警察庁長官の頼み事

 職業養成学校は、今年度から――つまり俺たちが高校に進学(と言うものの受験らしい受験もなくエスカレーター式に上がったので進級?)する年から、高等部では『冒険者専科』と『警察専科』の選択が設置されるらしい。


 前者は主に、ダンジョンの開拓、探索、攻略を生業とするための訓練を受けるコースである。因みに、全世界で見ても一番ダンジョンを攻略しているのは(開拓、探索の面を含めても)間違いなく俺である。

 ダンジョンマスターの権限を持っている人間も、ダンジョンからアイテムを生成しているのも、モンスターを召喚できるのも。そして訓練場などのように有効な土地として利用できているのも、聞く限りだと俺だけ。


 いたとしても最先端は間違いなく俺だし、職業・スキル探求の時点で学ぶことがなかった俺が冒険者先行で学べることはいよいよ皆無だろう。


 そしてもう一つが


「佐島靖くん。良かったら、警察専科を希望してくれないだろうか」


 主に、職業やスキルを悪用した犯罪者などを取り締まる人材を育成する警察専科のコースである。

 あの日から二年半経った現在でも、変わらず警察庁長官を務める隅田さんは職業養成学校の離れにある俺の家までやって来ては、玄関の前で深々と頭を下げていた。


「い、いちかちゃん……」


「あの、頭を上げてくださいって靖くんが」


 前の人生の年齢を考えても二回りは年上の、それも警察のトップに頭を下げられると困ってしまう。しかし、警察専科を希望してくれないかという頼みも結構困る提案だった。


「じゃ、じゃあ警察専科に……!」


「正直あんまり入りたくないです」


「なっ、や、やはり冒険者専科に……」


 別にそのつもりもない。確かに防衛大臣やら環境大臣やら総務大臣やらに、冒険者専科を選んでくれ……みたいな書類を渡されたし、その中には是非教える側に回ってくれと言うのもあったけど……。

 前の人生の俺もそうだったけど、高校生とか生意気だし、中身はともあれ肉体が16歳の俺の授業をまともに聞いてくれそうな気がしない。


 聞いてくれたとしても、そもそも授業なんてしたくない。


 だから「俺には学ぶ内容もないので」と適当な理由を付けながら軽く威圧して、中学の探求のように免除して貰えるよう交渉する予定だったのだ。

 だが、仮にも警察組織のトップである隅田さんが態々俺のところまで足を運んで、こうして頭を深く下げているのだ。なにか事情があるのかもしれない。

 それを聞くくらいは、してあげても罰はあたんないんじゃないかと思う。


 いちかちゃんと一緒に住めるように計らってくれた恩もあるしね。


「まぁ、その……ここじゃなんなので中に入ってください。事情くらいは伺いましょう」




                     ◇




 俺たちの家のリビング。机を挟んだソファに隅田さんが座りその対面のイスにいちかちゃんが座る。俺はいちかちゃんの後ろからひょこっと顔を出しながら話を聞く。

 ステータスが加速度的に上がるせいで、威圧の制御が全然上手くならないためである。


「まず大前提として、君たちは『寵愛の星』という団体を知っているかな?」


 寵愛の星? なんじゃそりゃ。全く聞いたことがないと言う顔をしていると


「『戦士』や『魔法使い』などの、村人以外で特に有用な職業の持ち主が『村人』を支配し統治するべきだ、と言う思想で動いているテロ集団ですね」


「まぁ、有り体に言ってしまえばそうだ。その寵愛の星を皮切りに年々職業やスキルの力を悪用した犯罪者は増加の一途を辿っている。

 その理由は、端的に言ってしまえば彼らを警察で逮捕するのが難しいからだ」


 へぇ、そうなんだ。まぁ、スキルや職業によって得られる力はそれこそ拳銃よりも強いものなんてザラにある。

 力に溺れたり、それを犯罪に利用しようって人がいてもおかしくないだろう。


 テレビなんて殆ど見ないし、朝のニュース番組は芸能人の下世話な不倫問題のようなどうにも気が滅入るような内容のものが多いイメージから特に見ないようにしているのだ。

 実際に、世間がそんな情勢になっているのは知らなかった。


 でも、だとすれば


「そうか。まぁ、最近だと冒険者みたいな感じで一般人でもダンジョンに潜ってレベルを上げるのなんてそう難しくないですからね。

 前衛職とかならレベル10くらいあれば銃弾が貫通しない屈強な身体を手に入れられますし。逆に警察官全員がダンジョンに潜ってレベルを上げてるわけじゃないですしね」


 実際、昔は全てレベル1だったけど。最近だと街を歩く人の中でもレベルが1じゃない人を度々見かけるようになった。学校内だと、俺といちかちゃんを除いて一番高いのが孔明くんのレベル22だったか。


