第6話 世間は世知辛い

 ロームにはいくつか新聞社がある。


 書き上げた原稿を持って意気揚々と出かけたフューレアではあったが、結果は撃沈だった。


「なぁにが、お嬢様の道楽なんて一ロイの金にもならない、よ。失礼しちゃうわ。そこは一キューイ金貨の価値があるって言うところじゃないの?」


 新聞社の入る建物から出てきたフューレアは文字通りぷりぷりと怒っていた。


「何を言われたかはお察ししますけど。口が悪くなっていますよ」


 建物の入り口近くで待っていたエルセが呆れたように口をはさむ。

 フューレアはむっと眉を寄せた。


「もう。この新聞社の人ったらわたしの大傑作を馬鹿にしたのよ! 怒るってものでしょ」


 この数日ずっと机に齧りついて書き上げた渾身の旅行記を持って新聞社を訪れた。自信満々で新聞社の人間に渡した結果はというと。かなり辛辣にこき下ろされた。


「男性が書いた旅行記ならいいけれど、女の書いたものなんてどうせたかが知れているってどういうわけよ。読者は男ばかりではないのよ。まったく『くそくらえ』な人たちよ!」


「口。口が悪くなっていますって。フューレア様」

「だからちゃんとカルーニャ語で言ったじゃない」


 だから、これはノーカウントよ、とフューレアはつんと横を向く。旅では多くの国を訪れた。当然ロルテーム語は通じない。通訳を雇うとはいえ、淑女教育として語学はみっちり勉強をしてきた身だ。それなりに会話には困らない程度には話せる。旅の途中で知り合った人からスラングを学んだのも今ではいい経験だ。


「まったく。お嬢様はすぐに目新しい言葉を使いたがるんですから」

「うるさいわね。いいのよ。いまは社交ってわけじゃないもの」


 小うるさい付添人に、フューレアは口をとがらせる。


「それで、どうするんですか?」

「もちろん。次の新聞社を当たるわ!」


 ロームの新聞社はここだけではない。きっとフューレアの書いた旅行記の価値を認めてくれる人がいるはず。フューレアは近くの船着場から小舟に乗って、船頭に目的地を告げた。


 けれども、フューレアの思惑とは違いどの新聞社の返事はみんな同じだった。


 曰く、お金持ちのお嬢様の書いた旅行記など庶民は食い付かない。新聞に連載をしても人気など出ないだろう。だったらまだ探偵小説を載せた方がましとのこと。


 悔しくて、翌日は出版社を順番に当たってみたが、やはり結果は同じだった。


 男性の書いた旅行記なら需要はあるが、女性目線の旅行記など誰が読むのか。そもそも旅とはある一定の階級の女性たちが楽しむものであって、それだってせいぜい南の隣国のフラデニアに行く程度のもの。大きなサメの話もアルメート大陸特有の動植物も、女性は興味も持たない。冒険ものとして出すにはパンチに欠ける、などなど。商品価値がないと言われ続けてさすがにフューレアも落ち込んだ。


「はぁぁぁ……世の中うまくいかないものねえ」


 ローム中心街にある貸本屋の書架で、フューレアは気を落としていた。


 外はとてもよい天気だというのに、心の中はどんよりとした曇り空。いや、雨が降っている。街歩きをしても目立たない簡素なドレスを着たフューレアは一人ため息を吐いた。今日はエルサには付き添ってもらってはいない。ロームはごちゃごちゃした街だが、場所を選べばそこまで治安は悪くないし、昼間の女性の一人歩きは珍しくもない。


 本を選びながら今日何度目かのため息を吐く。彼女が考えているよりも世間というのは厳しいらしい。フューレアとしては大傑作を書いたつもりなのに、なんの価値もないだなんて。


 世界は冒険に溢れている。そのことを知った二年間だった。ここではない別の場所でも当然のように人々が暮らしていて、そこではフューレアの持っている価値観とはまるで違う世界が広がっている。


 海の色も青の色も場所によって全然違う。乾いた風が運んでくる土の香り。魚料理一つとってもロルテームとカルーニャではまるで違っていた。そういう、フューレアが心のままに感じたことを多くの人々に知ってほしいと思った。それには旅行記を書くのが一番だと思ったのに。


 世間では、女性の旅行記など需要がないの一点張りだ。


 フューレアは書架でアルメート大陸の冒険紀行を手に取る。パラパラとめくって文字を追っていく。確かに未開の地を進む男性の物語は読むものをハラハラさせる。大きな熊や狼ら野生動物との戦い、先住民族との交渉、悪天候に洪水と、ハプニングはこれでもかと続いていく。


 これに比べるとフューレアの行った旅は、確かにお金持ちの道楽だ。

 ナフテハール男爵夫妻も老齢のため、そこまで無茶なスケジュールを組まなかったし、若い娘が同行することもあり、未開の森で野営など言語道断だった。


(確かにこれと比べるとパンチにはかけるけれども~)


 悔しいが面白そうなので借りることにする。これと、気になっている探偵小説の続きを持って貸出カウンターへ行くと、「フュー! 探したよ」と肩を叩かれた。

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