模擬戦

 主に、授業についていけてないグループのリーダーを務めているっぽい、なんちゃらくん。リーダーという割には特別クラスでの発言力は決して高くなく。よく他のクラスに顔を出したりしては幅を利かせているのだとか。


 こいつがなんの職業を持っているのか興味もないし、覚えてもいない。ただ、間違って威圧してしまわないように俺は声の主の方を一切見向きもせずに、俺はカナヘビに耳打ちをする。


「(ねぇ、なんかこいつと模擬戦することになったんだけど。面倒くさいしカナヘビが代わりに参加しない? 従魔師の力は従魔そのものの強さだって説明したし、許されると思うけど)」


「(主殿が言うならやるが、多分あの小僧我の鼻息一つで跡形も残らんぞ)」


 ……そう。そこがネックなのだ。

 このなんちゃらくんをちらちと鑑定してみると『狂戦士』なる職業で、補正が魔力が0になる代わりに筋力と体力が5倍になるとかいうすごくピーキーなものなのだった。それ故に筋力は1200、体力も同じくらいとレベル1にしてはそこそこ高いステータスで、威張っているんだが……


「(弱すぎるんだよなぁ)」


 一番高い筋力一つをとっても俺やカナヘビと比べれば冗談抜きで一千億倍以上の差があるのだが、それ以上に魔力0というのが厄介だった。


 魔力が魔法抵抗力のステータスも兼ねている分それが顕著なのだ。

 おまけに厄介さを加速させているのは職業スキルである『狂戦士化』

 このスキルには暴走しすぎるのを防ぐためか、副次的に『精神完全耐性』と同じような効果が得られるらしく、威圧が完全に無効化される。


 そのせいで戦うとしたら直接攻撃しないといけないが、魔力が0だから魔力が触れただけで死んでしまいそうでマジで怖いのだ。

 だったら筋力で直接殴れば、って話になるけど俺の高すぎるステータスは魔力の補助なしでは制御しきれないし、その魔力が魔力0の彼にとってどう影響するかは未知数。


 それに筋力が1200と地味に高いせいで無理やり100で固定している俺じゃ決定打がないから、無理やり筋力を1200に……いや、これだと魔力量も更に増えるし、それで魔力0のなんちゃらくんを殴れば間違いなく死ぬ。


 というか魔力負荷による制御はそもそも、派手な動きをあんまり想定しておらず、せいぜい走ったりドアを開けたりなどの単純な動作の制御であって、戦闘なんて複雑ことをうまく制御できるかわからない。


 こんなことなら、従魔師だしダンジョンでいい感じの魔物を用意して戦わせれば良いって思うかもしれないけど、あのダンジョンレベル100以下のモンスターは呼べないんだよなぁ。

 できうる限り弱くしたゴブリンでも、従魔師の補正と数値の暴力によって筋力のステータスは軽く200万は超える。


 どれだけ手加減をしても、なんちゃらくんが木っ端みじんになる未来しか見えなかった。それでもいちかちゃんならあるいは蘇生できるかもしれないけど、蘇生魔法が使えると知られればどんな目にあうか解らないし、それでいちかちゃんが嫌な目に合うくらいならこのなんちゃらくんが消し炭のままな方がはるかにましだ。

 しかし、人を殺すのは勘弁だし……。


「そうだ。こうすれば良いんだ!」


 俺は一つ妙案を思いついた。そんなこんなで、模擬戦の目的と注意事項を先生が話した後に、その見本として俺となんちゃらくんの模擬戦が始まった。




                   ◇




 模擬戦。それは職業やスキルを使った試合である。


 ダンジョンでの攻略を想定しているのか、あるいは職業やスキルを悪用する犯罪者との戦いを想定しているのか。

 戦いに興味がなくても、強力な職業やスキルを持つ人間はトラブルに巻き込まれる可能性がある。

 その際の護身術として、教師監修のもと執り行われる模擬戦。


「佐島さぁ、お前世界初の職業持ちとか調子に乗って、氷の魔女にいちゃいちゃしやがって。楽しかったか? あぁ?」


 刃がないバカでかい木製の斧を肩に下げ、好戦的で獰猛な笑みを浮かべるなんちゃらくんは、好戦的に俺を挑発してくる。

 俺は、素直に「うん、楽しいよ」と答えておいた。

 いちかちゃんみたいな美少女といちゃいちゃして楽しくないわけがない。


「こちとら楽しくねえんだよ! 野郎ばっかりの寮で四人共同。そのくせてめえはなんでもかんでも特別扱いだ。クソ雑魚で無能にも関わらず、ただ、世界で最初に職業を得たってだけでなぁ? みんな不満を持ってるぜ?

