恋人と初キス
靖くんともっといちゃいちゃしたい……!
前世の小学六年生の頃から、事故で死ぬまで毎晩夢に見るほど好きだった。
いや、生まれ変わって関わっていく間に相変わらずな靖くんと、今まで知り得なかった靖くんの姿を見てきてもっと好きになった。
そんな靖くんと恋人になったんだ。そりゃ、いちゃいちゃしたい。
手を繋いだり、偶にハグをする程度のスキンシップでも十分嬉しいけど。でも、ちゅーしたり、なんならもっと先のエッチなことだってしたいとも思う。
思春期だ子供だと言われる中学一年生だけど、それでもこの身体はとっくに初経を迎えているし、前世の記憶もあってそれなりに性欲もある。
靖くんだって、年齢的に性欲があったっておかしくないはずだ。
なのに……なのにっ! 付き合って一年、何もなかった。
受験勉強の時も前世の記憶もあって合格は余裕そうだったから、不意に顔を近づけてみたり、年齢のせいもあって大きくない胸をチラ見せしてみたり、体重を委ねてみたり。ラブコメの漫画だと主人公がドキドキするはずのアプローチを何回も仕掛けて見たけど、そんなに反応はなかった。
ハグの時も、最初は照れた反応をちょっと見せたけど最近は慣れたのか、心なしか反応も薄くなってきた気がする。
いや、絶対なんとも思ってない。私は固有スキルで『慧眼』があるけど、それで見て靖くんが照れているように見えないなら多分照れてないのだ。
多分、靖くんは中学一年生の女の子相手に欲情しない。
いや、話聞く限りでは前の人生では26歳まで生きてたみたいだし。その感覚が引き継がれているのなら、13歳の女の子に興奮しないのは健全と言える。
それに靖くんがロリコンだったら私がロリじゃなくなったときに困ってしまう。
とは言え、折角色々とアプローチしているのに朴念仁みたいな反応をされるのは、乙女心的に頂けない。
だから、今日は――明日から夏休みが始まる今日は。靖くんにちゅーをしようと思う。したことないからスゴく緊張するけど……!
それでも私はこの夏休み。思春期に入ったこの時期に、靖くんともっと距離を近づけたいと思っていた。
理由は大きく二つ。
一つは、純粋に私が靖くんとちゅーしたいし、もっと恋人らしく仲良くなりたいと思っているから。
そして、もう一つは。知れば知るほど格好良い靖くんが、万が一にも恋を知り始めた他の女の子に盗られて仕舞わないように、きっちりと恋人だって証明がしたいからだ。
◇
前世で26歳まで生きても、今が学生だからか13歳の肉体に引っ張られているからか、夏休みというのは凄まじく嬉しいものである。
終業式が終わり、昼間から帰れる今日は――家に帰った瞬間から夏休みに突入したと言っても過言ではない。
そんなこんなで、俺はいちかちゃんに手を引かれて家に帰る。
中学生になって、電車通学になっても相変わらず手を繋いで帰っている。
小学生からの癖なのか、未だに信頼がないのか。それとも、いちかちゃんが恋人として俺に好意を持ってくれている証なのか。
『慧眼』がない俺にはさっぱり解らないが、手を繋ぐこと自体は割と嬉しかった。
俺は頭の中でこれから来る夏休みの予定を打ち立てる。
とりあえず初日は宿題を済ませて、あとはいちかちゃんと沢山遊ぼう。
筋トレは嫌いじゃないが、今の俺的にはそれ以上にいちかちゃんとの時間を大切にしたいという気持ちが勝っていた。
そうじゃなくても、これ以上強くなる意味もないし。精々、空いた時間に頭を真っ白にして没頭出来る趣味がないから、趣味程度にする程度か。
あれ? 今までと変わんなくね?
