寵愛の星その後
「なに!? 寵愛の星の制圧が失敗した!?」
武装した警察官十五人を一睨みで気絶させたと言うあの佐島靖が、如何にレベルが高い武闘派集団相手とは言え、負けるとは思えない。
そもそも佐島靖は、あの依頼に行った後も普通に学校に通っているらしい。
となれば……
「佐島靖も絆されたか……」
もし、佐島靖が寵愛の星の味方に加わるようなことがあればいよいよ手が付けられなくなってしまう。
しかし隅田の知る佐島靖は『支配』とかそう言ったのには、まるで興味がないイメージがある。犯罪に加担するとは思えないし、もし加担するような奴だったら、とっくに警察と全面戦争を起こしていてもおかしくない。
強さだけなら、寵愛の星の比じゃないのだ。佐島靖という男は。
「いえ、それが。佐島靖に依頼してから寵愛の星は……積極的にダンジョンの攻略活動に勤しんだり、地域のゴミ拾いなどの清掃活動に励むようになったとか。
何でもメンバーの一人は“俺たちはまだまだ全然弱い。それを思い知らされたぜ。これからはあのお方のように、真の意味で強い男になってみせるんだ!”とか言っていたらしく」
「……どういう事だ、それは」
いや、粗方想像がつく。
恐らく寵愛の星は佐島靖を前に為す術もなく制圧されたのだろう。そして、きっと佐島靖の圧倒的な強さを目前にした彼らは、命乞いするなり改心するなり佐島靖に誓ったんだろう。
実際には全然違うが、隅田はそんな予想を立てていた。
「……まぁ、彼は良くも悪くも自らの良心に従って行動したんだろうな。彼はまだ、学生の身分で幼い。敵が頭を垂れれば本職の警官のように冷徹に逮捕するなど出来ないのだろう」
しかしこれは困ったことになった。本来なら、善良な市民が寵愛の星の驚異に怯えないで済むように、ちゃんと逮捕して法的な責任を取って貰いたいところなのだが、寵愛の星は依然として銃弾が効かないほどにレベルが高く、彼らが投降でもしてきてくれない限り逮捕するのが難しいと言う事実に変化はないのだ。
変に深追いして、反撃を喰らったら警官に少なくない犠牲が出るかもしれないし、一応彼らは改心しているみたいだし。
なら、態々やぶ蛇を突くよりも、様子見の放置を決め込む方が色々と楽だった。
「はぁ。まぁそれでも武闘派のスキル・職業関係の犯罪者への対応は現状警察には手に余るし、佐島靖に回すほかないだろう」
犯人でも殺せば問題になるし、かといって銃弾も催涙ガスもあまり効果がない人間を生け捕りにする方法なんてない。殺して良かったとしても、中々に難しい。
毒ガスも、殺すことは出来ても市民を巻き込む可能性があるから街中での制圧には向かない。
かといって、職業やスキルによって警察官より強い犯罪者も増えたし……手に余る集団は、例え逮捕して法的処罰を与えられない形になっても、寵愛の星のように、大人しくなってくれるだけで十分ありがたいのだ。
警察が、彼らを逮捕できるようになる力を得るまでの時間稼ぎという意味でも。
欲を言えばちゃんと逮捕してきて欲しいが、佐島靖にへそを曲げられて協力して貰えなくなる方が辛いのである。
多くは望まないが、警察はこのダンジョンによって大きく変わった世界でも、警察出来るだけの力が欲しかった。
◇
初めての依頼を失敗したにも関わらず、警察から俺への依頼は後を絶たなかった。
どれもこれも、寵愛の星のような『思想』だったり。あるいはヤクザのような感じだったりとタイプは違えども、武闘派というか暴力系の組織の制圧だった。
そのために、南は九州から北は北海道まで行ったけど、その依頼の達成率は四割程度だった。
と言うのも、寵愛の星のような『優れた職業の人間が村人を支配すべきだ』という理論の元動く集団は、意外と世界で初めて職業を与えられた『佐島靖』を信奉しているパターンが多くて、顔を見せただけで降伏してくるし。
ゴロツキが集まった暴力団系統も、威圧して魔力で膝を付かせるだけで俺に敵わないと理解して「舎弟になります!」とか「改心します!」と言って、本当に改心してしまうのだ。
本当は、ちゃんと警察に出頭させて罪を償わせるべきなのかもしれないけど、どうしても頭を下げて許しを請う人間を無理矢理突き出すような真似は出来ないのだ。
正直、警察でも何でもない俺的には見ず知らずの人間の安心安全よりも明日の俺の目覚めの良さの方が大事なのである。
その一因としては犯罪者を相手にする方が精神的な負担が大きい割に、ダンジョン攻略の半分もお金が貰えなかったり、それ以上にアイテムや経験値も入らなくて、あんまりメリットがないから、正直仕事に身が入らないというのもあったりする。
そんなこんなで、俺が警察に突き出すパターンは大体四割程度だった。
この四割は彼らが実際に市民に暴行を加えているのをこの目で見たり、薬の売買やみかじめ料を徴収するなどの悪事を働いているのを知った場合だったり、あるいは、いちかちゃんが首を振って「この人たちは許しちゃダメ」と言った人のみである。
いちかちゃんがダメというのなら、どれだけ許しを請おうが頭を下げようが、許す訳にはいかない。
俺にとっていちかちゃんの言葉は地球よりも重いのである。
そんなこんなで、月に一度のペースで警察の依頼を受けて。二週間に一度くらいのペースでダンジョンを攻略して。
中学一年生の頃に買ったあのゴムは、未だ未開封のまま引き出しに死蔵されたまま――いちかちゃんといちゃついたり、溜まったあれこれを発散するようにダンジョンで分身と取っ組み合いしたり。
学校で孔明くんと与太話をしたり。偶に、犯人の本拠地を突き止めるのを手伝って貰ったり。逆に俺が孔明くんのダンジョン攻略を手伝ったり。
相変わらず、俺と孔明くんは常に全教科満点だが。高一の二学期辺りから、前世の貯金がつき始めたのかいちかちゃんの成績が少し下がったり(それでも学年8位くらい)。
でも、実は23歳(といちかちゃんが教えてくれた)の早乙女さんが、四人の中では一番成績が悪かったり。
段々威圧の制御がまともになったかと思いきや、その度にステータスが上がってままならなかったり。
相変わらず、外国の諜報員やら組織やらが俺にコンタクトを取りに来ようとするので全部返り討ちにしたり。そう言えば国内の組織は、潰すか改心させたし。国の関係者も俺がこの学校にいて連絡が取れるようになったから、ちょっかいをかけてくるのが外国人だけになったなぁと思ったり。
そんなこんなで、何か大きな変化もなく。
特にこれと言ったピンチがあるわけでもなく。
平和と言うには少し物騒だけど、それでも高いステータスを持つ俺にとっては平穏な高校一年生の時が流れ、今日は2011年の3月10日である。
忘れもしない。前の人生。
日本に訪れた、観測史上最大級の規模で大多数の犠牲者を出した未曾有の大災害。『東日本大震災』
それが、明日この日本に訪れる。
もし、中越地震の時。中越沖地震の時に出現したダンジョンがただの偶然ではないのだとすれば。
明日、この日本にもまた前の人生と同じように。前の人生の記憶と違う形で、何らかの大災害が起こると予想される。
あるいはそれは、日本だけの規模に収まると思うのは楽観的だとすら思える。
俺は明日、人生で初めて『全力』で戦うことになるかもしれない。そう思うとほんの少しのワクワクと、決して小さくない恐怖に身体が震えた。
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