周知の事実
ダンジョンを、ドラクエで言うところのメタルスライム的存在『ゴールデンフェアリーパピヨン』の巣に改造していちかちゃんのレベリングをしようと思っていたら、そのいちかちゃんが切羽詰まった表情で俺の部屋にいた。
そしてリビングには仕事に行っているはずの俺の両親、田舎にいるはずの俺の祖父母。果てはいちかちゃんの両親がこの家にいる。
最初は一瞬「さっきのキスのせい!?」と思ったけど、その考えも「アナウンス」について問われてかき消えて。俺は本格的に状況が解らなくなってしまった。
俺は問う。
「アナウンスってなに?」
「靖くんが初めての職業を解禁したって、それで地球人全員に【神々の試練】ってクエストが発注されたって!」
いちかちゃんの言葉に、俺は思い出す。
あの亜神竜カナヘビを倒した? 瞬間に俺の脳内に響いた機械音声である。だがしかし……
「あれ、聞こえてたの?」
うん、と。いちかちゃんだけじゃなく。ここに来ていた全員が頷いた。
「と言うか、だから俺も帰ってきたんだぞ」
「そうじゃ。靖に何かあったらと思って、駆けつけたんだぞ」
親父と祖父が言う。そう言えば、前の人生で俺が生卵にあたって救急車に運ばれた時も親父もじいちゃんもすぐに駆けつけて来た記憶がある。
でも、なんでいちかちゃんの両親まで……と見てみたら
「僕は、仕事が休みだったので」
「それにねえ。そう遠くない未来息子になりそうな靖くんのことだからね」
いちかちゃんは、私が家を飛び出したらなんか連いて来たと、少し気恥ずかしそうな表情をした。
しかし、あの音声が聞こえてたのか。
「……近縁だからって訳じゃないよね?」
「見た感じ、会社の奴らも聞こえてたっぽかった。靖くんってお宅の? って会社の人に聞かれたしな」
会社の人に聞かれたのか。じゃあ、本当に全人類に聞かれたと見て良いだろう。
軽く、鑑定で見てみるといちかちゃんは魔女。それ以外は全員村人の職業になっていた。村人……。ていうか魔女ってなに?
魔力量べらぼうに鍛えていたことが条件っぽいけど、どれくらいレアなんだろう。
しかも、職業スキルに『四大元素魔法』とかいう、カナヘビが持ってたスキルも持ってる。今までほったらかしにしてたんだけど、俺、めっちゃ魔法に興味あったんだよなぁ。最初に魔力鍛え始めた動機も魔法使いたかったからだし。
どんなんだろう。威力とか、見てみたいし。って言うか、俺も使えたりするのかな? 魔力は見ることが出来るし、是非見てみたい。
そうと決まれば……と、俺の好奇心が魔法に偏り始めた頃合いで、じっと見られていることに気付いた。
俺の内心に気付いているのか、いちかちゃんは少し呆れた様子で「後でね」と俺に小声で伝えてくる。
……そうだ。今は、魔法よりも『声』の方だった。
「それで、その、なんだ。俺はなんとなく靖が何かを隠してるのは解っている。こんな状況になったんだ。そろそろ話してくれても良いんじゃないか?」
親父は少し真剣な表情で、俺に向き直った。
お母さんも「例え何だったとしても、靖は変わらず私の子供だから」と言う。祖父母も何でも受け入れると言う体だった。
俺は言い淀む。それは、なにから話せば良いのか解らなかったからだ。
スキルのことを話せば良いのか、中越地震の時のダンジョンのことを話せば良いのか、ステータスのことを話せば良いのか。
でも、それを話すときどれから話せば最も理解されやすくて、どう話すのが一番信じて貰えるのか。それを考えて、グルグルと迷っているといちかちゃんが
「……私と、靖くんには前世。前の人生を生きた記憶があるの」
と言った。俺は思う。あぁ、それを話せば良かったんだ。と言うか、今にして思えばそれ以外にないとさえ思っている。
流石俺が『威圧』を取得して以来、俺とクラスメートや先生との通訳係をしていただけある。コミュ力がとても高い。
「なに……?」
「うそ……」
そして、いちかちゃんの告白に、いちかちゃんの両親が愕然としていた。逆に、俺の両親と祖父母はなるほどと言わんばかりにうんうんと頷いていた。
「確かになぁ。そう言うことでも無ければ狂ったように筋トレとか出来ないだろう」
「そうね。やすくんってちょっと変なところあるしね」
「いや、私の知る限り靖くんは前の人生でも大概変わっていたと思うけど……」
「「そうなの!?」」
と言うか、俺そんな風に思われてたの!? 前の人生も、この人生も物静かで、あんまり迷惑をかけない子供だと思うんだけどなぁ……?
