世界が敵に回した日
人魔――人が使い魔、あるいは従魔になった種族なのか。それとも魔力量が多いから人魔なのか。名前の由来は解らないが、いちかちゃんの慧眼を借りて見てみると、人魔とは神の断りから外れ神に敵対する種族であるらしい。
似たような種族に魔人がいる、と。
まぁ、最高神との一件で神なんて嫌いだし敵対は寧ろウェルカムなんだけどね。
そんなこんなで、魔人になって変化したことはいくつかあった。
まず第一に、以前よりも桁違いに強くなった……と思う。
具体的に計ったわけじゃないし、もしかしたら弱体化した後に強くなったからその落差で勘違いしているだけかもしれないけど、今はエネルギーがありあまって仕方がなかった。
そして、それはいちかちゃんも同じみたいで。
魔女の頃に使えてた魔法は人魔になってほぼ全て使えるようになったらしい。魔法はスキルがないと使えなかったんじゃないのか……と疑問に思って聞いてみると、別にスキルがなくても魔力の動きとそれを制御する魔術式、そして精霊に語りかける手段があれば使えるらしい。
尤も、魔力の動きや魔術式はスキルを一度取得しないととても理解できるようなものじゃないし、精霊はいちかちゃんには見えるみたいだけど、慧眼の一部を借りているだけの俺にはとても見えない。
カナヘビ曰く、そもそもスキルを剥奪されるケースがかなりレアらしいし。
つまり、俺が魔法を使えることは今後もなさそうだった。残念。
後は、魔人になったから――と言うより、お互いが互いの従魔・使い魔になったことによって、従魔・使い魔にはそれぞれ『主を傷つけることが出来ない』という制約が掛るから、その副産物で俺といちかちゃんの力の差がもの凄く開いたとしても、抱きしめて潰れたりとかそう言うことが絶対なくなった。
つまり、これからはいちかちゃんと細かいことは考えずにいちゃいちゃし放題と言うことである。
年齢も十分だし、つまりキス以上のことだって……!!
いや、まぁ。そんな勇気は出ないし、そう言うのは暫く後になるとは思うけど。
それでも、思わず鼻の穴が膨らむほどには嬉しい副産物だった。
◇
きな臭い情勢。
以前の家からこの鉄格子付きの家に移されたのは、根本的に食料品の輸入を止められたらどうしようもなくなるが故に外国の指示に逆らえなかったが故なのか。
……一応、その外国その気になれば三秒で滅ぼせると思うけど。
或いは、平和的解決のために俺にこんな拘束意味がないと解った上でポーズだけでもとしたのかもしれないが。
それでも、この国は根本的に俺たちの味方ではないことは確かだった。
それでいて、世界は恐らく俺を敵対視していそうだった。
そうなってくると、親父やお母さんが心配である。ヘルメスピジョンの伝令がないから多分大丈夫だとは思うけど、まぁ、今回の一件で親父たちも俺のことを心配しているだろうし……
「とりあえず、一回実家に帰るか」
「そうだね」
そんなこんなで、俺は走って。いちかちゃんは転移魔法で実家に帰ることにした。人魔に進化した影響か、家に着くのに縮地込みで1秒も掛らなかった。
因みに俺が走るのは日本国内程度の距離なら転移魔法より速いからである。なんならブラジルからでも、10秒掛らない。
◇
「全然大丈夫じゃなかった!!」
久しぶりに帰ってきた実家の前は、何というか。控えめに言ってカオスだった。
「佐島靖を追い出せ!!」
「危険人物反対!!」
「魔物を呼び出した悪魔め!!!」
「てめえら、靖様に失礼なこと言ってんじゃねえ!!」
「大人しく靖様を敬い、ひれ伏せ!!」
俺の家の目の前で『佐島靖反対!!』『危険人物出て行け!!』みたいな、看板? カラーボードを掲げてデモを起こしている人たちと、いつか俺が制圧して改心したから見逃した『寵愛の星』のような組織の人たちが所々で取っ組み合いとかをしながら険悪な雰囲気でいがみ合っている。
しかし、更によく見ると寵愛の星の人たちを先導しているのは、孔明くんだった。なんで!? 交流とかあったの!?
