幼馴染みの秘密

「私、靖くんに告白したいことがあるの」


 と、言ってきた。

 え? い、いや……待って!! 告白……さっき俺が一緒に受験しようと誘ったときに「ヘタレ」と罵られて確信した。

 多分、いちかちゃんは俺のことが好きだ。


 思い返しても、俺のどこに惚れる要素があるのかは1ミリも心当たりはないけど、それでも好きだって伝えるのは俺からが……


「靖くん……私は、靖くんのことが前世から。ずっと好きだよ」


 あぁ、言われてしまった。

 大好きないちかちゃんに告白された嬉しさと、手玉に取られた悔しさがない交ぜになるけど、嬉しさの方が百倍大きくて、悔しさが消えていく。


「お、俺も前世からずっと好きだからっ!」


 告白とは、好意の確認作業だとも聞いたことがある。

 さっきは、フラれるのが怖くて躊躇したけど。それでも、俺はいちかちゃんに好きだと伝えたかった。

 それこそ、前世から―――ん? 前世から?


「……って、あれ? いちかちゃんももしかして前の人生が?」


「うん。気付かなかった?」


 気付かなかった。

 いや、確かにいちかちゃんは年齢にしては大人びてるなぁとは思ったのだ。小学生特有のよく解らない言動とかしないし、俺の隣で読んでいる本も小学生が読むにしては少し難しそうな本が多かった。


 それでも俺は「早熟な子だったんだなぁ」なんて思ってただけだけど。


「え、じゃあいつ死んだの? って言うか死んで戻ってきたの? そもそも前の人生って……いや、それよりも、前世から好きって――?」




                 ◇




 靖くんほどに直向きで澄んだ瞳を持つ人は居ない。


 私こと小林いちかが靖くんに対してそんな印象を抱いたのは小学五年生の時、週に一度の児童クラブで一緒になったときだった。

 でも、正直最初は、私は靖くんのことはどちらかと言えば嫌いだった。


 固有スキル『慧眼』にもあるように、私は色んな人の感情や物事の正鵠を前世の幼い頃から見抜くことが出来た。

 そんな私から見ても何を考えているか解らない。この世界の殆どの人を路傍の石ころのようにしか思っていなさそうな靖くんのことを気味が悪いと思った。


 いや、違う。

 前世、私が十歳になった辺りで私は持ち前の洞察力からお父さんの浮気を見抜いてしまったばっかりに、それ以来家族関係はスゴく険悪だった。

 お父さんには恨まれるし、お母さんはいつも怒ってるし。


 私は、そんなにバレエ好きじゃないけど。でもお母さんがやれって言ったから続けて。私なりに、私は好かれる努力をしていたのに!!


 そんな複雑な環境にあったから、何も考えないで気楽そうな靖くんのことが羨ましかったのかもしれない。


 そんなこんなで六年生になって、靖くんがクラスメイトからも先生からもいじめを受けてるのを見て、正直「ざまぁみろ」って思った。

 その時ばっかりは、先生が主導だったからか。靖くんが気に入らなかったからか、正義感の強い女の子でさえ靖くんを庇ったりすることはなかった。


 普通だったら心が折れている。クラスメイトが全員敵に回って、しかもそのリーダーが担任の先生だ。普通なら不登校になってもおかしくない。


 でも、なのに……靖くんはそんないじめにもまるで意に介さなかった!!


 最初は軽い無視からだった。でも靖くんは「いや、別にあなた方と話す必要とかないですけど?」と言わんばかりに、休み時間は一人でずっと楽しそうに勉強していたし、小学生特有の脅し「○○やってくれないなら、靖くんとは友だち辞める!」と誰かが言ったときは「え? 友だちだったの?」と素で聞き返していた。


 それで、シカト程度じゃ反応すらしないから。クラスのいじめっ子たちが、殴ったり足をかけたり、ものを壊したりと物理的ないじめを始めた。

 流石にそれは酷いし止めようかと思ったけど、いじめなんて止めた人間が次の標的にされるのが世の常だ。私は見るだけだった。


 そんなある日靖くんは吹っ切れたのか、キレたのか。いじめっ子たちに対してこんなことを言ったのだ。

「おまえらと一緒の中学校行きたくないから、受験する」と。


 それから靖くんは元々他人なんて見てないような人だったけど、もっと他人のことを気にしなくなっていた。

 授業中は「受験勉強」を盾に、先生の授業と違う勉強をしたり。「受験勉強」を盾に、本当はみんなが面倒くさがってやりたがらなかった長縄の毎日の朝練を二日に一回に減らしたり。

