新入生代表挨拶的なアレ
いちかちゃんとの二人暮らしが始まり、夏休みが終わりを迎えるまでの数日。結論から言えば何もなかった。
いや、本当は色々あった。
お風呂上がりのいちかちゃんは、今度の人生は幼馴染ということもあって俺の家や祖父母の家に泊まりに来た時に見ていたけど、家に二人しかいないと思うと、あの時以上に色っぽく見えたし。
そうでなくとも、生活空間を共にするのだ。隙も多くなるし、今が真夏ということもあって服装も薄着だし。俺も肉体はかなりお年頃だし。
それに、なんかこう誘われてる? ような気がするのだ。だから今までたくさん一緒に過ごしてきたはずなのにかなりむらむらする。
その度に俺は、俺の部屋のクローゼットに設置したダンジョンに潜り自分の分身と取っ組み合いをして性欲を戦闘力に変換したものである。
知ってるだろうか。筋トレをすると性欲が高まるけど、高まった性欲は筋トレのエネルギーになるのである。つまり、性欲と筋トレの永久機関が完成する。
そんな感じの理由で、男子中学生的な葛藤こそあれど念のために買っておいたアレを使う機会は訪れなかった。
いちかちゃんも、自由時間は調薬や錬金のほかに30階層で色んな魔法を試したりしていたしね。
そんなこんなで九月一日金曜日。新学期がやってきた。
俺と同じくこの日から国立職業養成学校東京支部の生徒になるのか、10歳くらいの子供から18歳くらいの大人っぽい子までが一万人ほど、校庭? というか、広場に並んでいる。
全員が転校生で新入生。……初対面の人ばかりのはずだけど、流石に集団行動の英才教育が施されている我が国というか、すらっとちゃんと並んでいる光景には若干の薄気味悪さすら感じられる。
俺は、並んでいる人たちを眺めながらいちかちゃんに引っ張られてある集団の列の一番前に並んだ。
中学一年生の右端……なんで先頭なのかは気になるけど。俺、小学生のころ鍛えまくった影響か前世よりも身長が伸びていて、170cmくらいあるし少なくとも一番小さいということはないはずだ。
「この度私はこの職業養成学校東京支部の校長を担うことになった、国防総省の倉崎という。えー、此度は全国――全世界規模で、ダンジョンと呼ばれる孔が出現し、そこに住まうモンスターによって我が国でも少なくない犠牲が出た。
故に、その対抗手段としてあの『声』によって与えられた職業――特に有用そうな職業を持つ君たちに集まってもらった」
そんなことを考えていると、前の方でガタイがいいわけではないが太っているわけでもない、真面目そうな壮年の男がマイクをもって挨拶を始めた。
俺は、それをぼんやりと聞く。そんな俺にいちかちゃんは「今日はちゃんと聞いておいた方がいいと思うよ」と言ってくる。
なんでだろう。いや、まぁいちかちゃんがそう言うなら聞くけど。
「とはいえ、我々もダンジョンや職業についての情報はかなり少ない。だからこそ、この学校では私たちと一緒に『声』から与えられた『神々の試練』や『職業』などに向き合って、考えていってほしいと思う。
それと、最後に。新入生挨拶というわけじゃないが、みんなもあの声で出された『佐島靖』について気になっているだろう。
そしてその彼は、今日からこの学校で君たちとともに学ぶ友でもある。さぁ、佐島くん。みんな君については気になっている。もちろん私も気になっている。
さぁ、前に出て自己紹介と一言挨拶してくれ」
……え?
……え?
俺は校長といちかちゃんを交互に見た。え? もしかして、俺が一番前にいるのってそういうこと?
