巫女姫の使命
私が途方に暮れた顔をしていてもなお、リナリアは凛とした雰囲気を保っている。
たしかゲームの端々に書かれている設定や設定資料集によれば、彼女は元々は王族だけれど、王位継承権放棄するために神殿に入れられたらしい。今は巫女として神殿で祈りを捧げているけれど、姫としての風格はちっとも消えてはいないってわけだ。
でも……これが夢っていうのは、具体的過ぎるような。私は思わずふにりと頬をつねってみるけれど、痛い気がする。寝ぼけているのかもしれないと、もうちょっと強くつねってみるけれど、ヒリヒリするだけだ。
「……観測者、夢だと思いたい気持ちはわかりますけど、痛いだけですので、頬を引っ張るのはおやめください」
私が何度も何度も頬をつねっているのを見兼ねて、リナリアがさらりと言うので、私はようやく手を頬から離す。
それにしても……。私は辺りを見回す。ここはゲームのセーブ画面でしか見たことがない場所で、ゲーム本編だと出てきたことは一度もない。
「あの……ここってどこですか? あと、私が観測者っていうのは、一体……?」
ゲームキャラだとわかってはいるものの、どうしてもリナリアが私と同い年には思えない。それは顔面偏差値が一般人の私とゲームの主人公だったら全然違うっていうのもあるけれど、やっぱり神殿にずっといるせいか彼女からは妙にありがたい雰囲気が漂っているっていうのがあるのがひとつ、姫の風格っていうのか一般庶民とは明らかにオーラが違うっていうのがひとつ。
自然と敬語でしゃべってしまう私に、リナリアはくつりと笑って、手を広げた。彼女が手からふんわりと出したのは、リナリアの花……彼女と同じ名前の花だ。
「あなたは私やシンポリズムのことをずっと観測していたでしょう? ううん、あなただけではないですね。何人も、何百人も、何千人も。私たちの世界を観測していたでしょう? たしか、ゲエム……というもので」
「……あ」
それに思わず唖然とする。
シンポリズムっていうのは、『円環のリナリア』の舞台の世界の名前だ。
言葉が全ての世界であり、この世界で生きている人たちは全員自分の名前に当てはめられた【
深淵を覗いている者もまた深淵を覗かれているとはいうけれど、まさかゲームしているのを知られているなんていうのは、妙に恥ずかしい気がする。
だってこのゲームのジャンルは乙女ゲーム。当然恋愛イベントも存在するし、いわば人の恋愛を出歯亀していたというわけだから……。
「ご、ごめんなさい……っ! 普通に楽しい恋愛ゲームだと思って、覗いているなんてつもりは本当になくって……!!」
思わず頭を下げて謝ってしまうのに、リナリアはころころと笑う。そして彼女は自分の手の平から出したリナリアの花から、なにかを取り出した。
彼女の【象徴の力】は、たしか【
彼女が取り出したのは、ちょうど私がさっきクリアしたばかりのクレチマスエンドの情景だった。カルミアが血を吐いて倒れ、その遺体を背に、闇の祭壇を崩壊させる。ゲームの上では絵だけだったのに、彼女の見せる映像は全て動画のように動いている。その生々しさに、私は呆然としている。
「……ここは私の記憶を封印している場所。私だけの秘密の場所。私が力を使わない限りは入ることも敵わない場所です」
「ええっと……変な話をしてもいいですか?」
「どうぞ」
リナリアにうながされたものの、私もどう話をすればいいのかがわからなかった。
彼女は別に、「勝手に自分の世界を覗き見るな」と言いたいわけではなさそうだけれど、どうして私をここに呼び出したのかがさっぱりわからない。それにここにあるリナリアの花に映っている情報が、それぞれおかしいのだ。
アルのエンディングを迎えている情報もあれば、さっき見せたみたいにクレチマスのエンディングの情報もある。
攻略対象の分の情報がそれぞれの花に入れられているのがそもそもおかしい。
ゲームしていたら、私たちは周回プレイをしているわけだから、その情報をプレイヤーは皆知っていてもおかしくないんだけれど、リナリアが全部の情報を持っているって、どういうことなのか。
「ええっと……リナリアはどうしてどの人の最期も、知ってるんですか?」
「歴史を繰り返しているといえば、わかりますか? あなたの世界の言葉であったら、そうですね……周回プレイって言えばいいんでしょうか?」
「ん、ん、ん、んん……?」
「……私は本当に最初のとき、神託を受けて旅立ってから、アルと共に生きたいと願いましたが、そのときに私たちの前に立ちはだかったのはカルミアでした。世界浄化の旅を完了させるためには、彼に手をかけなければいけませんでした」
「…………っ!」
リナリアは花のひとつを手に取ると、その映像を私に見せる。
ほとんどのプレイヤーは、最初は手探りでゲームをはじめるから、最初は戦いやすいパーティー編成で遊ぶ。そうなったらどうしても好感度一位はアルになり、二位になるのはカルミアだ。
……ほとんどのプレイヤーが一番最初に見るのは、カルミアラスボスの、アルエンドだ。
