海神との戦い

 光の届かない暗い世界、ポセイドンは海流から生み出したトライデントを構え敏捷が低いとは思えないほど高速で仕掛けられた攻撃に対処すべく、俺は咄嗟に全身を纏わせる魔力を硬く固め『魔力纏鎧』を発動させた。

 にも関わらず、脇腹に鋭い痛みが走る。


「うぐっ……ごぽっ、ぐはっ」


 その痛みに俺はこの深海で貴重な空気を溢してしまった。

 即座に自動回復と超再生で治そうとしても、途轍もない水圧と海の敵意が傷口に塩水をすり込ませ、傷口を裂こうとしてくる。

 精神耐性が、ダメージ軽減がなければ俺はこの負傷だけで死んでいた。


 一撃で3割も体力が削られたのに、海のせいで体力が回復してくれない。


 俺は、背後に回って攻撃を仕掛けてくるポセイドンを魔力で叩き付けなんとかいなしながら、魔力纏鎧に纏っていた魔力を一つ一つ丁寧に、筋繊維に纏わせていく。

 そう。初めて分身と取っ組み合いをして以来常に研鑽を続けてきた俺の戦闘モード『魔人傀儡』


 ポセイドンが魔力と筋力を融合させたように、俺は自らの有り余る魔力を筋力に昇華させる。気配察知で、ポセイドンの動きが掴める。

 そこか――トライデントの猛攻を紙一重で躱し、その勢いでポセイドンの腹を思いっきり殴りつける。


「ぐはっ……人間のくせに、なんて重さだ」


 その一撃に、ポセイドンは軽く腹をさする程度でまるで効いている節がない。


 全力の一撃。10抒にも及ぶ俺の魔力を込めた攻撃も、水の抵抗と海の大質量が邪魔をしてポセイドンへの有効打にならない。

 俺は魔力を外向きに解放して、そのまま海を蹴った。


 海はもの凄い勢いで、大質量の水流で俺を沈めようとしてくる。でも、この辺りの海の一番深いところでもその深さは精々日本海溝の8km程度だ。

 魔力を持ってすれば俺一人を海の外に出すのは容易いが、少しでもポセイドンから目を話せば、その間にポセイドンは日本をそのまま沈めてしまえる強さがある。


 ならば、ポセイドン諸共上がってしまえば良い。


 俺はポセイドンのいる方向へ足を運び、懐に潜り込む。

 そして、海底から地上に出るまでの超高度の魔力の柱をどんどん俺の足下に構築していく。もの凄い速度で。

 ポセイドンの腹を殴り、突き上げながら。


 海流が俺を押し込めようとそこへの水流を流せば、魔力の構築される足場によって殴り上げられるポセイドンへの負荷は更に大きくなる。

 でも、海流がなければこんなの上がるの難しくない。


 俺は、ポセイドンを殴り上げながら海の上へ出る。宮城県数百km離れた沖合い。日本海溝の真上だ。

 俺はポセイドンを打ち上げた。俺の魔力の上に。


 陸に出て、海の攻撃が絶やされた俺の傷はジュクジュクと再生していく。最後の方では体力が半分にまで削られていた。呼吸も苦しい。酸素が欠便していて、命が削られていたってのもあるのだろう。

 だから、


「なんだ!? ……海が答えぬ。これはどういう事だ!?」


「この地球上の海の全てに、オリハルコンよりもずっと頑丈な障壁を張らせて貰った――全部俺の魔力でな」


「ぐぬぬ。なんて出鱈目なことをする男なのだ。佐島靖よ。こんなことは最早最高神様にも出来ぬ。貴様は一体どれほどの魔力を抱えておるのだ」


「凡そ10抒。それに、魔力効率を上げるスキルをいくつも持っている」


 お陰で、実質的な魔力量はもっと多い。

 実際、俺の全力攻撃に三回は耐えられる強度の魔力障壁を地球の海だけに張り巡らせるのに必要だった魔力はたったの100垓。今の俺の全魔力の1%にも満たない。


「ポセイドン。貴殿は強い男だった」


 実際、俺の体力を半分まで削ったのだ。海の脅威と深海の恐怖は本物だった。

 それに、ポセイドンほど鍛え上げられた筋肉を持つ男を俺は知らない。


「正直、貴殿ほどの益荒男をこの手で下すのは非常に惜しい。何故神々が今更になって人類に試練を課すのかは解らないけど、このスタンピードのような一件を二度と犯さず、今後一切人類に危害を加えないと誓って欲しい。さすれば俺は――」


