った。
考えてみれば、ギルフォードは多くの時間をフューレアのために使ってくれていたのだ。きっと、彼だって同世代の友人と遊んでいたほうが楽しかっただろうに。
「……どうして、そういう方向にいくかな……」
フューレアの意見を聞いたギルフォードはしばし押し黙り、なぜだかがっくりと肩を落とした。心持ち声が沈んでいる。
「どうしたの?」
「なんでも。そうだ、せっかく街にいるのだから、美味しいお菓子でも食べて帰ろうか」
「お菓子? それはいい考えね!」
若い娘らしく甘いものに目がないフューレアの機嫌が途端に上向く。落ち込んでいても仕方がない。こういうときは楽しいことをするに限る。ギルフォードが手を差し出してくれた。紳士然とする彼に胸の中がこそばゆくなる。フューレアを淑女として扱ってくれることが嬉しい。
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