転校生

 冬休みが終わりを迎え、三学期が始まる。


 基本的に有用じゃない職業やスキルを持たない特別クラスは、この学校の特色を考えればそう入れ替わりが激しい方ではないがそれでも欠員が出るので、その分の人間が補充される。

 このクラスに新しく入ってくるのは三人だった。


「と言うわけで、三人とも自己紹介を頼む」


「はい。僕は、関刀冶せきのとうやって言います。職業は『鍛冶師』でAクラスから来ました」


「俺は内藤一だ。職業は拳闘士。有用そうなスキルだと特殊スキルの『筋力硬化』を持っている。名古屋から来た」


 特に気になることはない。ステータスも200を下回る程度だし、スキルも特に変わったものは持っていない。

 と、そこで俺は地味な男二人の奥にいる、金髪の白ギャルっぽい出で立ちをした女の子が目に入る。


「はいは~い! 私は早乙女忍って言います! 職業は『忍者』で、手裏剣をシュババってしたり、高くジャンプできたりしま~す!足立区に住んでま~す!」


 やたらと高いテンションも気になるが、それ以上に鑑定で覗いてみた限りだと職業が『忍者』ではなく『諜報員』――どちらかと言えばスパイなのである。

 見た目がギャルだし、諜報員ってダサいし、忍者で良くね? みたいなノリで名乗っているのかもしれないが、少し怪しいと思う。


「ところで、夏の『声』で呼ばれてた『佐島靖』って誰ぽ?」


 ギャルがそう言うと、クラスメートが一斉に俺の方を見た。


「え~、君が噂の佐島靖? うわ、一見弱そうに見えて実は結構筋肉質? 実は鍛えてんの? え~マジ? ウチ、鍛えてる男ってタイプなんでげぷ!?」


 ギャルっぽい女の子が俺を見るや否やマシンガンのように何かを言いながら、テンション高めに俺に近づいて間合いを詰めて、抱きついてこようとしたら魔力障壁に阻まれて潰れた蛙のような声を漏らした。


「え~、な、なにこれ~。これがやっすんのスキル?」


 ギャルの表情はかなり引きつっているように見えたが笑顔だった。


 魔力障壁。と、格好付けて言ったものの実際は常に俺の身体に纏わり付いて筋力を制御したり、突然の雨や砂埃を防いだりしてくれるただの魔力の塊である。

 別にスキルでも何でもないが、正直このギャルスゴく怪しいので適当に「そうだよ」と答えておく。


「すご~い。めっちゃ強そうなスキルだね! 私、強い人ったタイプ……な…の?」


 ギャルが俺に抱きつこうとしているが、俺は基本的に常時20cm程の魔力障壁を展開しているため、魔力に胸が思いっきり押し潰されている。

 魔力が見えない人にとっては、このギャルが限りなく透明な風船でも抱いているように見えるのだろうか?

 魔力が見える俺には、最早確かめようもないけど……


 と、そんな考察をしていたらいちかちゃんが少し面白くなさそうな表情をしているのが目に入る。

 ……魔力障壁で阻んでいるとは言え、恋人が他の女に言い寄られている状況は面白くないのだろうか。俺が、このギャルに言い寄られることでいちかちゃんは嫉妬してくれているのだろうか?


