円環のリナリア

石田空

チュートリアル編

乙女の夢と助けを呼ぶ声

 今日も空が青い。でも私にはなんとなく黄ばんで見える。……ゲームに夢中になって、気が付いたら夜が明けていたなんて馬鹿は、ゲーム好きだったらありえる話だと信じたい。

 今日もルート攻略し終えたばかりでテンションが落ちないまま、私は登校中に、亜美に延々と話をしていた。徹夜してエンディングを迎えたばっかりなんだから、この話をどうしても伝えたかった。SNSだったらネタバレも考慮しないといけないから、そのままぎゃいぎゃいと本能のまま叫べないのが難点だ。

「それでね、ほんっとうにカルミアのルートでアルがラスボスだったら、やばかったんだよ……もう、本当にアルが、アルがあ……」

 私が熱心に乙女ゲームの話をすればするほどに、亜美あみの目が死んでいくのがわかり、つらい。亜美は私を半眼で眺めたあと、深ーく溜息をついてしまったのだ。

「……一応聞いておくけど、本当に楽しいんだよね、『リナリア』。私は苦手なタイプなゲームなんだけど」

「た、楽しいんだよ! 乙女ゲームってゲーム部分があんまり凝ってないの多いけど、『リナリア』は戦略考えないとすぐ詰むRPGだし」

「うん。それはわかる。RPGでパーティーメンバーに入れていたら、それで好感度計算してくれるっていうのは、乙女ゲーム以外でもあるしね。でもさ。うん……好感度二位が絶対ラスボスになって立ちはだかるって、心折れないの?」

 亜美に痛いところを突かれて、私は思いっきり「う……」とうめいてしまった。

 そう言われると思いっきり誤解されそうだから言う。私だって別にメリバの趣味なんてないし、好きなキャラが死んで悲しくない訳はない。でも。でもさ、だって。

「誰が好き好んで自分の一番の推しが死ぬところを、何回も何回も見ないといけないのよ」

「そりゃそうだよねえ……私には理奈りながマゾなのかサドなのかさっぱりわからないんですが」

「私はノーマルだってば。でもね、好きなキャラじゃなかったら、わざわざバッドエンドを全部回収なんてしたくないと思うんですよ!」

「……ごめん、その意見はよくわかんない」

「だって、死亡ルートやバッドエンドじゃなかったら手に入らないスチルがあるんだよ? それにそれぞれのルートに入らないと、そのキャラの別の側面は語られない場合だってあるしさ。アルはたとえバッドエンドであっても、ラスボス化してもなお、リナリアが好きなんだよ。一途なんだよ。どうして幸せにならないんだ馬鹿ぁ……馬鹿ぁ……」

「……ならアルのルートだけやればいいでしょ。あんたがアルが不幸なルートを仕立てて見てるんでしょうが」

「だって、他キャラのルートに入らないと、アルは別に好感度関係なくリナリアが好きだってわからないんだもん。うう、アルぅ……」

「はいはい」

 延々とくっちゃべっている間に、学校が見えてきた。校門をくぐってもなお、私は延々と話を続けるのに、亜美は軽く首を振った。

「ほぉーんと、私は理奈がどうしてそんなにブラックサレナが好きなのかわかんないよ……ほら、ホワイトリリーやろうよ。『恋戦』面白いよ?」

「絶対ハッピーエンドのホワイトリリーは、私の性に合いません」

「あんだとごらぁ。現実が世知辛いのにどうして二次元でまで辛い目に合わにゃならんのじゃ」

「ゲームの中でくらいヒロイック貫いてもいいじゃない。現実で綺麗ごとばっか言って損するのは嫌ですぅー」

 乙女ゲームユーザーでも、好きなレーベルが違えば戦争になる。他のアニメやマンガの趣味は合うのに、私と亜美だったら、乙女ゲームの好みが全然違うから、互いに好きな乙女ゲームの交換すらままならないのである。

 亜美が好きなのはときめきラボっていうゲーム会社の乙女ゲームレーベルのホワイトリリー。

 学園ものや居候ものなど、とにかく絶対ハッピーエンドが至上の明るくわかりやすいシナリオで、乙女ゲームユーザーの間でも評判がいい。今も「『恋戦』の隠しキャラが本当に隠れすぎてて見つからない!」と躍起になって隠しキャラを攻略するべく探している。

 そして私が好きなのは、同じ会社にも関わらず、毛色がホワイトリリーとは真逆のレーベル、ブラックサレナ。

 ファンタジーや歴史ものに強く、とにかく重い展開、重いキャラの背景が持ち味であり、そして、ある意味ブラックサレナの一番の特徴が。

 とにかくシナリオ上、簡単に人が死ぬっていうところだ。これで主人公が死ぬんだったら「まあ、主人公が死ぬのは選択ミスだしなあ、ははは……」で済むけれど、ブラックサレナはそんなに甘くない。

 ルートに入ったキャラ以外は、メインキャラだろうがサブキャラだろうが皆死ぬと踏んだ方がいいってところだ。例えば前にエンディングにまで漕ぎつけたキャラが、別のキャラの攻略の際に死ぬっていうのは、よくある話だ。ノーマルルートだったら主人公残して全員死ぬっていうゲームだってある。

 今一生懸命プレイしている『円環えんかんのリナリア』も、見事なまでにブラックサレナらしいゲームだ。

 主人公のリナリアは巫女であり、神託を受けて世界浄化の旅に出て、【穢れ】と戦いながら世界浄化を目指す話だ。旅の途中でロマンスが訪れ、旅が終わったら結婚しようとか、今度はふたりで世界を回ろうとか約束するけれど。

