反復試行の真価
「靖くん!!」
目が覚めると、目元を赤く腫らしたいちかちゃんに力一杯抱きしめられた。
ステータスが下がっているからなのか、抱きしめられてちょっとだけ苦しいけど、それ以上に胸が苦しかった。
最高神との会合。初めての敗北。
それに伴って、俺は二度目の人生にて見えるようになっていたステータスも見えなくなりスキルもレベルも全てを失った。
喪失感。そして後悔。
どうして、あの扉に入ってしまったんだろう。あそこが相手にとって有利な場所であることは解っていたのに。
慢心していたのかもしれない。128柱の神を相手に楽勝だったから調子に乗っていたのかもしれない。
神についての情報がなさ過ぎた。スキルを封じられるとか予想外。
封じられても、相手もスキルが使えないとかなら称号込みでゴリ押せると思っていたけど、俺だけスキルが使えなくて、相手はスキル込みの俺よりもステータスが高いと来れば勝ち目はなかった。
「……ごめん」
「ううん……私は、靖くんが帰ってきてくれただけで十分だから」
抱きしめられているから、顔は見えないけどなんとなくいちかちゃんの声は涙が混じっていた。
心配、掛けたんだろうなぁ。目も赤く腫らしていたし。
いちかちゃんが泣いてるのなんて見たことない……そんないちかちゃんを泣かせるなんて俺はとんでもない大馬鹿者である。
ごめんなさい、と五体投地して謝りたくなる。
でも、ここですべきは謝罪じゃないと思った。
何故なら俺は、いちかちゃんを泣かせてしまったというのに、申し訳ないという気持ちよりも、いちかちゃんが俺の身を案じてくれたことが嬉しいと思う気持ちの方が強いから。
だから……
「ありがとう、いちかちゃん。愛してるよ」
「うん。私も……」
俺といちかちゃんは、口づけをした。
◇
3月14日月曜日。
スキルとステータスこそ失ってしまったものの、何だかんだで五体満足で帰って来れて良かったなぁ、と。
いちかちゃんといちゃついて実感した俺は……あの日から三日も経っていたことに少しだけ驚いた。
いや、まぁ。仮にも最高神を名乗る相手にアウェーな戦いを挑んだんだ。そりゃ、三日くらい経っても不自然じゃないか。
寧ろ、こっちに来たポセイドン以外の神々が弱すぎたのだ。
今思い返しても、死んでいた可能性は十二分にあると震える。運が良かった。
そこまで思ってから俺は空白の三日間を埋めるべく、いちかちゃんからスマートフォンを借りて近日の情報を調べることにした。
俺のは……電話はしたい相手がいちかちゃんしかいないのに四六時中一緒にいるから出番がなく、結局買っただけでベッドの裏とかで充電が切れて死蔵されている。
三日前に訪れたスタンピードから世界を救ったわけだし。その結果報告くらいは確認しておきたいのだ。
まぁ、案外犠牲がなさ過ぎて人気冒険者の不倫騒動とかしかないかもしれなが。
『魔物を世界に呼び寄せた凶悪犯罪者。自分で倒してマッチポンプ救世主』
『佐島靖は国際安全保障条約に反するとされ、各国からは処分・拘束などの処置の要求が』
『佐島靖は危険人物。テロ組織『寵愛の星』とも繋がりが』
『総理大臣は佐島靖の働きにとても感謝している。後日勲章を与えたい』
……ヤフーニュースの見出しは、八割ほど俺への批判の記事だった。
一番上のは、記者が見て貰うために誇張して過激な見出しにしていたけど、内容も『あんな沢山の魔物が訪れて、それを一人で倒すのはおかしい。佐島靖が呼び魔物を寄せたとしか思えない。
見る目のない総理大臣は勲章を与えるらしいけど、俺はあのマッチポンプ野郎に騙されない』
と、過激……と言うか、不愉快なものだった。
俺の力を見た外国が、自国の防衛の安全のために俺を処刑・拘束しろと言う話も解らなくはないけど、世界を救った人間に対する評価としては最低クラスだし、
寵愛の星……と言うか職業・スキルによる犯罪集団を「改心したから」って理由で俺の寝覚めの良さのために野放しにしていたら、裏目に出た。
「靖くん……」
いちかちゃんが心配そうに、哀しそうに俺を見てくる。
胸が痛い。……これはあくまでネットの話だ。でも、多分この様子だと外を出歩くことは出来ないだろう。
それに二番目の記事を見て、疑問に思ってよく見たらいつもの家じゃないし。内装は似ているけど、窓には頑丈そうな鉄格子が付けられているし、そこから見える風景もいつものとは違う。
テレビとか、ネットとかは繋がるみたいだけど。
俺たちは、外交のために拘束されたのだろうか?