そんなことを考えている間に、電車は駅に辿り着き。真夏の暑さのせいか、俺といちかちゃんの手の間が手汗で少し湿っている。
帰り道。相変わらずいつもの帰る道。
元々田舎故に滅多に人が通らないが、真夏の昼頃と言うこともあっていつも以上に人がいない。そんな場所でいちかちゃんはいつになく真剣な表情で、俺に振り返る。
「靖くん。私は、靖くんのことが好き」
「……う、うん。お、俺もいちかちゃんのことが好きだよ」
いきなりのことに面食らう。好きだって言うのも言われるのも、そんなに珍しくないけど、いつになく真剣に改まって言われるとドキッとする。
でも、なんでこのタイミングで? 夏休み前の高揚感か、あるいは俺と同じようにいちかちゃんも夏休みに関係を進めたいと思ってたりするのか。
「知ってる。でも、やっぱり行動で示して欲しいの。靖くんスゴく格好良いし。多分クラスの何人かは靖くんの魅力に気付いていると思う。だから、なおさら不安になるの」
そう言ういちかちゃんの言葉は、俺にとってかなり意外だった。
だって俺はかなり自由が利くようになったとは言え、未だに『威圧』の制御が完璧じゃないから、そもそもいちかちゃんを間に挟まないと他の人とは満足なコミュニケーションが取れない。
そうでなくとも、俺は人間関係を築くのが下手だからいちかちゃん以外の人と恋人は疎か、友だちになるのすら困難を極めるだろう。
だからこそ、他の人に盗られるんじゃないか。延いては愛想尽かされるんじゃないかと言う不安は俺だけのものだと思っていたからだ。
「でも、行動って……?」
俺は、ここで相応しい『行動』がなんなのかよく解らなかった。
いや、なんとなく解るんだけど。気恥ずかしさと、答えを間違ったときの不安がどうしても俺に二の足を踏ませる。
『精神完全耐性』スキルとはなんだったのか。いや、この葛藤や悩みはきっとスキルで防がない方が良い類いのものなのだろう。
「だから……」
いちかちゃんは軽く背伸びをして、俺の唇に唇を触れあわせた。
今までにないくらい近くにいちかちゃんの顔がある。瞑った瞳から伸びるまつげは長くて、雪のように白い肌は至近距離で見ても毛穴一つない。
「こう言うこと。少しは、私のこと意識してくれた?」
俺が暫く呆然としていると、いちかちゃんは首筋まで真っ赤に染めて、そのまま悪戯っぽく笑って見せてから「じゃ、楽しい夏休みにしようね!」と言って、走り去ってしまった。
家の方向は一緒だが、走って追いかけるような真似はせず俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
え? キス……された?
前世含めて、完全に初めてのキスだ。唇と唇が触れあうだけ。しかもぎゅっと目を瞑るいちかちゃんは明らかになれてない感じだった。
それが、疑ってたわけじゃないけど、いちかちゃんが前世から恋人がいないと言ってたのが本当っぽくて。それに純粋にキスできたことも含めて、嬉しかった。
そして、それ以上に苦しい。
ドキドキして心臓が、と言うより下半身が苦しい。今は13歳の身体だ。俺が前世で精通したのもこのくらいの歳だったし。前の人生も覚えたての頃は猿のようにしまくってたし、いちかちゃんとのそれを妄想したことだってある。
とは言え俺は前の人生で26歳まで生きたし、その感覚がある俺は流石に13歳の女の子に興奮したりはしない。しかし、いちかちゃんは別だった。
幼馴染みで小さいときから一緒にいるとは言え、前世があっていちかちゃんも精神年齢は子供じゃないし、それに前の人生でなんどもいちかちゃんとのそれを妄想してした日々を思い出したのだ。
いちかちゃんの「楽しい夏休み」とはどういう意味なのだろうか?
俺はピンク色に染まっていく脳内をいつもの真っ白に戻すために、全力で走って家に戻る。……いや、でも13歳で初体験は早すぎるんじゃ?
確か法律だと性行為の同意能力が認められるのは13歳だけど、条例が――いや、俺も肉体的には13歳だから未成年淫行条例は適応されないけど!!
とりあえず、筋トレして頭を冷やそう。
昂ぶった性欲は、筋トレの良いエネルギーになるのだ。
魔力の負荷を上げながら、もも上げをしたり反復横跳びをしたり――夏休みのテンションで頭がおかしくなった学生のような行動をしながら家に帰り着くと、布団をしまう押し入れからものスゴく妙な気配を感じ取った。
開けてみると、そこには布団ではなく四年ほど前に見たような記憶がある、緑色の肌を持つ醜悪な小人を見つけた。
種族名 ゴブリン
名前 なし
体力 12万7255/12万7452
筋力 25万8990
魔力 5500
敏捷 8万2720 ▲
Lv 105
職業 剣士
スキル
『体力増強Lv23』『筋力増強Lv22』『魔力増強Lv5』『敏捷増強Lv13』『剣術Lv13』
特殊スキル
『体力自動回復』
なんで俺の部屋にゴブリンが? って言うかレベル高っ!!
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