って言うか……
「いちかちゃん知ってたの?」
「うん、まぁ。今朝スーツを着た人に言われたし」
「なんで教えてくれなかったの!?」
「いや、言ったよ? 靖くんもわかったーって返事してたし。まぁ、聞いてないだろうなぁって言うのは薄々感じてたけど」
そう言われて、『並列思考』をフル活用してようやく思い出した。うん。確か今朝部屋のドアをノックされて「靖くん、今日みんなの前であいさつするかもしれないって」って伝えられた気がする。
でも、あれ完全に寝起きだったしあの後またいちかちゃんに起こしてもらうまで二度寝してしまったから、完全に忘れていた。
くぅ……。昼前まで寝ていると「そろそろ起きたら?」っていちかちゃんが起こしに来てくれるのがうれしすぎて、わざと夜更かししていたここ数日の弊害が……。
「それに、靖くん。人前で喋ったりするの嫌いじゃないでしょ?」
「それは、前の人生での話だから!!」
楽しそうに、そして嬉しそうにいちかちゃんが背中を押してくるんだから仕方がない。確かに俺は前の人生では人前で喋るのは嫌いじゃなかった。
でも、今世は言葉にも『威圧』が乗るから人前で喋るのは控えていた。
大勢の人前で話すとなると制御の難しさは日常的な雑談とは比べ物にならない。
でも、ここに集まっている人たちは特に優秀な職業を持つ――少しは強い人たちばかりだ。大丈夫。
大丈夫じゃなくても、いちかちゃんがあんな楽しそうに背中を押してきたのだ。
たった数行のあいさつ程度、威圧の制御をして見せなければ男じゃないだろう。
俺は全身の力を抜き、リラックスした状態でゆっくりと前へ向かう。
人を見ず、背もたれのように立てかけた魔力の壁にもたれかかりながら、空の雲を見つめながら、校長の顔も見ずにマイクだけ受け取った。
「えー、俺の名前は佐島靖です。俺はまさかあの声が世界中の人に聞かれているとは思っていなかったんですけど、一応世界で初めて『職業』を得たらしいです。
職業は『従魔師』――これがどれくらい珍しいか解らないけど……」
俺はそう言いながら、小声で制服の胸ポケットに入っている『小型化』のスキルによってトカゲくらいのサイズになっている亜神龍――カナヘビを呼びだした。
「これが俺の従魔のカナヘビです。カナヘビって言っても一応は魔物です。こんな感じで魔物を従えさせるのが俺の職業『従魔師』に出来ることの殆どですね。まぁ、そんな感じで。これから、よろしくお願いします!」
パチパチ、とまばらな――一人の拍手につられるように小さな拍手が少しだけ聞こえる。俺は校長にマイクを返してから、ちらりと横目でこの学校の生徒になる人たちを見つつ、元の場所に戻る。
「靖くん、格好良かったね!」
戻ると、いちかちゃんが真っ先に褒めてくれた。凄くうれしい。
「うん。あ、威圧漏れてなかったよね?」
「大丈夫だったよ。制御かなり上手になったね!」
反応が薄かったから、少し心配だったのだが、威圧しちゃってたせいで押し黙られていたわけじゃないみたいで安心した。
あれだろうか。反応が薄かったのは目を見て話さなかったのがマイナスポイントだったのだろうか? しかし、大勢の前で目を見て話すとなると緊張もするし、誤って威圧を発動してしまうかもしれないからそこらへんは大目に見てほしいところだ。
そんなこんなで、俺といちかちゃんの新たなる学園生活が幕を開ける――
◇
靖のスピーチ中、空を見上げこちらを一瞥もせずにマイクを受け取った彼に対し、職業養成学校東京支部の校長である倉崎英寿はずっと思っていた。
「(佐島靖、一体どうやって立っているんだ!?)」
倉崎には魔力を見ることが出来ない。それ故に、空を見上げ明らかに重心が足にない佐島の姿勢を見て、その重力を無視する姿勢に倉崎は驚いていた。
何もないのに、まるで壁にもたれかかっているかのようなその姿勢に。
もちろん、魔力が見える靖やいちかがそれを不思議に思われるだなんて思うことはないのであるが……
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