小林いちかのいる日常

 小林いちかの朝は早い。


 朝の洗濯も掃除も、あの夏休み初日に与えられた職業『魔女』による魔法の応用で一秒と掛らず完遂できるし、朝ご飯は米と焼き魚と味噌汁というかなり豪華なラインナップにしたとしても30分は掛らない。


 故にそう早起きをする必要もないのだが、いちか自身が結構早めに就寝するために起床時間は大体靖の起きる1~2時間前となっていた。


 そんないちかの朝は一時間ほど靖の寝顔を見つめるところから始まる。

 厳密には歯を磨いて顔を洗って、着替えて。最低限の身だしなみを整えた後に……まぁ乙女的には好きな人の部屋に行くのだからちゃんと綺麗にしているんだぞと言うことをアピールしておくが。


 いちかにとってこの朝一時間ほど靖の寝顔を見つめながらニマニマする時間は至福の時間である。

 元々靖は決して朝が遅い方ではなかった。

 寧ろ早寝早起きして、早朝ランニングをするようなタイプだった。


 そしてそれは、この学校に転校したことによる諸々によって生活リズムが乱れたことで今靖は朝が弱くなっているというのは解っているけど……

 正直、いちかにとってこの朝が弱い靖というのはスゴく都合が良いのである。


 起きてるときは筋トレしたり戦闘訓練したり勉強したり、何かに熱中しているし、そんな靖も好きだけど。でも、寝ているときの靖はなんかこうかわいげがあるのだ。

 いちかは決してショタコンではない。ではないが、こう、普段とのギャップというかなんというか。あの靖が無防備にすやすやと寝ているというのはいちかの母性というかそう言うのをくすぐるのだ。


 それに寝ている靖を起こしに行くというのも、寝起きは結構頭が働いていないのか意外に甘えん坊な一面を見せるし、いちかにとっては役得なのである。


 中学生というのは実に素晴らしい。若くて肌もハリがあるから、メイクの時間も必要ないし髪も適当に梳かしておけば十分見れるようになる。

 自由に使える時間が多いのは子供の特権だと思う。


 そんなこんなで、三十分ほど。ある程度靖の寝顔を堪能して、そろそろ朝ご飯の支度をしようとして、靖と目が合った。


「(あれ? なんで? ……いつもはまだ寝てるはずじゃ……あ、そう言えば昨日は早退したから、靖くんも早く寝て……)」


 つまり、十分な睡眠時間に達したのだろう。

 いちかの慧眼は見る目はあっても、記憶力が向上するわけじゃないし……って言うかすっかり忘れてた。


 いちかは耳まで赤く熱くなっていくのが解る。


「お、おはよう……」


「……う、うん。おはよう。朝ご飯なにが良い?」




                     ◇





 朝。退屈な体育と探求に出なくて良くなった分、早く寝られた俺は偶には朝ご飯の一つでも作っていちかちゃんを楽させようと、気分良く目を覚ますといちかちゃんと目が合った。

 じっと俺を見つめていたいちかちゃんは、驚いたように目を開かせてからキューッと耳と頬が赤くなっている。


 壁掛けの時計に目をやると時刻は大体六時半くらい。

 七時半に起きれば十分、余裕のある登校が出来ると思っている俺はこれくらいに起きればまだいちかちゃんが寝てると思ってたんだけど……


「お、おはよう……」


「……う、うん。おはよう」


 もしかして、寝顔見られてた?

 時間的に起こしに来たわけじゃなさそうだし、洗濯物はちゃんと前の夜に出してるし。いちかちゃんが俺の部屋にいる理由なんて無い。

 それに起きた瞬間いちかちゃんと目が合ったし。顔も耳も赤いし。

 自意識過剰かもしれないけど……もしかして見られてたのだろうか?


 今日だけ? それとも、実は毎日だったり?


 もしそうなら、恥ずかしいけど……凄く嬉しいな。俺はいちかちゃんのことが好きだし、別にいちかちゃんが俺のことを好きじゃなくったって好きで居続けるつもりだけど、それでもいちかちゃんが俺のことを好いてくれていたらとても嬉しい。


「今日は俺が朝ご飯を作るよ」


 俺はそう言って、ベッドから跳ね起きた。


 口をぱくぱくさせながら固まっているいちかちゃんを置いて、支度を始める。

 別に俺は「なんで見てたの?」なんて野暮なことは聞かない。ただ、慧眼のあるいちかちゃんには俺の思っていることが筒抜けなのか、少し悔しそうな表情で俺の作った朝ご飯を食べていた。


 そんないちかちゃんもとてもかわいいと思いました。まる。




                 ◇




 そんなこんなで、時が流れて冬休みが訪れる。


 冬休みは走って一分と掛らないし、実家まで里帰りした。

 しかし、走って一分なので休日は度々実家に帰っているし。いちかちゃんの両親や俺の両親にも、一応いちかちゃんと一緒の寮に住んでいると言うことは話しているしさして問題はなく。


 冬休みはランニングをしたり、アイテムボックスに収納して持ってきたダンジョンの中で分身と取っ組み合いをしたり、実家でも変わらない日常を過ごした。

 取っ組み合いと言えば、最近は本などを買って見よう見まねで柔道や合気道の技を真似てみたりしている。


 柔術とか合気術みたいなスキルは手に入らないが。……俺的には結構綺麗に技をかけられている気がするのだけど。取得条件とかあるのだろうか?

 そんなことを考えながら、冬休みも終わり三学期がやってくる。


 一月七日、月曜日。


 始業式のその日に登校してみると、どのクラスも人がそこそこ少なくなっている様子があった。

 特別クラスも、空席が三つほど出来ている。


 なんでだろう、と思っているといちかちゃんが「有用そうだと思って呼んだものの、イマイチだった生徒は元々通っていた学校に戻っているらしい」と教えてくれた。因みにこのクラスからいなくなったのは主になんちゃらくんとその仲間たちだ。


 なんでも、別の県の職業養成学校に転校したらしい。

 と、この情報は孔明くんが教えてくれたが、いちかちゃんにしろ孔明くんにしろどこでそんな情報を仕入れてくるのだろうか?


 ともあれ、この学校は「有用そうな職業の持ち主を選別・育成する」という性質上生徒の入れ替わりが激しいことが解った。

 まぁ、俺やいちかちゃんは勿論孔明くんとか特別クラスに入っている人達にはあまり関係はなさそうだが。

 なんちゃらくんの話に関しては、事情が特殊っぽいし。


 そんなこんなで、この一月からその空いた三席分には転校生が入ってくる――

 

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