最高神への挑戦
『佐島靖くん。今を持って『神々の試練』は『最高神の試練』へと昇華されました。直ちに神の世界に赴きなさい。私自ら、貴方をひねり潰してあげます』
脳内に響き渡る安い挑発と共に、目の前に開かれたこの世界ではないどこかに通じる世界に繋がっている扉。
声の主が、もし最高神なら所謂そこが神の領域って奴なのだろうか?
ただ気になるのは……なんで俺をひねり潰すと言っているのにこの声の主は態々扉を用意して俺を招いたのか? と言うことだ。
ひねり潰すだけなら、寧ろこっちに来てくれれば良い。
ポセイドンとの戦いで、海を魔力で覆ったように、今の俺の魔力量なら地球上の人たちをある程度護りながら上級神をダース単位で相手取れる。
故に、余波でこの地球を壊さないように……と言う配慮ではない気がする。
と言うかそんな配慮が出来るならあんな大量に神と魔物を送っては来ないだろう。一匹たりとも逃さず仕留めるってのがスゴく大変だった。
となると、真っ先に思い浮かぶのは今の俺と神々との戦いを見て今の自分じゃ勝てないと考え、自分の領域に誘い込んだと言うのが一番自然だ。
理屈は解らないが、この扉の先の領域はポセイドンにとっての海のように、声の主にとって有利なフィールドなんだろう。
あるいは、扉を通ったらブラックホールなどの遠い宇宙の超重力天体に飛ばされる可能性も考えたけど、普通に感覚を共有している分身を先に送れば良いだけで、どこに飛ばされるかは判断できる。
罠じゃないなら、どうするべきか。俺は考えていた。
正直俺は、最高神とやらをボコボコにしてやりたい。
この地球に大量の魔物を送りつけ、神を送りつけ。剰え人間以上の意思がある神々に「人を滅ぼせ」という、逆らえない命令(呪い)をかけた。
それがとても気に入らない。一発殴ってやりたい。
それに今の俺には2年がかりで準備した分身1000体と、いちかちゃんと作った『殺戮機械人形』が1万体いる。
最高神が相手でも、相手の有利なフィールドでも万に一つも負けはないだろう。
自信はある。
俺は、分身10体と機械人形100体を『味方召喚』によっていつでもこっちに帰ってこれる用の保険として残して、のこりの990体の分身と9900体の機械人形を引き連れて。
分身の後ろの方から、扉の先へ足を踏み入れた。
◇
踏み入った空間は無色無音の圧倒的な静寂だった。
白と黒しかない世界にて、ただ一人佇むのは少女のような少年のような――中学生くらいに見える子が腕を組んでふんぞり返っている。
「良く来ましたね」
無音に響いたのは女の子のような高い声。そして、先ほどの声の主と同じものだった。生意気そうに頬を吊り上げている。
「で、お前が最高神ってやつか?」
「ふん、無礼な子供ですね。様を付け、頭を垂れて敬いなさい。そうです、私こそがこの地球の生命の全てを想像し、恩恵を与えた最高神です。
名前は……エホバともキリストともアッラーとも呼ばれていますね」
……キリストはちょっと違う気もするけど、要するに旧約聖書における世界を作ったと言う神だと、この最高神は主張している訳か。
まぁ、無宗教の俺的にはこいつの名前もルーツも正直どうでも良いんだが。
「それで、この世界を創ったと言う神様がどうして地球に大量の魔物と神々を送ったんだ?」
「ふん。そんなの決まっているでしょう? 全ては佐島靖くん。貴方が私の立てた計画を台無しにしたからです」
計画? 台無し? 全く心当たりがない。
「……っ、新潟のダンジョンです!! 本来はあの時の時空の歪みからジワジワとモンスターを輩出して、適度に人口を削っていくつもりだったんです!!
