警察専科
職業養成学校は、高校生になったからと言って入学式が執り行われるわけでもなければ大きく人が入れ替わったりするわけでもない。
そもそも、あの日神々が人類に職業を与えたあの日から、職業の持ち主が爆発的に増えるなんてことは無く、しかし学校の性質故に人材の移り変わりは進学にしてはかなり乏しいのだ。
そんな訳で、特別クラスは一部クラスメートの移り変わりはあれど、相変わらずいちかちゃんも孔明くんも早乙女さんも同じクラスだった。
いちかちゃんはもちろんのこと、孔明くんも俺の威圧に怯えない貴重な友人だ。
中学生の頃はどちらかと言えば幼さの残るショタ系のイケメンだったが、高校生になると170cmある俺の身長よりも更に3cmも身長が高いクールな感じのイケメンに育っていた。
学問の成績も、前世の貯金があって大量の頭脳増強系のスキルがある俺と並んで一位タイという化け物っぷり。
おまけに、学生の中では俺に次いで二番目に多くのダンジョンを攻略しているらしく。しかし俺と違ってイケメンだから『冒険王子』なんて呼ばれて世間様からの人気も凄く高い。
忌々しいことに前の人生の俺と比べれば、何一つ敵わない完璧超人である。
そんな孔明くんは、初めての警察専科の授業でも当然のように俺の後ろの席に座ってきた。
「……って、あれ? 孔明くん冒険者専科にしなかったの?」
「まあね。寧ろ僕としては佐島くんが警察専科を選択した方が意外だったよ。てっきり“学ぶことはありません”とかいってボイコットするものだと思っていたし」
いや、まぁ……そうなんだけど。
「ちょっと頼まれて、ね。ってか、冷静に考えたら孔明くんも今更冒険者専科で学ぶことなんてないのか」
「まあね。基本的に僕は佐島くんが行くところに行きたいからさ」
「お、おう……」
さっきまで僻んでいたイケメンに純粋な好意を向けられると、嬉しい反面心が痛かった。まぁ、ダンジョンに関してもスキルに関しても自衛隊や警察よりは流石に俺の方が詳しいって意味で言ってきているのだろう。
孔明くんには鑑定で他人のステータスやスキルを見れることくらいは話してるし。
早乙女さんもいちかちゃんの後ろの席に座ってるのは、いちかちゃんと一緒のところに行きたかったからなのだろう。相変わらずである。
そんなこんなで執り行われた警察専科の授業は、何というか『職業及びスキルを悪用する人間を能動的に逮捕するライセンス』取得のための講座から始まった。
基本的に一般人が犯人を逮捕するには現行犯でなくてはならないが、このライセンスを取得している人間は特例によって職業・スキルを悪用する犯罪者に対してのみ、裁判所が出した逮捕状を持って逮捕する権限が与えられるらしい。
資格取得のために必要な物は、その辺の法律に関する周辺知識と一定以上の強さである。まぁ、勉強は苦手じゃないし。強さには自信がある。
エイリアンからの侵略くらいなら片手間で返り討ちに出来るくらいの自信は。
そんなこんなで数日後無事にライセンスを取得した俺たちは、早速というかなんと言うか、最近話題になっているという『寵愛の星』の制圧に動き出すことにした。
警察専科では法律や考え方の他に、犯人と対峙したときの戦い方や対処法を学ぶらしいんだけど、隅田さんが
「君が警官を気絶させたあの『威圧』に勝る対処法なんて存在しないよ」
と言っていたし、警察としてもなるべく早く対処して欲しい感じだった。
◇
寵愛の星とは、神々に選別され寵愛を受けた自分たちがその他の人間とこの地球という星を支配するべきだ。
と言う思想の元活動する過激派の武力集団である。
「ぬぅ、そうか。また靖様には交渉の前に返り討ち……か。佐島靖様がこの寵愛の星のトップに立ってくだされば、間違いなく我々の悲願は達成されるのに。
なぜ、なぜあの御方は我らへの協力を拒むのだ。ぐぬぬ。全てはあの靖様にちょっかいをかけようとする下劣な羽虫共のせいか……」
その創設者であり『総統代理』としてリーダーを取り仕切る男赤星は、何度接触を試みても返り討ちにされる現状に歯がみしていた。
政府や外国の組織もこぞって靖にちょっかいを出すせいで、自分たちまでも門前払いになっている。本気でそう思っているのだ。
