そして世界は動き出した
『世界中で突如として確認された謎の孔、ダンジョン。そこから出てきた魔物と呼ばれる、今まで観測されたことのない動物によって、日本国内では本日五十八人の重軽傷者と三人の死者が出ています。
政府はこの事態を重く受け止め、今後ダンジョンは全て国が管理し、一般人の立ち入りを禁じると発表されました』
『専門家の箱崎さん。つい先日現れたダンジョンで我が国も小さくない被害を受けていますが、どうお考えですか?』
『そうですねぇ。ダンジョンから出てきた魔物を倒してレベルが上がった、とか。人類すべてには『職業』なるものが神から与えられた、とか。興味深い報告はたくさん見かけますが、やはり一番気になるのは世界中の人が聞いたと言われるあの幻聴――『神々の試練』と『佐島靖』ですね。
それらがこの一件のカギを握っていることはほぼ間違いないでしょう』
『なるほど。確かに私もその幻聴? と言っていいのか、それは聞きましたね。ところでそのさとうやすしとは一体何者なんでしょう?』
『報告ではサラリーマンだの、中学生だの、果ては赤ちゃんなどと言われていますが佐島靖と同姓同名の者は全国で何人か確認されています。
今のところ総当たりで事情聴衆に向かっていると聞きましたね』
『なるほど。ところで――プツン
いきなり大勢の警察を連れて押しかけてきたスーツの女の人をうっかり気絶させた勢いのまま思わず公園に捨ててきてしまった俺はこうなった原因を調べるべく、テレビのチャンネルを回しながら、パソコンの起動を待っていた。
うん。流石にスマホが全然普及していない時代のパソコンだ。立ち上がりも遅ければ、立ち上がった後にグーグルの画面を開くまでも遅かった。
少しだけ、前の人生の文明の進みを痛感しながら、俺は回していたテレビをプツンと切った。
軽症者60人弱と死者3人。これを多いと見るか少ないと見るかは別として、ダンジョンに対する政府の方針を見る限り、国民感情としての悲壮感や切迫感はそんなにでもないことに少し安心した。
世界中に出たというダンジョンは、俺が今まで潜ってきたものよりも弱いのか。
あるいは全人類が職業を得て強くなったのか。俺のように鍛えまくった強者が他にいるのか。
どちらにせよ、テレビにも報道されるほどに『佐島靖』という俺の名前は多くの人に知られてしまった。知られすぎてしまった。
あの専門家とやらが、俺をキーマンと称したように、もし今後ダンジョンによって甚大な被害が起こればその怒りの矛先は俺に向かうことになるだろう。
……ダンジョンの出現と俺に関連性はないと思うけど。
そんなことを考えながら、今度はネットでダンジョン関連について調べていく。
やっぱり神々の試練と佐島靖――俺の話題の比率が多いが、それとは別にダンジョンが出てきたことによって起こったあれこれを報告しあうサイトもあった。
こんな職業があった~とか、レベルが上がったとか、こういうモンスターが出た~とか。
鑑定持ちは珍しいのか、モンスターのレベルは報告されてないけど、見た感じ3~7の範囲に入りそうなモンスターが多い。
ダンジョンから出てきた魔物は今のところいないと報告されていたので、入らなければ危険がないことを考えれば、軽症者と死者の数はいささか多いような気がした。
いや、まぁレベル5のゴブリンでも親父の倍以上は強かったし職業『村人』とかだとあっさり殺されてもおかしくないか。
ただ、ネットの情報にしてもテレビの情報にしても、あのアナウンスから三日近くたつはずだが、そんなに詳しくないような気がした。
う~ん。多分、情報が少ないからあの女の人たちも俺に事情を聴きに来たんだろうし、気絶させたのは悪いことをしたかもしれない。
「靖君、大丈夫?」
テレビを消して、小難しい顔をしている俺にいちかちゃんが心配そうに声をかけてくる。俺は大丈夫と返そうとして、一つ大事なことを思い出した。
「大丈夫……じゃない」
「ふふっ。大丈夫だよ、靖君には私がついているから」
返答する俺を、いちかちゃんは後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。
柔らかくてあったかくてすごくいい匂いがした。安心する反面、ドキドキする。
なんかこう、名前が知れ渡っちゃってなにか嫌な目に合うんじゃないか。面倒な目に合うんじゃないかという不安がかき消されていく。
かき消されていくけど、正直圧倒的なステータスを持つ俺が理不尽で嫌な目に合う未来が見えないしそんなに不安は大きくなかった。
ただ、抱きしめられたのはうれしいのでありがとうと答えておく。
「っていうか、そうじゃなくて! いちかちゃん、大丈夫じゃないのは俺じゃなくてダンジョンの方なんだよ!」
「ダンジョン?」
抱きついたままに、問われる。
「そう。ダンジョンは全部国が管理して一般人の立ち入りを禁止するって政府が発表したんだって! ……あのダンジョンが没収されるかもしれない」
それは困る! あのダンジョンがなければ派手な運動ができる場所がないし(外でしたら色々壊れる)、親父たちの気が変わったときにレベリングできる場所も失ってしまう。そうじゃなくても、魔力を素材やモンスターに変換できるシステムはとても重宝していた。
「それは、困るね……」
魔女として、錬金や調薬を試していたいちかちゃんも深刻そうに同意した。
「ね、ねえ。靖君そのダンジョンってバレないように隠すとか、なんならアイテムボックスとかに入れられないの?」
「なるほど! アイテムボックスか! いちかちゃんもしかして天才?」
「えへへ」
はにかむいちかちゃんマジかわいい。
とは言え、ダンジョンをアイテムボックスに入れるのは思いつかなかったし、それでいてすごく良い案だとも思った。
そんな折に、カナヘビが口をはさむ。
「それは無理じゃな。原理上不可能ではないが、ダンジョンは広大で大量の魔力を含んでいる。それこそ最高神クラスの魔力と、よっぽど高いレベルのアイテムボックスでもない限り不可能じゃ」
「魔力は自信あるし。高レベルってどれくらいあれば行けるの?」
「うむ。前例がないから解らぬが最低でもLv60いや、Lv70はなければならんだろうな」
うん。そうなんだ。確かにそれは高レベルではあるが、俺のアイテムボックスのレベルはMAXだし、おまけに派生スキルの拡張もレベル13だ。
いちかちゃんも、それなら問題なさそうねとサムズアップしている。
俺はカナヘビにほぼ『できる』と保証されたような気持ちで、俺の部屋に赴きダンジョンを魔力で包んでみる。
「『収納』」
そういうと、ダンジョンがあった押し入れはただの押し入れに戻っていた。
「え、えぇぇええええ!? なんじゃと?」
カナヘビが目玉を飛び出させる勢いで驚く。しかし、ダンジョンを収納したことでアイテムボックスの容量が魔力+ダンジョンで八割を占めたのには正直驚いた。
二割あれば、多すぎる魔力量と高いアイテムボックスのレベル込みでなんでも収納できそうだし良いんだけど。
そんなこんなで、恐らく今日か明日には来るであろう警察か政府の関係者に対する対策を進めていった。
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