それで、人間が危機意識を持ったところで世界中にダンジョンをどどんと沢山出現させるつもりだったんです!!」
あぁ、あれか。最高神にとって、何も起こらないうちに潰されたのは不服だったらしい。でも、人口を削られる側としては堪ったもんじゃない。
「で、最高神様はそうしてダンジョンを作り出した先に何をしたかったんですか?」
「……それは、人間である貴方には関係のないことです」
つんと、そっぽを向く最高神はどうやらその辺りの理由には答えてくれるつもりはないらしい。まぁ、正直その理由は俺も興味ないが。
ただ、ここに来た瞬間から俺の要件は決まっていた。
「そうか。ただ、今後あんな高レベルの魔物を大量に地球に送りつけてきたり、神々を派遣して滅ぼそうとしてくるのは止めてくれ。今回の件でも相当骨が折れた」
「私には、鎧袖一触に始末されたように思えましたけど。今回も、前回も。結局、佐島靖くん貴方一人に全てを片付けられてしまいました。私は不服です。
なので、佐島靖くんがある条件を呑んでくれるというのであれば今後、人類を滅ぼそうとするのは辞めると誓いましょう」
「神にか?」
「私自身にです」
「それで、その条件って言うのは?」
「正直、佐島靖くん。貴方は一人であまりにも強くなりすぎました。それは、私が与えた試練の経験値を全て貴方が独り占めしたからに他なりません。
なので、貴方の経験値とスキル。全部ください。それを70億人の人類に分配したら、多分人類の平均ステータスが最低でも100万ずつは上がるでしょう」
……確かに。俺も、俺自身があまりにも強くなりすぎたとは常々思っていた。
高すぎるステータスのせいで、思いっきり運動できる場所は限られるし。
威圧があるせいで、他人と満足に話すことも出来ない。それに、俺には世界を護ろうとか困っている人を助けようとかそう言った志があるわけでもない。
もし俺のステータスを俺以外の人類に分け与えたら、きっと俺が一人で抱え込んでいるよりもずっと有意義に活かせるのだろう。
警察も国も、ダンジョンの攻略や職業による犯罪者の対処のために俺に頼らなくて良くなる。それは素晴らしいことだと思う。
俺にとっても、世界にとっても。
「でも嫌だね! だって、俺お前のこと嫌いだから」
ポセイドンほどの筋肉美を持つ男に要らん命令を掛け、俺やいちかちゃんの故郷を危険にさらしたこいつの言うことは聞きたくない。
せめて一発殴ってやらなければ気が済まない!
俺は一歩踏み込んで、思いっきり最高神の右頬を殴りつけた。
八千京の筋力と10抒の魔力を込めた、全力の一撃。並の上級神なら首から上が吹き飛ぶほどの威力だ。
しかし、そんな拳は最高神の右頬に軽く食い込んだだけだった。
「……痛いですね。人間のくせに、よくもまぁこんな出鱈目な力を」
効いてない? そう思って鑑定を――発動しない!? どうして。力の差がありすぎて全く見えないのか?
それほどの力の差が……いや。もしかして
「……スキルを封じてる?」
「ええ。そもそも人間に職業とスキルを与えたのは誰だと思っていますか? 私ですよ?」
俺のステータスは、殆どがスキルの強化倍率によってのみ成り立っている。素のステータスならあのレベル300の魔物一匹と戦うのも辛い。
……でも、スキルを封じられるなら俺が来るかどうか解らない場所に誘うようなマネをせず、地球に来れば良かったのに……
「いや、そうか……ポセイドンにとっての海なのか」
「……人間のくせに。お察しの通り、スキルを封じられるのはこの領域内のみです。そしてこの領域ないなら、私はスキルが使えます。
でも、これで解ったでしょう? 貴方に勝ち目はない。だって、私のステータスはゼウスよりも更に多いのですから。スキルの補正なくして勝ち目はありませんよ?
さぁ、大人しく全てを私に捧げなさい」
……気がつけば、990体いた俺の分身も消えていた。それに、機械兵に目配せして最高神を攻撃しろと念じてみても、動いてくれる気配がなかった。
だめだ。勝ち目がない。……いくら取っ組み合いの練習をしてきたと言っても、その程度で覆せるほどステータスの差は甘くないのだ。
10倍差が開いていたらまず勝てない。100倍差が開いていたら相手にならない。1000倍以上は鼻息で消し飛ぶ。そのレベル。
俺と最高神には、今まで戦ってきた魔物と俺ほどの差があるように感じられた。
今、死ぬわけには行かない。こんなところで死にたくない。
俺が死んだら悲しむ人がいるから。そして、絶対に悲しませたくない人がいるから――いちかちゃん。格好悪い俺でゴメン。
でも、俺はいちかちゃんのところに帰りたいんだ。
だから――
「ステータスも、スキルも全部持っていってください」
――俺はこの日、敗北を魂に刻み込まれ。レベルもスキルも失った。
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