 だとしたら、嬉しいな。思わず頬が緩んでしまう。


 逆の立場なら――もしいちかちゃんが他の男に言い寄られているのを見たら、俺はスゴく嫌な気分になるだろう。

 ……俺にヤキモチを焼いてくれるのは嬉しいけど、それでもいちかちゃんが嫌な気持ちになるのは本意じゃない。


「あの、俺。恋人がいるから、あんまりぐいぐい来られると困るんだけど」


 俺はいちかちゃんの肩を軽く抱き寄せてから、特別クラスの他の生徒への牽制の意味も兼ねてやんわりと、絶対に気絶しない程度に威圧しておいた。

 ギャルは怯えた表情から涙目に代わり、


「そ、それでもあたしはあき、らめ……なんでもないです。せ、先生ちょっと保健室に行ってきて良いですか?」


「あぁ、はい。どうぞ」


 先生は呆れたように俺を一瞥してから、ギャルに促すとギャルは半べそでこの教室を走り去って言ってしまった。

 なんか俺、転校生に絡むヤンキーみたいだな……。


「や、やりすぎたかな?」


「た、偶にはい、良いんじゃない?」


 ボソリと呟くと、いちかちゃんは少し耳を赤くさせながらそう言ってくれた。


 この一件でいちかちゃんの可愛い一面が見れたし、そんな可愛いいちかちゃんに近づこうとする虫除けも出来たし。

 割と俺的には役得な結果となった。





                 ◇




「(聞いてない聞いてない聞いてない!!)」


 早乙女忍は半泣きになりながら保健室――ではなく学校の裏に駆け込み、携帯電話を取りだした。その連絡の相手は


「なんだね。早乙女くんかね? それで、件の少年――佐島靖の籠絡は出来そうかな?」


 将来総理大臣になるかもしれないと言われる有力な政治家の一人である、石橋俊之だった。


 早乙女忍はその政治家が雇っているスパイの一人で

「例え佐島靖が武装した警察を返り討ちにするほど強いと言っても、所詮は性欲をモテ余した中坊。女を与えれば容易く手駒になるだろう」

 という算段の元、佐島靖へのハニートラップの任務を与えられていたが……


「ムリムリムリ。絶対無理です。聞いてません……、聞いてませんよ!! 佐島靖には恋人がいたんですよ!」


「恋人? そんなの無視して既成事実さえ作ってしまえば、こっちのもんだろう」


 佐島靖に恋人がいることは調べがついている。

 確かに調べた限りだと小林いちかは相当見目は良いが、かといって早乙女だって決して劣ってはいない。

 いや、寧ろ石橋は早乙女の方がかわいいと思う。だからこの任務を依頼したのだが


「私もそう思ってました! でも、でも……抱きつこうとしたら透明な壁みたいなのに物理的に阻まれるし、それに、いきなり触れてくるなってめっちゃキレられました。もう、あれ絶対人殺してますよ! 殺されるかと思いましたもん!!」


「うむ……」


 早乙女は職業を得る以前からプロの諜報員として、多少の拷問にすら耐えられる訓練を受けている。そんな早乙女がこうまで取り乱すなんて……。

 いや、聞き及ぶに靖の威圧は百戦錬磨の警察官ですら軽い精神障害を起こすほどの強烈なものらしい。……それほどまでに言い寄られるのが不快に感じるのであれば、ハニートラップは逆効果かもしれない。


「佐島靖を取り込めれば、安泰だと思ったが。流石にこれ以上は触らぬ神に祟りなしか。早乙女くん。ならばせめて、籠絡とは言わないが佐島靖の職業とスキルの情報だけは集めてくれ。出来るなら、友人と言える程度には仲良くなっておいてくれ」


 石橋は野心家であるが、しかし海千山千の政治家でもあった。引き際は弁えているが転んでもただでは起きない男である。


「そ、それなら……うぅ。わ、解りました」


 正直、早乙女の本心としては正直あんな人の皮を被った化け物と関わり合いになりたくないし、なんなら何もかも投げ出して田舎に帰りたい気分だった。

 でも、それでも石橋には拾って貰った恩もあるし、それに諜報員として成し遂げたいこともあった。


 そんなこんなで、連絡を終えた後も保健室のベッドに転がりながら色々と考え込んでいると、カーテンがシャララと開けられた。

 そこには、靖の恋人だという――小林いちかがいた。


「お見舞いに来ました。早乙女忍さん。山形県山形市出身……二十一歳にもなって、と言うか石橋俊之の忍びがどうしてこの学校に?」


「な、なんのこと?」


 早乙女は背中から冷たい脂汗が流れるのを感じる。


 なんで? 年齢も元々童顔だし、職業のスキル込みで誤魔化せてると思ったのに。それに、出身地まで……そう言うスキルの持ち主? じゃあ、どんな? この娘はどこまで知っている?

 ニッコリと笑ういちかは、気味が悪いほどに綺麗で恐ろしかった。


「いえ、そんなことはどうでも良いんです。ただ、私は靖くんが貴方みたいな人達に言い寄られるのが嫌だなぁって。

 勿論、早乙女さんにも仕事があって任務があって事情があるのは解っています。

 だから、今後靖くんに用があるなら一度私を通すように――貴方の上司、石橋さんにも伝えておいてくれないかしら?」


 忍は翡翠のように輝くいちかの瞳に吸い込まれそうになる。

 それは『魔眼』だった。怖くて恐ろしくて抗えない魔力が秘められている。早乙女は失禁しそうになるのを耐えながら「は、はひ……」と返事するので精一杯だった。


 早乙女はいちかには逆らわないでおこう。いや、逆らえない。その事実が刻印のように本能に刻み込まれた。


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