国立職業養成学校

 先月二十一日、全国の大抵の学校が終業式を迎えた浮かれた金曜日の昼過ぎ。

 俺が図らずも『神の試練』を突破してしまった故に、全世界に小規模なダンジョンが出現する『神々の試練』が発行された。


 そして、その試練と対抗するために全人類が『職業』を与えられた。


 その『職業』の中でも、特に有用そうだったり強力そうなものを与えられた人間や職業が普通でも、それを補ってあまりある有用なスキルを持つ学生がそれらを有効に活用する学校が敷設された。

 その名も『国立職業養成学校』


 とりあえず新規敷設ということで、日本の主な都市である『東京』『大阪』『名古屋』『福岡』『札幌』に、小中一貫だったり、中高一貫だったり、小中高大までそろっていたりと細かいところは違うが、そんな感じの学校が立った。


 しかし、生憎ながら俺もいちかちゃんもその五大都市には住んでいない。

 何なら、毎日通うことを加味するなら電車や新幹線でも余裕で圏外だった。ステータスのごり押しで、日本全国走って1分理論はあるけど、毎日は色々と無理がありそうだった(いつか力加減ミスって何かしら派手に壊しそう)


 そんな理由もあって寮に住むことになったんだけど、パンフレットを見る限り、俺たちが通うのは比較的一番近い東京のやつになるので、多くの人間を収容するために四人一部屋の共同生活って書かれていた。

 正直言って、赤の他人との共同生活とか死ぬほど嫌だけどそれと同時にそれはないという思惑もあった。


 なにせ俺は制御が完璧じゃない『威圧』のスキルを、最初に学校の話を持ち出してきた隅田さんに話している。

 基本的にトラブルが起こらなければ制御できるが、共同生活なんてトラブルの宝庫だ。何かあるたびに威圧で気絶させられては俺と一緒に住む方も持たないだろう。


 そんなこんなで、気になった俺は中学校で転校の手続きをしたその日に学校に問い合わせてみると

「佐島靖さんですね? お話は伺っています。その辺はしっかりと対応させていただいております。転校の際には準備もあると思いますし、夏休み中――来週中には一度学校に来ていただければと思います。あ、もちろん小林さんも一緒に」

 と返ってきた。


 そんなこんなで、三日。


 元々隅田さんが家に来たあたりから親父やお母さん、いちかちゃんの両親にもその辺のことについては話をしていたし、転校も想定はしていたので、一応準備もしていた。していたというか、ダンジョンや生活必需品をアイテムボックスに入れるだけである。

 そんなこともあって、準備は一日で終わった。残りの二日は、まぁ送迎会をしてくれるということで親父の休日まで待った形だ。


 ちなみに、中学生の子供が親元を離れるというのに、親父もお母さんも別れを惜しまないどころかむしろ嬉しそうだった。

 そんなに手がかかる子供だった? 俺……(力の制御ミスってドア壊したことと、冷蔵庫の中身食い荒らして全部吐いたことはノーカンで)


 そんなこんなで俺といちかちゃんは東京まで、特急や鈍行を乗り継ぎながら5時間ほど揺られて東京に向かった。因みに、新幹線は開通してなかった。

 走ったら一分かからないけどお母さんが電車賃と弁当代くれたし、特急は乗り心地もいいので、のんびりと向かうことにした。


 なんかこう、ピクニックみたいで楽しかった。


 行く道中、パンフレットを読む限りでは国立職業養成学校は見たところ学費も寮代も教材費もすべて無料らしい。

 ここで防衛大学みたく給料が出るわけではない部分が、我が国らしいっちゃらしいと思った。


 そんなこんなで着いた国立職業養成学校東京支部前バス停。

 横須賀の外れにある、軍事基地だった場所に新しい鉄筋コンクリートの校舎――どう考えてもここは神奈川県だった。

 いや、この学園だけ東京の飛び地説あるけど。

 あるいは千葉にあっても東京ディズニーランド理論?