でも、俺がこの記事を読んで状況を見て、一番不安になったのは今の俺でいちかちゃんを護れるのだろうか? と言うことだ。
なにせ今の俺はステータスとスキルと職業を失って、スゴく弱くなってしまった。
以前の俺なら、こんなちゃっちい拘束用の家なんて軽く破壊できてしまう。
でも、今の俺は……
「この分だと、当分はいちかちゃんに護って貰うことになりそうだなぁ」
いちかちゃんは、俺が護るまでもなくステータスが高いし。
男の子的には彼女に護られるよりは護りたいんだけど。
「ごめん」
いちかちゃんが申し訳なさそうに謝る。
「いや、弱くなったのは別に俺の責任だしいちかちゃんが謝ることじゃ……」
「……靖くんが戦いに行った次の日ね、最高神を名乗る女が靖くんを持ってこう言ったの……“返して欲しかったら、スキルとステータス全部差し出せ”って」
……っ、最高神……マジクソだな、あいつ。絶対神じゃないだろ。次会ったら一発殴るじゃなくて、ぶっ殺そう。
そう思う反面、俺のために……俺を助けてくれたいちかちゃんに、恩を感じた。
すでに、一生をかけても返しきれないくらいにいちかちゃんには感謝でいっぱいなのに。これ以上、どうやって返せば良いのやら。
「……ありがと」
俺はいちかちゃんを抱きしめてお礼を言うと、いちかちゃんはうん、と呟くように返事をした。
◇
しかし、見れば見るほどちゃっちい拘束である。
最高神に負けたことも。ステータスとスキルを失ったことも。そしてなにより、あの最高神がいちかちゃんからも力を奪っていったことも、もの凄く忌々しくて腹立たしかった。
いくらいちかちゃんが可愛くて、優しくて、天使で。俺の心がかなり浄化されたとしても、ムカつくことはムカつくのである。
こんな家、以前の俺なら簡単に殴り壊せるのに……。
軽く筋トレ(腕立て、腹筋、スクワット100回ずつ)して心を落ち着けようとするがしかし、このちゃっちい家に拘束されている現状にイライラする。
そんな感情に任せて、壁を殴った。
――不思議と、殴り方を身体が覚えていた。
分身とした取っ組み合い。格闘スキルも体術スキルも失ったはずなのに、二年以上も研究した体重が乗って一番威力が出るフォームを自然に再現できた。
筋肉が覚えていた。力の入れ方を。そして、いつも込めていた魔力の通し方を。
頭が覚えていた。効率的に魔力を扱う方法を。いくつもの思考を同事に展開する方法を。
ドンッ!!!
部屋に大きな音が響く。
厚さ1mはありそうな、金属の板が埋め込まれた壁がひしゃげて穴を開けた。
いや、この金属の板……多分、オリハルコンだ。
スキルは失った。ステータスもなくなり、レベルも経験値も全て吸い取られ、職業も失った。
でも、身体が全てを覚えていた。
俺は感覚的に理解した。
反復して試行した行動は、成長を促すだけでなく――忘れないのだ。
最高神は固有スキルまでは奪わなかった。あるいは奪えなかった?
ただ一つ言えるのは、決して俺は弱くなってはいない。
これだけの力があれば、例え世界中が的になったっていちかちゃんを守り抜ける。その確信に安堵した。
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