模擬戦のその後

 授業の一環で、俺の職業である『従魔師』が強化されるのは従魔ばっかりで、当人の補正は全くのゼロ。肝心の使い魔も、トカゲサイズまで小型化したカナヘビ(亜神竜)である。


 その上授業でも、職業やスキルの話ばっかりでステータスの話は殆どなく。

 したとしても、流石に「ステータス70兆くらいあります」と言えば面倒ごとになりそうなきもするし、そうでなくとも信じて貰えないと思う。

 故に、俺のステータスは魔力やアイテムボックスを駆使して抑えたオール100と言うことになっており、端的に言えば俺はこの職業訓練学校において戦闘面はかなり弱いと思われていた。


 そして昨日なんちゃらくんとの模擬戦でほぼ一方的に勝って見せた俺は、俺が弱いという誤解が解け、晴れてスクールカーストが一気に上がった……などと言うことは特になかった。


 まぁ知ってた。


 如何にここが職業養成学校で、なんちゃらくんみたいに戦闘面で役立ちそうな職業やスキルを持つ人間がいたとしても、大半は元は平和ボケしまくった日本人なのだ。

 スキルや職業どうのと言うより、純粋な俺のコミュ力の低さと慣れない環境のせいで常に滲み出ているらしい『威圧』感のせいなのだろう。


 寧ろ、昨日の一件で更に俺のぼっち度合いは加速したように思われる。


「どうしてなんだ……」


「そりゃね。聞けば、あの場所にいた特別クラスの人達だけじゃなくて校舎内にいた生徒の大半も気絶しちゃったらしいし。……佐島くんが相当強いのは察していたし、それは殆どの人がそうだと思うけど。

 なんでまた昨日はあんな派手にやったんだい?」


「そう言うつもりじゃないけど……」


 ……派手にやってたつもりはなかったんだよなぁ。


 寧ろ、威圧の指向性はなんちゃらくんのみに向けていたし。多少殺気を向けただけでまさか全校生徒にまで巻き添えが行くとは思わなかったのだ。

 ……いや、その気になれば魔力100以下の全地球人を纏めて気絶させるくらいは出来るのだ。今回の一件については俺の考えの甘さがあったともぬぐえないが。


 が……弱すぎない? いや、むしろ気絶しなかった人達がスゴいまであるのか?


 そう言う意味では俺の威圧を受けてもなおこうして話しかけてくれる孔明くんは、スゴいのかもしれない。

 ただ、鑑定で覗いてみた限りだと固有スキルは持っていないみたいで、俺の威圧に耐えられる要因を挙げるとすれば精神耐性Lv7……でも、ステータスは平均350くらいしかないし、その程度の精神耐性だと俺が『イラッ』とした程度の威圧で失神させてしまいそうだとは思った。


 得に、今は環境の変化や夏休みの急激なステータス上昇で威圧感が以前にも増しているはずなのに。

 ……俺のことが怖くないのだろうか? まぁ、そんな俺に話しかけてくれる人間は貴重だしありがたいのは確かだけど。




                   ◇




 

 そんなこんなで、この職業養成学校に転校してから一ヶ月の時が経った。


 あまり寝起きが良い方ではない俺の朝はいちかちゃんに直接布団を引きはがされるところから始まる。

 俺は朝が弱いので、朝ご飯の担当はいちかちゃんがしてくれている。


 筋トレをすれば寝覚めが良くなると言うが、それは『適度な』という但し書きがつくのだろう。


 と言うか、この学校に来てからやたらと増やされた体育と職業・スキル探求による中途半端なトレーニングは、俺の心身に少なくないストレスを与えた。


 最初の走り込みも、3kmしか走らないし。腹筋も腕立て伏せもスクワットもたったの百回ずつ。桁が一つ足りない。

 おまけに戦闘訓練は、威圧で全校生徒が余波だけで気絶しかねないから見学。


 ただ、それなりに熱心に鍛錬に励むクラスメートを見ていると身体がうずうずするのも事実。そんなこんなで、一応魔力での加圧を増やしたりと工夫はしているのだがどうも学校であまりに不完全燃焼気味の運動をさせられるせいで、鬱憤を晴らすように、夜な夜な分身を使った戦闘訓練にのめり込んでしまうのだ。