 先生にはめちゃくちゃ反抗的なくせに、いじめに加担していたクラスメイトにはなんの仕返しもしなかった。


 そんなこんなで「受験勉強」を盾に先生に刃向かいまくった靖くんはクラスのやんちゃな男子を筆頭に、人が集まっていった。

 私個人としても、あの担任の先生は嫌いだったし。いつもテストで百点を取りながら何かあれば「受験勉強」を盾に先生を黙らせるのは見ていてかなり爽快だった。

 あまり他人について語らない私が思わず、「靖くんって勉強できてスゴいよね」と話回っちゃったりするほどだ。

 多分、みんなも靖くんのそんなところに惹かれたのだろう。


 気がつけば靖くんはあっという間にクラスの中心になっていた。


 そして私もずっと、靖くんを目で追うようになっていた。

 私は『慧眼』があっても、なくても色んなものが見える。見えてしまう。見えてしまうから、自分への悪意にも敏感に気付いてしまう。


 毎日ギクシャクとした家族関係。小学生特有の、誰が誰と何番目の友だちかとか言うマウントの取り合い。それに伴う大量の悪意。

 それに悩み苦しんでいた私は。全てを気にせず、ただ直向きに『勉強に熱中する』というただ一点のみで全てを呑み込んでしまった靖くんを見て、勇気づけられた。


 思えば、その時点で私は靖くんが好きだったんだと思う。


 でも、虐める側に加担していた罪悪感と。元々私が積極的に誰かと関わろうとする性格でもなかったことも相まって、あんまり話すことなく、そのまま中学校が別になって疎遠になってしまった。


 それ以来、私の人生はとても味気なかった。


 両親が離婚して、母親に八つ当たりされるのも。友だちが好きだった先輩に告白されて、友情が崩壊するのも。ありふれた話で、ありふれた悩みだけど。その度に私は「靖くんならどうするのかな?」と考えて。

 聞きたくて。会ってみたくて。でも、靖くんの家の住所も解らないし。解っても、そんなに仲が良かったわけじゃ無いから突然会いに行く勇気もない。


 ただ、歳が経つごとに靖くんに与えられた勇気は風化していって。

 すり切れた勇気を振り絞って、虐められていた子を助けたら、自分が標的になって不登校になって。

 引きこもって一年だったか二年だったか経った頃に、日頃の運動不足が祟ったのか歩道橋の階段で足を滑らせて、そのまま転落死してしまった。


 心の底からつまらない人生だった。


 だから、正直自分が幼稚園生の頃に戻ったときは絶望した。

 どうしてまた、あの両親の元で二度目の人生を歩まないといけないのか、と。


 そんなある日、偶々母に連れられた公園で、見覚えのある男の子を見かけた。


「(え!? なんで、靖くんがここに……いや、通学路で偶に見かけたし、この辺に住んでたのかな?)」


 そんなことを思いながら、私の足は自然に靖くんの元へ駆けだしていた。


「何してるの?」


「け、懸垂だけど……」


 その一言で、なんとなく。靖くんが私と同じ『転生者』なんだなぁとは察せられた――私の知る、前の人生の靖くんは勉強ばっかりのイメージで。運動は苦手じゃないけど、好きじゃなさそうな感じがあったから。


 私は思う。今度の人生は、筋トレなのね――相変わらずの直向きで澄んだ瞳に、生まれ変わっても靖くんは変わってなくて。

 私は、相変わらず靖くんのことが好きで。

 ……大車輪するって言って、頭から落ちたのは流石にびっくりしたけど。


 怪我の功名って奴か、それがきっかけで靖くんと幼馴染みになって。


 それで、もっと好きになった。

 靖くんが近くに居るだけで、自分が悪意に晒されることがなくなったからかもしれない。あるいは、今世は靖くんがしょっちゅう家に来るようになったことで、お父さんが浮気をすることがなかったからかもしれない。


 そして何より。今世固有スキル『慧眼』によって前の人生に増して見えすぎるようになった私だけど、それでも靖くんは相変わらず真っ直ぐで真っ白で。なにも考えないくらい自己鍛錬にのめり込んでいて。

 そのくせ、極々偶に私に解りやすい好意を向けてくるのだ。


 多分、普通の人じゃ気づけない好意。

 だからあんまり自信はなかったし。向けられる好意は、あるいは幼馴染みに向けられる親愛のそれとも思っていたけど。

「ただの幼馴染みとしか思えないから」なんてフラれたら、自殺してしまいそうだったから告白は出来なかったけど。


 でもさっき、靖くんが「一緒に受験しよう」と誘ってくれて確信した。


 靖くんは私のことが好きだ。そして私はただでさえ好きだった靖くんのことがもっともっともっと大好きになってしまった!!


 だから私は、告白をした。

 前世から好きだったことを。


 そして前世の話も、追々語っていくつもりだ。それ以上に、靖くんの前世の話も。特に疎遠になってしまった中学生以降の話を聞いていきたいとも思っている。


 何はともあれ私は、前の人生と遭わせて24年の人生で初めての恋人が出来た。


 靖くんと恋人になった。

 ただ一つだけ不満を上げるなら……


「こんなことなら、前の人生で告白すれば良かった」


 そしたら私の一周目の人生はもっと華やかで楽しいものになっていただろう。

 ただ、それすらも靖くんと恋人になれた喜びの前には些細な不満だった。

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