因みに赤星が総統代理、なのは寵愛の星の考え方で
「神々の寵愛を最も受けた人間は、世界で初めて職業を与えられた佐島靖であり、あの『声』は佐島靖を先導に優秀な職業を持つ我々がそれ以外の人間を支配すべきである」
と言う根幹の思想があるからであった。
警察は知らなかった。寵愛の星の本質は『佐島靖教』であることを。
そして、その制圧の依頼を佐島靖に出した意味にも気付いていなかった。
◇
寵愛の星の本拠は、驚くほど簡単に見つかった。
見つかった、と言うか向こうから「我々は寵愛の星です。佐島靖様。是非、我らと一緒に来てください」と声をかけてきたのである。
俺は寵愛の星は知らなかったけど、そう言えばこの特徴的な黒い学ランの背中に赤い星が縫い付けられたこの制服は見たことがあった。
多分、適当に威圧して公園に捨てたのだろう。
日常茶飯事な出来事過ぎて、いつの話かは覚えてないけど。
そんなこんなで、寵愛の星の本拠地まで俺といちかちゃんは案内される。
「寵愛の星の同志諸君! 佐島靖様を連れて参ったぞ!!」
「なんだと!?」
「本当だ!?」
「本物だ!!」
俺の顔を見るや否や、寵愛の星の面々はその場で五体投地して俺に頭を下げた。え? えぇ~。
あまりにも予想外で唐突な自体に困惑する。
「え、えっと……ここのリーダーは?」
「はっ! 今まで私が総統『代理』としてこの組織をまとめ上げてきました。ですが今日をもってここのリーダーは佐島靖様です!! 我々は、佐島靖様に全てを捧げ従う所存です!!」
騙されているんじゃないか、と思っていちかちゃんを見てみるとどうやら彼らは本当のことを言っているらしかった。
え? なに? ……心の底から、俺に頭を下げるような人間を制圧するの?
無理なんだけど。そもそも俺、この寵愛の星が何してきた人なのか知らないし。
でも、世間を騒がせているテロ集団なんだよなぁ。それで一般人の犠牲者が出るのは嫌だし。でも、この人たちを俺が警察に差し出すのも、流石にこんなされたら出来ない。普通に殴りかかってくるような敵なら、話は簡単だったのに。
ならばせめて、俺は彼らに犯罪行為をしないように説得するしかない。
初対面だけど、ここまで信奉してくれてるなら、多少話は聞いてくれるだろう。
しかし、この人たちの本質は犯罪者だ。普通に「自分たちが優れていると考えて、他の人たちを支配しようなんて間違ってる!!」って言っても、効果がなさそうだ。
う~ん。そうだ。
「寵愛の星の諸君。貴様ら如きの力で他の人類を支配しようだなんて、なんと浅はかなんだ!」
ぴりっと空気がざわめく。しかし俺は魔力で全員を軽く押さえつける。
「我こそは弱き者に非ず、そう思う者は面を上げて見よ!!!」
上げようとする者は少なくない。それでも、俺が押さえつけているから動かない。
「もう一度言うが、貴様らは弱い!! もの凄く!! はっきり言って俺からすれば、貴様らも、村人もそんなに変わらん! もし、貴様らが他の人間を支配するに相応しいと本気で考えるのであれば、最低限レベルを300に上げて見よ!! 話はそれからだ!!!!」
声を上げる度に、抑えきれない威圧が乗り。何人かは気絶し、何人かは失禁する。その事実に、俺の言葉を否定できる人間はいなかった。
「赤星よ。貴様らがレベル300になるまではこの組織をお前に預ける。貴様らはレベル300に至るまで一切の略奪、暴力を控え、謙虚に生きよ! 自己の研鑽と鍛錬に全てを費やせ。俺から言えるのはこれだけだ」
つまり、筋トレしろってことである。
神々の試練以降の魔物レベルなんて、俺が見てきた限りだとボスの40が一番高いくらいだが、経験値は魔物のレベルが自分より低ければ低いほど上がりにくくなる。
つまり、こいつらじゃ一生掛ってもレベル300になんて届かないと踏んだ。
これで、こいつらはこれから筋トレとダンジョン攻略に勤しむただの武闘派集団に生まれ変わったわけである。
もし、今後問題を起こしたならその時は俺が潰しに来れば良いだろう。
そんなこんなで、警察専科としての初めての仕事は失敗に終わった。
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