新たなる鍛錬

《エラー。『従魔師』は条件が満たされていないためこれ以上の昇級は出来ません》


「あぁ……」


 結論から言えば、DPで変換できるアイテムに『スキルオーブ』的な後天的にスキルを得るためのアイテムは存在していなかった。

 代わりに存在していたのが『昇職版』――要するに、自分の職業を一段階上昇させるアイテムである。


 が、しかし。条件が満たされないとか言う理由でクラスアップ出来ず(職業レベルMAXなのに条件が満たされてないって何だよ!)、かといって職業を変えるアイテムは存在せず。おまけに、魔法のスキルを得るアイテムもないので、今しばらく俺が魔法を使える可能性は潰えてしまった。


 俺はOTLな感じでがっくりと項垂れた。


 因みに、いちかちゃんに試してみたら『魔女』は最上級職であるため、このアイテムでは昇級できません。と出た。

 俺は条件を満たせば、昇級できるのだろうか?

 そもそも昇級したら魔法が使えるのだろうか? 魔法……あの後も、何度もいちかちゃんに見せて貰ったけど魔力の動きが理解できなかったのだ。


 自力で取得するのは不可能臭いし、一先ず諦めよう。


 そんなこんなで、俺が魔法を使うためにダンジョンマスターとしての権限を色々と洗い直してみたところ、そこまで万能じゃないと言うことが発覚した。

 最初は、あまりある魔力を万物に変換できる最強ツールを手に入れた! みたいに思っていたことは否定しないけど、実際に変換できるのは精々モンスターとレアドロップ含めたそのドロップアイテムくらいだった。


 因みに、ゴールデンフェアリーパピヨンのドロップアイテムは『金の鱗粉』レアドロップは『妖精金蝶の花蜜』……どちらも錬金の材料だった。

 と言うかモンスターのドロップアイテムの九割以上は錬金とか調薬の素材以上の価値がないものばかりだった。


 まぁ、いちかちゃんが錬金とか調薬とかしてくれるから良いんだけど。素材に不自由なくて、楽しそうだし、良いんだけど。

 羨ましい。願わくば、俺も魔女になりたかった。


 まぁ、従魔師も。必要なモンスターを権限で呼び出せるという特性上、ダンジョンマスターと相性が良いのは否定しないが。やはり、俺は魔法使いが良かった。




                   ◇




 そんなこんなで、楽しそうに錬金をするいちかちゃんを尻目に、俺はとりわけて頑丈で広い31階層を作成した。

 その広さは30km四方で高さも1000以上。オプションで空を付けている。

 そしてこのダンジョンの壁は、魔力の大半を消費してとても頑丈にした。ダイヤモンドより硬いのは間違いない。


 なんでこんな広さのスペースが俺の家の押し入れに……床とかどうなってるの? と思わないでもないが、まぁそれ言い出したらステータスとかモンスターとか色々とキリがなくなってしまう。

 亜空間的な何かなんだろうと、俺は適当に結論づけた。


 して、なぜ俺がこんなにも広くて頑丈な階層を作ったのかと問われれば――全てはカナヘビのせいである。

 カナヘビとの戦闘?後職業の解放とかいちかちゃんとのレベリングとか、やりたいことが目白押しだったから半ば忘れていたけど、俺はさっきの戦闘でとんでもない不完全燃焼を起こしたのだ。


 初めてステータスが格上だった相手。

 初めて戦闘形態に入り、今までろくに試せていなかった魔力による攻撃手段『魔力纏鎧』やその強化バージョン。それに加えて『瞬歩』や『縮地』『体力吸収』など、沢山ある割に使いどころのない特殊スキルを使った戦闘を全て試す気満々だった。


 何なら、その上で色々と応用して強くなるところまで期待していた。


 にも関わらず、にも関わらずだ。実際の戦闘は魔力纏鎧でちょっと殴った程度で命乞いされるというなんとも微妙なものだった。

 亜神竜とはこれ如何に。と言うわけで、俺はさっきのカナヘビとの戦闘で生じた欲求不満を解消すべく、思いっきり暴れられる場所を用意したかったのだ。


「と言うわけでカナヘビ。少し危ないから離れてて……『実像分身』」


 隠密のレベルをMAXにしたときに取得した特殊スキル――それを使うと、目の前に鏡で映したような自分が現れる。そして、その目の前の自分も視覚として知覚として構える俺自身を見ていた。

 魔力が体力がごっそり減ったような感覚がする。しかし数秒で自動回復によって完全に回復する。


 俺は自らに魔力を纏う。魔力纏鎧? いや、その先だ。身体を覆うような鎧ではなく、筋繊維一つ一つに纏わせる。それはバネであり、鎧である。

 そして、自分自身を操る傀儡の糸である。その名は『魔人傀儡』細胞単位で、身体能力を補強する――ある種、魔力を筋力と敏捷に変換する俺の奥義だった。


 勿論、それには緻密な操作が必要だが並列思考のレベルが40を越える俺に不可能はない。俺の思考の範囲内で、俺の分身にも同じく魔人傀儡を纏わせた。

 瞬歩によって距離を詰める。加速によって拳の速度を上げる。


 それを分身の俺は視覚で捉え、縮地によって無理矢理躱した。


 それは一人じゃんけんのようで、しかし意識は乖離している。

 高度な並列思考はまるで自分のコピーでありながら、別個体として別の意識として動くことが可能である。しかし、その意識は感覚は共有されている。

 殴られる度に、殴る度に、殴られた場所が痛む。その度に再生していく。攻撃の応酬を繰り返す度に学習していく。


 なるほど、これは良い。今まで分身なんて出せなかったし、出せても地球を破壊してしまいかねなかったからしてなかったけど、今度からは毎日これをしよう。

 所詮は素人思考の俺の組み手だが、魔人傀儡やスキル使用の練習にはなる。




                  ◇




 靖が分身を出したと思ったら、凄まじい速度で動き始める。


 魔人傀儡? カナヘビから見て、詳しくは解らないが、自分がやられた魔力纏鎧よりも遙かに強い技であることも解った。

 しかし、驚くべきはその目に見えない速度からされる奇想天外な応酬もそうだが、それ以上にカナヘビにとって切実だったのは靖から放たれる『気迫』無意識下での威圧である。


 普段はかなり押さえ込まれていて、得に気にもならないのだが、しかし戦闘態勢に入って鬼気迫るなというのは無理な話である。

 そして、カナヘビと靖の魔力量の差はいくらカナヘビが靖の従魔になったとは言え一万倍を越える。故に、直接自分に向けられていなくともその余波だけで……


「(主殿、絶対人間じゃないじゃろ。こんなの上級神でも……)」


 ガクリ。カナヘビは意識を手放した。




                   ◇




 靖が一人戦闘訓練に勤しみ、いちかが新しく取得した錬金を色々と試している頃。政府は混乱していた。


「総理! 各地で未確認生物の報告が相次いでいます。曰く、モンスターと」


「ぬ……」


「先ほど聞こえた正体不明の声に上げられた人物、佐島靖がこの件について大きく関わっているのは間違いありません」


「……そうか。そうだな。佐島靖が何者かは解らないが、どのみち接触は避けられないだろう」


「佐島靖については、公安が動いております。明日以内には接触可能だと思われます。では、失礼……」


 佐島靖が何者かは解らない。しかし、この一連の事件――世界各地で報告が相次いでいる、ゴブリンやスケルトンと言ったモンスターの出現。そして、世界中の人が同時に聞いたという『神々の試練』に関係しているのは間違いないだろう。


 靖が、ダンジョンに類するものが世界中で出現したことすら知らぬ間に着々と事態は動きつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る