警察庁長官

 ピリリリリリ。


「はい、こちら菅田です……って、ここは ……なんで公園に?」


 見慣れぬ公園。うるさく鳴りやまぬガラパゴスケータイの音で目が覚めたスーツの女性、菅田早苗はあたりを見渡しながら、電話に出た。


『菅田くん。今まで電話に出ないで……対象……佐島靖との接触はどうなりました?』


 まるでサボっていたみたいな、あきれた声に菅田は少し怒りが沸いたが、それ以上にそれ以上に一番出されたくない名前を出されて、根源的な恐怖を感じた。

 いまだに倒れ伏している武装した警察官の面々を見て菅田は思い出したのだ。

 あの冷たく威圧感のある、あの瞳を。圧倒的な強者に睨まれた根源的な恐怖を。


「せ、接触は成功。おそらく彼が、例の佐島靖です。でででででも、すすすすみません! 私、この仕事、降りさせてもらいます!!」


『ど、どうしたんだ菅田くん。いきなりそんなにおびえて』


 電話の相手も、菅田の尋常じゃない震え声には流石に驚いた。

 顔色は見えないが、菅田は真面目な女だ。到底演技とは思えなかった。


「か、彼は化け物です。私も、同行した武装した警察官も。何が何と解らぬまま気絶させられて、いつの間にか公園に運ばれてました」


『どういうことだ? 警官が気絶? ならば公務執行妨害を使ってもいい。彼はダンジョンに関する最重要参考人だ。こちらに危害を加えてくるようなら武力制圧もいとわなくていい』


 電話の相手は菅田の言っている意味が解らなかった。だって、今回同行したのはSAT――特殊部隊だ。

 初の職業取得者であり、どんな力を持っているかわからないから念を入れて15人も派遣したのだ。ちょっとしたテロリストなら制圧できる規模だ。


「そうじゃないんです。無理なんです。彼には、警官が100人かかろうが1000人かかろうが無力です」


 菅田は泣きながらそう報告した。

 現場を理解しない電話の相手には腹が立つ。でも、そんな怒りも靖の恐ろしさの前には些事だ。むしろ武力制圧なんて中途半端な真似をして彼を怒らせる恐怖の方がはるかに大きかった。


 対する電話の相手は、そんな菅田の答えに戸惑っていた。

 だって、武装した警察官が1000人でも無力? そんなバカな話があるわけがない。しかし、話を聞く限りではそれが嘘だとも思えない。


「触らぬ神に祟りなしとも言うじゃないですか。そっとしておきませんか?」


『いや、しかしそういうわけにもいかん。被害者も出ているし、それに新たなる資源の確保も期待されている。色んな意味でもダンジョンの調査は最優先事項なのだ。これは政府の意向でもあるそれに。佐島靖の名前が全世界に知れ渡ってしまった以上どのみち何らかのアクションは起こさねばならない。

 それほどの力があるというのであればなおさらだ。万が一他国の人間に拉致あるいは懐柔などされたら目も当てられない』


「し、しかし……」


 菅田も理性では電話の相手の言っていることは理解できる。菅田だってあの機械音声のようなあれによって発せられた『神々の試練』や『佐島靖』の名は聞いたのだ。

 でも、それ以上に佐島靖が怖かった。


『うむ。聞く限り武力で強引に連れて行くのは不可能か。いや、そもそも子供相手にビビって特殊部隊をつけたのが間違いだったな。武装して家に押しかければ友好的な対応は不可能か。であれば、私が出向こう』


「す、隅田さんが? ……さ、佐島靖は危険な男です。中学一年生とはいえ、一睨みで警察官を気絶させる危険人物……危ないのでは?」


『だが、それでもコンタクトは取らねばなるまい。はぁ、だから最初から過剰戦力は却って逆効果だと、私が出向くと言ったのだが。いや、過ぎたことはもういい』


 そう言って、菅田の電話の相手。警察庁長官隅田一真は単身、佐島靖の家に向かうことにした。




                    ◇




 Q.アイテムボックスに入れたダンジョンには入れるのか?

 A.入れません。


 と、ダンジョンをアイテムボックスに入れたまではいいんだけど、これでは入れているだけで腐っているという残念な事実に気づいてしまった。

 一応、押し入れのところで戻したら元に戻ったので出すこと自体は出来るみたいだが、ダンジョンを利用するにはどのみちどこかに設置する必要があるみたいだった。


 まぁ、持ち運びできるってことが解っただけでも十分収穫だけど。


 とりあえず、どうせすぐにさっきのスーツの女の人みたいな人が来るだろうし、ダンジョンは仕舞ったままにしておくことにした。

 そんなこんなで、ダンジョンの検証をしたりいちかちゃんといちゃいちゃしながら数時間。お母さんがパートから帰ってきたころの時間で「そろそろ帰らなくていいの?」といちかちゃんが聞かれるような時間になったころ。


 ピンポーン、と家のインターホンが鳴った。


「はーい」


 と、お母さんが返事をしてバタバタと出ていく。俺はさっきみたいに誤って気絶とかさせないように身を隠しつつ、しかしお母さんが危険な目に合わないように魔力を展開して注意を巡らせた。


「いちかちゃん」


「うん。もしかしなくても……」


 さっきの警察たちの関係者だろう。……気絶とかさせちゃったし、ややこしいことになっているかもなぁ。逮捕ー! とか言いながら、さっきよりも多くの武装警察が来たらどうしよう。

 そんなことを考えながら、最近取得した『気配探知』で調べてみると、なんと玄関には一人のそんなに強くなさそうな人間の気配しかなかった。


「すみません。ここが、佐島靖さんのお宅であっていますか?」


「だとしたら、なんですか?」


 お母さんは、俺の名前を聞いて警戒色を強める。見てみると、チェーンも外さず、外が見える穴から相手を覗いていた。


「私、警察庁長官を務めております、隅田一真と申します。一度佐島靖さんにお話を伺いたくて」


 警察庁長官!? それって警察のトップじゃん。なんでそんな人がこんな家に?

 こんなの普通下っ端が出向くんじゃ……と、そこまで言って気づいた。そういえばその下っ端は昼に気絶させたんだった。


「警察庁長官? ……警察の方が、靖になんの用ですか?」


「お話を伺いたいのです。先日の一件、靖さんは必ず何かを知っている。国民を守るため、我々はそれを知る義務があります」


「靖は法に背くようなことも、お天道様に顔向けできないような悪事にも手を染めてません。靖には何もしないと誓ってください。でなければドアのカギは開けません」


 お母さんはドア越しに、警察庁長官相手にそう言っていた。

 前の人生の記憶があって、何兆というステータスがあって、ダンジョンとか勝手に色々やって。そんな俺を、お母さんは守ろうとしてくれている。

 俺は感謝の気持ちを覚えながら、目頭が熱くなるのを感じた。


「靖くん……」


 いちかちゃんに言われて、俺はいちかちゃんの背中に隠れながらドアの側まで歩いた。


「お母さん。ドア、開けていいよ。警察に協力するのは一応国民の義務だし」


「……解った。っていうか、いちかちゃんの後ろに隠れながら言われても説得力ないよ」


 お母さんは半眼で俺を見ながら、呆れたように言った。


「いや、俺の『威圧』の話はしたよね!? こうしないと、うっかり警察庁長官の人を気絶させちゃうかもしれないんだよ……」


 お母さんははぁと諦めたようにため息を吐きながら、カギとチェーンを開けた。


 そこには紺色の軍服のような警察の服を着た、白髪のくせにやたらと背筋が伸びている人のよさそうなおじさんが一人だけいた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る