冷蔵庫の食材を食い荒らして吐きまくったことや、学校の施設をぶっ壊したことから目を逸らしながらそんなことを思う。
そんな前の人生となにも違わない俺の家族の阿呆さを見てか、最初は驚愕に満ちていたいちかちゃんの両親も、自体を飲み込み始めていた。
「確かに、いちかは年齢にしてはかなり賢いとは思ってたけど」
「まぁ、そうでもなければ私たちの子供が受験して受かるなんて……」
「いや、俺の知る限りいちかちゃんは前の人生でもスゴく良い子だったし。賢い子だったとも思います。風の噂で、最初のテストでは学年一位取ったとか聞きましたし」
「そうなの?」
「……って言うか、よく知ってるし覚えてるね」
半眼でこっちを見たいちかちゃんは、心なしか安心したように肩をすくめてにっこりと笑った。正直、俺が前の人生について今まで語ってこなかったのは、話す機会がなかったってのもあるけど、それ以上に関係ないと思っていたからだ。
前の人生の記憶があろうがなかろうが、俺は俺だしいちかちゃんはいちかちゃんだ。その記憶を元に前の人生と行動が変わっても、本質は変わらないのである。
しかし、前世の記憶があるという荒唐無稽な話を信じさせることが出来た結果、ステータスやスキル、中越地震の際に起こったダンジョン出現、そしてさっき俺の部屋にダンジョンが出現したことを含めて話しやすくなった。
俺は、と言うか主にいちかちゃんがその辺りを皆に説明してくれて。俺は後ろでうんうんと肯定するように頷いていた。
いやだって、実はまだ『威圧』の制御が完璧じゃないから……。日常生活に差し障りは殆どなくなってくる段階まで制御できるようになったけど、流石にこの面々の視線を受けながらまぁまぁ長い説明するのはめんど――じゃなくて、うっかりと言うこともあるだろう。
そんなこんなで、ダンジョンについて。そして最後に職業について話した。
俺が従魔師でいちかちゃんが魔女、そして他全員は村人だよと言ったときじいちゃんが「嘘じゃ! 儂は勇者のはずじゃ!」とかめっちゃ反論してきたこと以外は概ね納得された。
いちかちゃんのお母さんに「賑やかなおじいさんですね」と言われて、割とマジで恥ずかしかったのはご愛敬である。
この祖父にしてこの孫ありといった視線を感じたのは気のせいだと信じたい。
そんなこんなで、色々情報を整理して思ったことが一つある。
「何にせよ、俺の名前が世界中の人たちに知れ渡ってしまった以上何らかのアクションが取られるのは間違いないだろうなぁ」
と言うか、それが本題で、そのために皆集まってきたのだろう。
俺は問題ない。体力、筋力、魔力、敏捷、どれをとっても並大抵じゃないし、核爆弾を落とされても俺の知覚範囲内にいるのであればいちかちゃんといちかちゃんの家族と俺の家族全員を守れる自信がある。
ただ、流石にこの場に居る全員に俺の側に居続けて貰うわけにはいかない。と言うかそれは間違いなく不可能だろう。
そのとき、いちかちゃんは多分問題ない。それこそ、アメリカの最新鋭の航空母艦を持ってこられても返り討ちに出来るだろう。
ただ、それ以外の。俺の両親や祖父母、いちかちゃんの両親は極々普通の。ステータスも軒並み50、スキルも殆どないようなレベルも1の一般人である。
でも、俺の名前が知れ渡ってしまった以上、いちかちゃんの両親は大丈夫にしても俺の両親や祖父母は間違いなく、なにかしらトラブルに巻き込まれる。
そもそも神々の試練の詳細がよく解らないから、どうなるのかも実際にトラブルが起こるのかも解らないけど。起こらないと楽観するのは難しい話だった。
備えあれば憂いなしという言葉もある。何かあったときに、対抗できる手段があるかどうかでもやはり色々と違ってくると思うのだ。
だから俺は、当初の予定通りこう提案することから始めるのだ。
「良い感じのダンジョンが俺の部屋にあるし、皆でレベリングしない?」
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