「そうだ。それに、警官の約半数の職業は『村人』……レベルが上がった『戦士』などを逮捕するには力不足が否めない」


「なるほど。だから、靖くんみたいな強い人にその職業やスキルを利用した犯罪者の逮捕に協力して欲しい、と」


「あぁ、そう言うことだ」


 なるほど。確かにレベル10の戦闘職とレベル1の村人では赤子と大人くらいの強さの差があるのは確かだ。

 しかも、犯罪者は大抵人がいる街中などで発生する。となると周辺になるべく被害が出ないように取り押さえなければならない。となれば、犯罪者よりも強い力を持っている必要がある。


 つまり、警察では手に負えない犯罪者を俺が魔力威圧やプレスで制圧しつつ。

 ついでに、制圧出来たという事実を持って犯罪の抑止力に繋げると。


 正直、犯罪者とはあんまり関わりたくないけど制圧すること自体は非常に容易い。


 ……まぁ、自分の住む国の治安が良くなるのは基本的に良いことだし、月に一回程度の頻度で良いなら、協力するのもやぶさかではないと思っていた。ただ……


「……それ、態々警察専科に入らなくても別口で犯人の制圧とかを依頼しちゃだめなんですか?」


 俺が疑問に思っていたことをいちかちゃんが代わりに聞いてくれた。

 実際、厄介な犯罪者は指名手配なりなんなりして冒険者みたいな人に依頼を出せば良いと思うんだけど……


「それが難しい理由がいくつかあってな。まず指名手配して懸賞金を設けると、賞金目当てで不要な犠牲者が出る必要がある。それだけでなく、その……これは寵愛の星が殆どなんだが、制圧しに行くはずがその思想に感化されて寧ろその一員に寝返るケースも少なくないんだ……」


 嘆かわしそうに隅田さんが言うが、なんとなく納得はした。


 その系統の犯罪者を捕まえられる人間は、基本的に村人以外の職業の人が多い。

 自分たちで村人を支配しよう! と言う思想に染まってしまう人もいるのだろう。それこそ、そう言う危なっかしい事柄に首を突っ込む人柄ならなおさら……。


「それに、犯罪の抑止力という面でも警察の関係者がああいった組織を制圧した方が都合が良いんだ」


 それこそ、警察の沽券に関わるって奴なのだろう。

 しかし、現状なんとかする方法もないから引き込むしかない、と。


「まぁ、そう言うことなら協力はしましょう」


 良いよね? といちかちゃんにアイコンタクトを取ると、靖くんが良いならね。と返ってくる。いつも通りだけど、こうして選択に付いてきてくれるのは本当にありがたい。


「ただ、条件があります。って言っても大きく二つで、一つ目は仕事は一ヶ月に一度の頻度でしか受けたくないですってことと、二つ目は辞めたくなったら辞めますってことだけです。

 あと、やりたくない仕事は受けないですし、途中で破棄する可能性もあります。その際は理由はちゃんと開示しますが、それは了承してください」


 つまり、一ヶ月に一度って言っても何週間もかかるような仕事は受けないし。犯罪者と関わるのが辛かったら辞めるし、俺が制圧に加担したくない事件があったら、そう思った時点で協力は辞めると言うことだ。


 別に警察官になりたいわけじゃないし、協力もしたくてしているわけじゃないからそんな思い責任を背負うつもりはさらさらなかった。

 それに、これが認められないなら俺はそもそも協力をしないだけである。


「……解った。それでも、十分ありがたい。では詳しいことは追って連絡する」


 そう言って隅田さんはもう一度深く頭を下げてから、去って行った。

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