 だから、てめえを〆て今日限りでその特別扱いなくしてやるよ」


 特別扱いって、あの小さな平屋のことだろうか?

 その代わりみんなの前でスピーチさせられたり、やたらと悪目立ちしたり、変なのにちょっかいかけられたりとマイナスも多いけど


「こっちにも事情があるし。それに、いちかちゃんとの生活は手放したくないし。御託はいいからかかってきなよ」


 そういって挑発する俺に、なんちゃらくんは『狂戦士化』のスキルを使って、全力で斧を俺に叩き込んでくる。

 ……木製で刃がないとはいえ、あのパワーで打ち付けられたら並みの戦闘職だったら一撃で死にかねない威力だ。

 ただ……俺はその斧を一ミリを交わさずに受ける。


 かつ~ん。バキッ


 間抜けな音が響き、木製の斧が根元から破損した。

 俺は自分のステータスを見ると、ダメージは完全に0だった。そもそも筋力のステータスは100倍以上差が開くとダメージはほとんど0に等しくなる。

 ダメージ軽減などを含めれば10倍差でも俺に1ダメージ与えられるかどうか。

 1000億倍というか、3000億倍以上差がある俺になんちゃらくんが与えられるダメージは完膚なきまでに0だった。


「は?」


「……ん~。全然効かないわ。俺はやり返さないから、なんちゃらくんは好きなだけ殴っていいよ。俺に傷をつけられたらなんちゃらくんの勝ちでいいし」


「ふ、ふざけるな!! 俺の名前は――」


「興味ない。御託はいいから早くして」


 なんちゃらくんは怒り狂ったように、俺に拳を打ち付けてくるがダメージが完全に0過ぎてあくびが出てくる。

 ステータスが低く、魔力が0で、そのくせ威圧が効かない、あり得ないほどに弱いなんちゃらくんを殺さずに模擬戦を乗り切る方法。


 それは『反撃しない』ことだった。


 俺が攻撃しなければなんちゃらくんは死なないし、体力は有限だからいつか決着もつくだろう。その間、俺は暇だからなんちゃらくんに思いっきり威圧を向けていた。

 制御失敗の「むっ」程度から、ぶち殺してやるくらいの威圧に移行させる。


 それでいながら、威圧の指向性を調整し見ているほかのクラスメートや校舎内にいる生徒を気絶させないようになんちゃらくんだけに威圧を向ける。

 ほかのところに視線を向けると巻き込んじゃいそうだから見えてないけど、多分ある程度は制御できているはずだ。


 それから数秒後


「クソ、なんで俺がお前みたいなやつに……あ、あ……ひぃぃぃぃ」


「なんでと聞かれるなら、ステータスの差かな?」


 精神完全耐性と同じ効果を副次的に得られる狂戦士化を持つなんちゃらくんが、ものすごい恐怖に怯えたように顔をゆがめ失禁しながら気絶してしまう。

 ……極端なステータス差があると、精神完全耐性すらも貫通して威圧できるのだろうか? それともあるいは、魔力が0だったから貫通したのか。


 なんちゃらくんが倒れ伏すのを確認して、俺は威圧するのをやめた。


 周りを見ると、特別クラスの半分くらいの生徒が気絶していて、残り半分くらいがものすごく怯えたような表情をしていて。

 孔明君は興味深そうに、いちかちゃんは少し呆れたような表情をしていた。


 まぁ、威圧の制御はやや失敗だね。うん。


 それと、孔明君は肝が据わってるなぁって思った。イケメンで頭がよくて、度胸もあるってどんな完璧超人?


 因みに帰った後、いちかちゃんにお説教されたのはご愛敬。

 半ば意図的に威圧で回りを巻き込んだのは悪いと思ってるし反省もするけど、怒ってるいちかちゃんもかわいくて終始にやけていたせいでお説教が長引いたのもご愛敬である。

 

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