威圧の発動条件

『神々の試練』が発注され、俺の名前が全世界に公表されてしまってから二日の時が流れる。その間、普通の生活リズムの中いつもは筋トレに費やすようにしている時間を、三十一階層での分身との取っ組み合いに変更していた。

 いちかちゃんは、その傍らで錬金術や調薬の検証をしていた。


 一応、取っ組み合い中は『威圧』とか『衝撃』とかダダ漏れ状態なんだけど同じ階層にいて大丈夫なの? って聞いたら

「靖くんの威圧が私に向けられてるものじゃないって解ってるから、大丈夫だよ。衝撃波は魔女の結界で防げるし。それになるべく一緒に居たいから」と答えられた。


 そんなことを素面で言ってくるのはやめて欲しい。惚れ直しちゃうから。どうしようもないくらいに好きになっちゃうじゃん……。


 そんなこんなで30分ほど取っ組み合いをしては、いちかちゃんの調薬とか錬金とか見せて貰ったり、ちょっといちゃついたり。

 また30分ほど分身と取っ組み合いした後にダンジョンマスターの権限として呼び出せるモンスターやアイテムを一つ一つ性能ごとに見ていったり。いちゃついたり。


 お昼ご飯を食べるために一度ダンジョンを出て、お母さんはパートでいないから代わりにいちかちゃんが作ってくれたり。

 何でも前の人生では料理を自分で作る機会も多かったらしく、振る舞われた料理はかなり美味しかった。

 料理スキルのレベルが相当高い俺が作った料理よりも美味しく感じたのは、きっと作って貰った嬉しさの補正があるのだろう。


 最高の隠し味は『愛情』ってね。

 ……うん。イケメンが言うなら兎も角、俺が言うとキモいな。いちかちゃんが恋人になって一年以上経つけど、俺の脳内は日に日にお花畑化が進んでいる気がした。


 そんな。先日の一件を匂わせない平穏で甘い日々を送っていた折に、『気配感知』のスキルが家の近くで警笛を鳴らした。


 その数秒後にインターホンが鳴る。

 俺は、ドアのチェーンを外さないままに鍵を開け、少しだけ開いた。亜神竜程度ならワンパンできる俺がここまで警戒する理由はないけど。


「貴方が佐島靖だな。貴方は今、全地球人に課された『神々の試練』についての重要参考人となっている。我々と同行して貰いたい」


 高圧的な態度でそう言い放つ、黒いスーツに身を包んだきつめの化粧をする女の人の後ろには20人ほどの、透明の盾を構えた警察官のような人たちがいる。

 こんなにゾロゾロと押し寄せてくるなんて……まるで俺がなにかのテロを起こした、重犯罪者のようじゃないか。


「あの……両親はまだ帰ってきてないんですけど」


「いや、我々が用があるのは佐島靖貴方だ。拒否権はない。今すぐ我々と一緒に来……!?」


 ドアの間につま先を挟み、無理矢理にでも俺を連れ以降とする謎の女性に、俺は警戒八割、苛つき二割の視線を向ける。

 その視線を見たスーツの女性は、何か恐ろしい者でも見たかのように顔を青白くさせてそのまま泡を吹いて倒れてしまった。


 あ、しまった……


「貴様、今なにをした」


 後ろの警察官が警戒心むき出しに銃を構える。

 銃弾如きが俺の魔力障壁や筋力を貫通するとは思えないけど、それでも発砲音はうるさいし聞きたくなかったので、後ろの二十人もとりあえず『威圧』して気絶させた。

 あぁ、しまった。


 そろそろマシになりつつあった『威圧』を間違って漏れ出して仕舞った俺は、丁度今家に来ていた頼れる彼女を頼ることにする。


「いちかちゃん、大変なことに――!!」




                     ◇




 威圧感というものは、人間誰しもが持っているものである。


 例えば2m近いサングラスをかけたゴリマッチョな外国人とか居るだけでスゴい威圧感を感じるし、先生とか上司とかが見るからに機嫌悪そうだと「怖いなぁ」と思ったりする。

 俺が最も持てあましている特殊スキル『魔力威圧』と『筋力威圧』は、簡単に言えば馬鹿高い筋力や魔力を背景に任意で相手を脅すスキルである。


 さて、では何故俺はこの任意で発動できるはずのスキルを持てあまし、剰え偶に誤作動を起こして日常生活に支障が出ているのかと問われれば、それはどんな人間でも無意識に『威嚇』あるいは『威圧』してしまう場面があるからだ。


 それは大きく二つ。一つは警戒心が高まったとき。もう一つは怒ったときである。警戒心事態は自分が相手より圧倒的に強いと言うことを自覚していれば、基本的にはうっかり発動なんてことはないのだが、後者『怒り』の方はわりとどうしようもなかった。


 しかもこの『怒り』――キレてなくとも、精々「むっ」と思う程度でも威圧を発動してしまうのである。

 流石に威圧のことがあるのでキレるようなことはないし、自制心もそれなりに鍛えてきているのだが、俺が一応まだ人間である以上この「むっ」と思うことを完全に制御するのは不可能だった。


 そして、この「むっ」程度の威圧は俺のステータスの100万分の1を下回るステータスの気が弱い相手をうっかり気絶させる程の威力がある。

 つまり今だと筋力なら、40億。魔力なら77兆未満の相手は気絶する。


 一応目を合わせないで威圧の先を逸らすとか対処法がないことはないけど……正直警察を引き連れた化粧の濃い高圧的な女の人って段階で印象が最悪だった。

 流石に、警察を引き連れていただけあって気も弱くないだろうこの女の人が泡を吹いて気絶したのは俺の威圧が「むっ」ではなく「イラッ」だったからってのもあるかもしれない。


 そんなこんなで、気絶しちゃっている女の人や後ろの警察の人を見ていちかちゃんは「あーあ」みたいな顔をしていた。


「まぁ、事情はなんとなく解ったけど。うん。ドンマイとしか言いようがないね。やってしまったことは仕方ないわね。うん。とりあえずこの人たちはこのまま転がられていても邪魔なだけだし、その辺の公園にでも捨てておきましょう」


 スゴく呆れた表情をしたいちかちゃんに言われたとおり、俺はこの人たちを魔力で包んで近場の公園に捨てておいた。


「とりあえず、次似たのが来たら私を呼んでね。代わりに対応するから」


「わ、解った」


 確かに、あんな感じで来られて「むっ」ともするなというのは無理な話である。思えば今まで俺が威圧をある程度制御出来てた気分になっていたのは、いちかちゃんが常に俺の側にいてくれて、いくつか俺の代わりに対応してくれていた部分があるからだろう。


 改めて俺はいちかちゃんがいないと生きていけなさそうなことを確認しつつ、万が一にもフラれないように頑張らなきゃなぁと思った。

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