まぁ、その辺は後で聞くとして……
彼らは俺の実家を背に庇ってデモの人たちが押しかけてくるのを防いでいた。
孔明くんが、佐島くんの家を護れ!! と怒号をあげている。
対するデモ隊の人たちは、俺の知らない人ばかりだった。
……職業養成学校に入る前までは、毎朝欠かさずに走り込みしていたし街の人ともかなり挨拶を交わした俺ではあるが、デモ隊には知っている人が一人も居ない。
いや、よくみたらなんちゃらくんが混じっていて唯一知っている人が居たって感じだが。
参加している人は明らかに日本人じゃないっぽい人も居て、下手すれば日本語を喋っていない人も居た。
この人、もしかしなくてもこのデモのために態々この国まで来たんだろうなぁ。
キモっ……。
そんなこんなで、ツッコみたいことはいくらかあれど、今はとりあえず棚に上げて気配を消して、堂々と玄関口から家に帰った。
「ただいま」
「おかえり。家の前スゴかっただろ?」
「あ、うん」
スゴかっただろって、そんな大雨が降ってたみたいなノリで言われても……。
「わっはっは! こう言う非日常にはいくつになってもワクワクするのぅ!」
と、祖父ちゃんまで暢気なことを言っている。
俺の家には、俺の両親だけでなく祖父母もいる。そして何故か、いちかちゃんの両親も来ていた。
そして数秒後、いちかちゃんも俺の家に転移してきた。
「やっぱりここに居た! なんで、靖くんの家に居るの?」
「いや、ニュースを聞いて話を聞きに来たら家から出られない状況になったんだよ」
外を見ただろ? と、いちかちゃんのお父さん。
「そのせいで働きに行けないし。って言うか、こんな状況じゃ働けないしね。その、こんなに早く頼る日が来るとは思わなかったけど、養ってくれると助かるな」
と、お母さんは俺に言ってくる。
別に、養うのは全然構わない。
この状況の原因の大半は俺にあるわけだし。それに、今世は俺は未だ高校生で16歳かもしれないけど、前の人生では23年ほど親父とお母さんに養って貰っていたのだ。
お金ならいくらでもあるし、経済的な問題はない。
「それは、別に構わないけど……でも……」
ただ……前の人生でも、多分今の人生でも。親父もお母さんも働くのが好きな人だった。俺に気を遣っているのか、噯気にも出さないけど。
そんな両親の仕事を、俺のせいで奪う形になってしまったのは申し訳なかった。
……俺が世界を救おうと、全力を出してしまったばっかりに。
強すぎる力はいつだって人を恐怖させる。故に、俺は自分の実力を隠していたし。世界を救うときも、こうなるんじゃないかってどこかで予想していた。
でも、考えないようにして。ただ、魔物によって多くの犠牲が出て、生活が困窮するのが嫌だと思って助けた結果……俺の家族の生活が困窮した。
最悪だ。こんなことってない。
もし俺がこのタイミングでタイムリープして、三日前の三月十一日に戻ったとしたら俺は魔物共に世界が滅ぼされるのを見殺しにしていただろう。
世論が、同調圧力が、俺への恐怖が、俺の家族に害意を向けた。
「俺のせいで、こんなことになって……ごめん」
「ううん。詳しくは解らないけど、靖が……優しい靖があの魔物から世界を護ってくれたって言うのは解るから。
それに、悪いのはそんな靖にこんな仕打ちをする世界なのよ。靖が謝ることじゃないわ」
お母さんはそう言って俺を抱きしめる。
お父さんも、祖父ちゃんも祖母ちゃんもうん、とお母さんの言葉に同意するように頷いた。
前の人生も、今の人生も。俺の家族は相変わらずだ。
肝心なときはいつも、自由にさせてくれて。そんな俺を受け入れてくれる。
そして俺は思い出していた。何故、自分の力を明かしても世界を護った理由を。
それは、世界のライフラインが崩壊して俺やいちかちゃんや、俺の家族――延いてはいちかちゃんの家族の幸せな生活が崩れないようにするためだ。
決して、こんなデモをして拘束をして――恩を仇で返すようなあいつらを護るためなんかじゃない。
三日前、俺が力を見せたあの日、世界は間違いなく敵に回った。
でも、世界は勘違いしている。
如何に非難しようとも、避難しようとも。俺の絶大な力があれば関係なくひねり潰せると言うことを。
だから俺は、敢えてこう思うのだ。
世界が敵に回ったんじゃない。世界中が、俺を敵に回したんだ――
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