 お陰でいつもへとへとになりながら泥のように眠りにつくせいで、前の日の疲労が溜まりがちで、ついでに寝不足気味だった。

 日に日に美味しくなっていく、いちかちゃんお手製の朝ご飯で英気を養っていなければ耐えられないほどである。


 そんな理由で、割と制御が出来るようになっていた威圧が少しだけ漏れるようになってしまった。

 そんなこんなで朝食を終えた俺は、いちかちゃんに手を引かれながら登校する。


 離れの平屋を離れ、学校に着くと俺への恐れといちかちゃんへの憧憬の視線を感じるようになる。

 因みに、ここ最近でいちかちゃんの二つ名が『氷の魔女』から『狂犬使い』に変わったらしいが、その狂犬とはもしかしなくても俺のことだろうか?


 模擬戦で、なんちゃらくん諸共威圧で全校生徒の多くを気絶させてしまったのがだめだったのか、日に日に制御が雑になっていっている威圧がダメなのか、移動の際には大体いちかちゃんに手を引かれているから、それが犬がリードに引かれているように見えるのか。


 由来はなんとなく察すことが出来るけど、狂犬――と言うか、そう言うのを従えるのは従魔師の役割のはずなんだけどなぁ……。


 そんなことをボソリと呟くと孔明くんが話しかけてきたりする。

 と言うか、俺のこの学校で友人と言える存在は孔明くんしかいない。その孔明くんも人望が厚いから、普通に俺以外の人と話していることが多いし、いちかちゃんも別にずっと俺の側にいるわけじゃない。


 寧ろ学校では大半が一人の時間なのである。


 しかし、分身との戦闘訓練という新たなる楽しみを見つけてしまった俺には最早魔力で加圧を高めた空気椅子や、こっそり筋トレでは満足できるはずもなく。

 勉強自体は前の人生で習ったことの復習をしながら新たな学びがあって面白いなぁとは思うけど、しかし中途半端な運動を強要される体育と、ぶっちゃけ鑑定で得られる以上の情報はなにも得られず、戦闘訓練もあの模擬戦以来全見学の職業・スキル探求の時間は退屈以外のなにものでもない。


 その退屈で不完全燃焼をもたらす体育と探求のせいで、日に日に威圧の制御が疎かになっているのを感じた――つまり、イライラしていた俺は思いきって担当の教師に言ってみることにしたのだ。

「体育と探求、出なくて良いですか?」と。


 答えは

「好きにしてくれ。と言うか、あの一件以来こちらからお願いしようか迷っていたほどだ」と、実にあっさりしたものだった。


 言ってみるものである。


 そんなこんなで、今日から体育と探求に出なくて良くなった俺は早めに帰る。俺が早めに帰ることを伝えると、いちかちゃんも一緒に帰ることになった。

 まぁ、いちかちゃんも俺と同じく体育や探求――得に慧眼で俺以上に色々見えているいちかちゃんはいよいよ職業・スキル探求で得られるものも少ないだろうし、退屈だったのだろう。


 自惚れかもしれないけど、俺が帰るから一緒に帰ってくれる的なアレだったらスゴく嬉しい。……逆の立場なら、俺は間違いなくいちかちゃんについていくしね!


 そんなこんなで夕方。


 前の人生で、家事の分担の不満が原因で破局した人達を知っている俺はなるべく分担しようと思っていたけど、掃除や洗濯はいちかちゃんの魔法でやった方が早くて綺麗になるし。

 昼夜のご飯も、料理スキルのレベルが21を越える俺よりも遙かに美味しいし。


 俺がやっている家事と言えば、ゴミをダンジョンに捨ててくるだけである。子供のお手伝いかな?

 因みに、ゴミを分解するためにダンジョンの上の方にスライムの無限召喚陣も設置しておいた。Lv100くらいの雑魚だが、鉄の缶ゴミくらいなら食べてくれる。


 そんなこんなで、いつかいちかちゃんが家事の分担がなっていないことに怒りを爆発させて、俺に愛想を尽かしたりしないだろうかと少し不安に思いながら、そんな不安も真っ白にしてしまうために、ゴミ出しのついででダンジョンの最下層まで赴き、分身と戦闘訓練をする。


 今日からは体育と探求に出なくて良い分、早く寝られそうである。


 明日からは寝覚めも改善されるだろうし、せめて朝ご飯くらいは作ろう。

 そんなことを思いながら、戦闘訓練で疲れた身体をベッドに委ねて溶けるような眠りについた。

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