 ポセイドンほどの男を殺さなくて済む。

 そんな俺の言葉を遮るように、ポセイドンは


「なれば我を殺せ。佐島靖。貴様は神々に引けを取らぬ程強くそして気高く、そして紳士だ。故に我は貴様に嘘をつけぬ。不義理な誓いは立てられぬ。

 この神々の試練は最高神様の勅命だ。我ら神々は世界の調停と断りのために、人類をそしてその歪みの最たる佐島靖、貴様を殺しにかかる。

 私情がどうであれ、我ら神にはその原理が根源に刻み込まれているのだ」


 要するに、最高神に逆らえないから――ポセイドンを殺さなければ、ポセイドンはその間に人類を滅ぼすとそう言った。

 でも、俺はこのポセイドンを殺したくなかった。


「だったら、だったら……俺の従魔にならないか? そしたら俺は貴殿を殺さずに住むかもしれない……」


「ふん、強さに見合わず甘い男だ。んぐっ!?」


 その刹那、雷鳴のような轟音と網膜が焼け付くような強い光がポセイドンに落ちる。瞬きの間に、ポセイドンの胸には金色の槍が突き刺さっていた。


「ふんっ、出来の悪い兄め。ついぞ汚らわしい人間に絆されおったか」


「ゼウス……」


「ところで、そっちのが佐島靖という人間か。神々の試練として送り出した魔物の軍団を一人で滅ぼすだけに飽き足らず、送り込んだ128の神々全てを殺すとはな」


 神を、殺す? 俺が?

 思い当たる節のない話に、俺はハッとする。分身の話か。

 ポセイドンとの戦いに夢中で、忘れていた。

 俺は自分の戦いに集中するために『分裂思考』によって切っていた、分身の情報を共有した。

 

 情報が入り組んでくる。


 この世界中に現れた128の神々と1億の魔物の軍勢を倒した俺の分身と、俺といちかちゃんの殺戮機械人形の情報が流れ込んでくる。

 どの神も、上級神クラスでも大抵は分身10人がかりだったり機械兵100体単位で袋だたきにされて戦いになる前に死んでいる。

 と言うか、何なら下級神程度なら分身一体でもワンパンで決着がついていた。


 ただ、それらの情報を探ってもポセイドンの強さは別格である。


 高すぎるステータス。研鑽された技。その上で、海の全てを操るような絶大な力。

 残りの127体の神が束になっても、ポセイドンには敵わないように思えた。彼は強く、そして豪傑だった。

 そりゃそうだ。あれほどの筋肉を持つ男を越える男が、いくら神とは言え何人もいてはたまったものじゃない。


 そして、ポセイドンに槍を放ち俺を見下ろすその神はポセイドンに筋力数値で十倍近く劣る代わりに、十倍以上の魔力を有していた。

 その上、敏捷の数値が??垓である。

 総合ステータスだけ見るなら、このゼウスと呼ばれた男の方が圧倒的に高い。


 でも、筋肉の研鑽はポセイドンに遙かに見劣りする。

 それになによりそのステータスじゃ、殆ど俺の劣化なんだよなぁ。


 筋力、体力、敏捷のどれをとっても俺よりは高いけど。それでも10倍から100倍に及ぶ魔力によって強化した最終的な数値は恐らく俺が全てを上回る。

 それになにより、あれほどまでに奮戦したポセイドンを不意の一撃で槍を突き刺したゼウスには一切の高潔さが欠如している。


 真正面から戦ってやる気力も起きない。


 俺は全世界に訪れたスタンピードと、神々の始末が折れていることを確認して、世界中に散らばっている1000人に及ぶ俺の分身を走らせてこちらへ向かわせつつ、従魔召喚で一万体の殺戮機械兵を呼び寄せる。


「さぁ、袋だたきの時間だ――」


「なっ!? やめろ!! 俺は、俺様は128の神を束ねる王であるぞ!! 待て! ちょ……」


 圧倒的な魔力量による羽交い締めで動きを縛り付けたゼウスを、一万体の殺戮機械兵と、辿り着いた千人の分身で袋だたきにした。

 何か言っていたのは確かだったけど、1分くらいで何も言わなくなり3分後には光の粒子になって消滅した。


 ただ、ゼウスが神々の王ではあっても『最高神』ではないらしい。


 まぁ、ポセイドンほどの男でも逆らえない最高神がこんなに弱いわけがないから、それは良いけど。

 ただ、面倒なのは未だに『神々の試練』達成のファンファーレが鳴り響かないことだった。

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