「って言うか神奈川県の割に田舎」


 横須賀駅で降りて、バスに乗ったあたりであれ? と思い始めた。

 軍事基地が近くにあるからしょうがないのかもしれないけど、多分俺たちが住んでいた街の方が都会と言えるかもしれない。

 そんな田舎くさいことを考えながら、新たなる学び舎に向かう。


 すぐに寮の方に向かって、そこにいた人に「あの、佐島靖なんですけど」と言ったらそれだけで「あ、あの声の!」と反応されてから、すぐに案内された。


 そして案内されたのは、寮から更に離れた場所にあるとげとげの紐みたいなもので立ち入り規制されている感じの場所。

 そこにぽつりと建っている一軒家にしては小さめの平屋だった。


「お話は伺っております。ここなら、スキルが暴走してもほかの生徒に危害は加わらないと思いますので……!」


 それだけ言って、案内してくれた人はそそくさと去って行ってしまった。

 本当に危害が加わらないのか試そうかと思ったけど、やめとくことにした。何故なら、


「ねえ、靖くん! この部屋すごく綺麗だよ!」


 と、いちかちゃんの声につられて入ってみると中は外から見ていたよりかは広くて新築感あふれていた。

 それに、パッと中身を見てみた感じお風呂とトイレも別で、お風呂も俺の家に比べればかなり広い。それに、最低限の家具と家電が備え付けられていて。


 部屋の構造は2LDKだった。リビングが12畳くらいで、部屋はそれぞれ8畳ずつって感じかな? キッチンもIHだし。前の人生では結構普通な感じだったけど、2007年にIHはなんかかなりハイテクな気がする。

 結構テンション高めな俺よりも楽しそうに部屋を見て回るいちかちゃんを見てふと思う。


 ……もしかしてこれ、いちかちゃんと一緒に住む流れ?


 いや、2LDKという作りがそもそも二人暮らしにはお誂え向けだし、そういえば電話で問い合わせた時もわざわざ「小林さんも一緒に」と言っていた。

 それによく見れば備え付けの食器はどれも二個ずつあるし、そういえばいちかちゃんが別に寮に案内されないのもここに住まないなら不自然だ。


 なんでこんなことを? と思ったけど、俺は一応神々の試練の時に名前を全世界に広められたって意味でそれなりに重要人物だろうし、その癖特殊スキルの『筋力威圧』と『魔力威圧』の制御は完璧じゃない。

 そして、そんな俺の代わりに色々と対応できるいちかちゃんがそばにいるのは向こうからすれば色々と都合が良いのだろう。


 つまり、これ一緒に住む流れだな。

 むふーと鼻の穴が膨らんでいくのを自覚する。いや、正直来る前までは乗り気じゃなかったけど、もういちかちゃんと一緒に住めるってだけで最高じゃん、職業養成学校!

 隅田さんが手を回してくれたのかもしれない。だとしたら気が利く男である。信用は出来ないけど。


「靖くん、部屋に置いてある紙読んだ?」


「まだだけど。もしかして」


「そう。これからもよろしくね。それと、私の部屋にはいつでも遊びに来ていいからね」


 いたずらっぽく笑ういちかちゃんに俺は、

「うん。俺の部屋にもいつでも……」と、そこまで言って気づいた。気づいてしまった。いちかちゃんの部屋。一緒の家に暮らすということに。


 恋人で、大好きな女の子と一つ屋根の下で暮らすということに。


 ……いつでも部屋にって、もしかしてもしかしてそういうことなのだろうか。大人の階段を、的な。いや、でも普通にゲームとかして遊ぼう的な意味かもしれないし。

 いや、でも……。


 顔が、耳が熱くなっているのが解る。


 ただ、一つだけ言えるのは。十三歳の旺盛な肉体は世界で一番魅力的な女の子を前にどれだけ耐えられるのか。

 ……他意はないけど、前の人生含めて初めてコンドームを買った。


 コンビニの店員にニマニマされて、めっちゃ恥ずかしかった。


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