 ここのキャラはノベルゲームみたいに、選択肢を選んで好感度を上げるんじゃなく、RPGのパーティーを組み、パーティーメンバーを選択し、戦闘を重ねて戦闘コマンドを使う、治療アイテムを使うなどで好感度を上げる仕組みなのだけれど、これが厄介なのだ。

 本命以外のキャラだけの好感度を上げない方法などないし、一部の戦闘はパーティーメンバーは固定。どうしても攻略対象たちの好感度は、皆ある程度上がってしまう。

 ……好感度一位のキャラのルートに入る。そこまでは、まあわかるとして。問題はそれ以降だ。特定ルートが選ばれたのと同時に、ラスボスも選ばれてしまう。このゲームの好感度二位は、必ずラスボスになり主人公パーティーの前に立ちはだかり、殺さないといけなくなってしまうのだ。

 このシステムはブラックサレナを好きな人たちだったら「安定のブラックサレナ」で済んでしまったけれど、他の乙女ゲームユーザーには不評だった。

 一番好きなキャラの闇落ち化を見たい人なんてそんなにいないし、戦闘パーティーによってはどうしても抜けられたら困ってしまうキャラがラスボスとして立ちはだかられてしまったら、戦闘がガタガタになってしまってクリアできない人もいるからだ。

 そんな『円環のリナリア』だけれど、いつもとちょっと違うなと思うのは、全員分のルートを見てもなお、クリア記念のスチルが開示されないということだ。どういうことだろうとゲームを繰り返しプレイしてもわからないし、ネットの攻略サイトにも、未だに最後のスチルを見られたって人の書き込みは存在しない。

 ブラックサレナに限らず、ときめきラボの出す乙女ゲームは、乙女ゲームユーザーのほとんどはゲームがそこまで上手くないっていうのを全く無視して、ゲーム的な楽しさをひたすら追求する会社だ。

 隠れキャラがバグレベルで出てこないゲームをつくったかと思ったら、隠しコマンドを仕込んでそれを入れないと追加エンドが見られなかったりするとかを平気でやるので、これはただのバグじゃないと判断したユーザーは、今日も「リナリア」の完全攻略に勤しんでいるのだ。



****



「とは言ってもなあ……ほんっとうに見つからない……」

 学校から帰ってスマホを見ると、今日も攻略サイトにはめぼしい情報は出てないし、いろんな人のプレイ報告が上がっているのを見るものの、既に私も見たことあるルートの情報なのに溜息をつく。

 好感度を一定値で治めようと攻略対象が戦闘に出す回数をそれぞれ固定させたり、攻略対象がそれぞれ持っている【力】を使う回数を一定にしてみたり。それでも好感度が一定にはならず、必ず誰かひとりが好感度一位になり、二位、三位と順番が付けられる。

 私はゲーム機の画面を見て、溜息をつく。

 主人公のリナリアは健気な巫女で、私は好きだ。彼女が大事な人を殺してしまって泣く姿を何度も見るのは、やっぱり悲しい。

 彼女の幼馴染の神殿騎士のアルも、弟分の神官見習いのクレマチスも、ナンパな魔法剣士のアスターも、おっとりとした魔法学者のスターチスも、俺様皇太子のカルミアも……。

 誰かが死んで世界が平和になったとしても、その人の死を背負って生きないといけないのが、辛いよなあって思う。

「どうしたら、皆笑って終われるんだろう……?」

 ベッドでごろごろとしながら、私が今日も最初から最後までやってみたのに出なかったトゥルーエンドに、首を捻っていた。

 徹夜したせいで、ベッドでごろごろしていたのもあって、眠気が襲ってきた。

 ラスボスアスターで、クレマチスエンドだったのを確認してから、私はゲーム機の電源を落とすと、そのまま枕に頭を預けて目を閉じる。


『──けて……』

 寝ぼけているせいか、可憐な女の子の声が聞こえるのも、幻聴かと思っていた。

『助けて──……観測者かんそくしゃ

 観測者ってなんだろう。

 体がずしりと重くなって、私は眠気に誘われてしまった。


****


 ぱちっと目が覚めたとき、色彩の渦の前にいたことに驚いて、思わず目を閉じてしまう。もう一度恐る恐る目を見開いて……その見覚えのある光景に、私はぎょっとしてしまう。

 辺り一面に咲き誇っているのは、リナリアの花だ。

 サーモンピンク、オレンジ、ピンク、紫……いろんな色のリナリアの花がところ一面咲き誇っているけれど、その花のひとつひとつになにかが透けている。

 見覚えがあるなと思ってよく見てみたら、それは私が躍起になって集めた『リナリア』の中のスチルだ。これはアルルートでしか見られない、焚火のスチルだし、これはスターチスルートで見られる天体観測のスチルだ。でも変だ。私はそれらのスチルを全部「イラスト」「絵」と認識していたはずなのに、何故か今の私には「写真」のように鮮明に見えるのだ。

 なんでだろう……そう思ってこの場所がどうして見覚えがあるのかに気付いた。

 ここは『円環のリナリア』のセーブ画面に見えるんだ。

 全体的に辺りに見えるリナリアの花は、主人公リナリアの象徴の花なんだから。

「……ようこそ、私の声に気付いてくれた観測者」

 可憐な声が私にかけられ、私はびくっと肩を震わせる。その彼女の姿を見て、私は思わず口を開く。

 私の常識では、パステルピンクの髪の色の人なんて、ウィッグでもない限り存在しない。でも彼女はパステルピンクの髪をなびかせて、真っ白な地面を擦るほどに長いドレスを纏って現れたのだ。

「……リナリア?」

 そう喉を震わせるので精一杯だった。

 私の目の前に立っていたのは『円環のリナリア』の主人公、リナリア・アルバその人だったのだ。

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