「……世界浄化の旅が完了しても、私は素直にアルとふたりで生きたいと思えず苦しんだそのときでした。私は最後の地、闇の祭壇で禁術の書を見つけたんです。それは【
私が唖然としている間に、リナリアは次から次へと花を見せてくれた。
ゲーム中スチルとして見たことがある場面もあれば、私が見たことのない全員死んでしまう絵もある。泣き言を言いながらゲームしているのが可愛いっていうくらい、本当に何度も何度も繰り返したんだということがわかった。
「世界浄化の旅を完了しなければ、世界は滅んでしまいます。ですが、世界浄化の旅で必ず誰かが犠牲になってしまう……私はそれをどうにかして食い止めようとしましたが、駄目でした……私では、駄目なんです」
「ちょ、ちょっと待ってください。リナリアの事情はわかりましたけど……でも私を呼び出した意味が、わからないんですけれど……!」
「……最初は、私は何度も何度も繰り返しているだけで、あなた方の存在に気付きませんでしたが、何度も繰り返しているときに、あなた方の声が聞こえることに気付いたんです。あなたの声も聞こえました」
彼女はまたリナリアの花からなにかを取り出す。それは映像ではない。私の声だ。
『どうしたら、皆笑って終われるんだろう……?』
それは間違いなくさっき、ゲームしていたときの声だった。
まさかそれをリナリアが聞いていたなんて……。私が思わずどっと顔に熱を持たせている間に、リナリアはにこっと笑った。
「この声を聞いて、あなたなら大丈夫だと思いました。……お願いです。私に替わって、あなたが世界浄化の旅を成し遂げてください」
「……は、はい……?」
「象徴の力はあなたに引き渡します。私の立場も、姿も、全てあなたに譲ります。どうか。どうか……皆を助けてください」
「ちょ、ちょっと待って。リナリア。そんなにたくさん私に渡したら……!!」
私は慌ててリナリアに手を伸ばすけれど、何故かどんどん彼女から遠ざかる気がする。リナリアはにこやかに笑っている。でも。
リナリアの力。リナリアの立場。リナリアの姿。そんなもの全部私に渡しちゃったら、リナリア自身はどこに行っちゃうんだろう……?
どんどん遠ざかり、鮮やかな花もまた、どんどん見えなくなっていく。私はどんどん落ちていく。
ぷつん。と私は糸が切れたように、意識を失ってしまった。
****
「……ん」
すごい夢を見たような気がする。
乙女ゲームが好きだからって、まさか主人公から自分の役割を全部渡すなんて言われてしまう夢。まあ、夢だよね。いくらトゥルーエンドがいつまで経っても出現しないからって、そんなトゥルーエンドのためにはあなたの力が必要なんです、なんていうの。ありえるわけ……。
私は起き上がろうとして、流れる髪に気付く。あれ。私そんなに髪伸びてたっけ。せいぜいセミロングで、首裏が隠れる程度しかない髪だったんだけどなあ。下敷きにして眠っていた髪を掴んで、思わず絶句する。
「……え?」
パステルピンクなんていうありえない色の髪。その長さは背中を覆うどころか、足首まである長さで、そんな長くて手入れが大変な髪なのに、キューティクルつるつるで、傷みひとつみつからない。
私は思わずベッドからがばっと起き上がり、唖然と周りを見回す。
生活臭漂う、そこかしこにゲームセンターで取ってきたぬいぐるみの置いてある私の部屋じゃない。
ベッドは天蓋付き。真っ白なベッドに真っ白なカーテン。そして部屋の壁側には小さな祭壇が設置されている。その向こうには姿見がかけられているのに気付き、私はそろっとその姿見に、自分の姿を映しこんでみた。
「え……ええ、え、えぇ────っっ!?」
自然と叫んでしまっていた。口から出るのは私の素の声ではなくて、有名声優の吹き替えられているから、変な感じ。
パステルピンクの真っ直ぐな髪に、地面を擦るほどに長い真っ白なドレス。鏡越しに見える水色の目には困惑の色が浮かんでいる。私は思わず頬をつねる。痛い。思いっきり伸ばす。鏡の彼女の頬もまた伸びている。
私……リナリアになってる?
つまりは、リナリアとしゃべっていたときのあれやこれは、夢じゃなくって、本当に一緒にしゃべっていたというわけで。
ちょっと待って。つまりは私が、巫女姫として、皆と一緒に世界浄化の旅に出ないといけないということ……?
待って。待ってったら。リナリア、あなた全然説明足りてないよ。だって私。
「象徴の力なんて、どうやって使えばいいの……!?」
なんの情報もなしで放り込まれても、あなたの替わりなんてできないんだったら……!
私の叫び声を聞いたのか、部屋の向こうから大きな足音が響きはじめたのに、私は絶句する。
どうしよう、リナリアのふりをすればいいの。正しいリナリアをする方法ってなんだっけ。私は大きな足音に、今にもひっくり返りそうになりながら、立ちすくんでいた。
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