出撃前に……


「隊長が不在である今回の作戦は、彼女の代理として私が指揮を執ります。それでは改めて、作戦の概要を説明するね」


 普段のほんわかとした雰囲気とは打って変わって、真剣な表情を浮かべるベルラ先輩が任務の内容を俺とテレシアに伝える。

 先輩が先程告げたように今回の任務はリーゼロット隊長がいない状態で臨む。

 聞いた話によると、隊長は現在とても重要な任についているそうなのだ。


 国王が諸侯に領地の保護をする代償に忠誠を誓わせる封建制国家の我が王国は年に一度、各地の諸侯を王城に集める慣習がある。

 国王を中心に政治?とかの話をしているそうなのだが、俺は諸侯らがどんな事を話しているのか全く知らないし、全然興味もない。

 だがしかし、この会議が相当重要らしく、ワンオフ機を有するリーゼロット隊長を始めとした他の小隊の隊長格の騎士が厳重に王城の警護をしているそうなのだ。


 そろそろ話を纏めよう。

 魔導騎兵のメッカである帝国の軍隊は世界一の練度を誇っている。

 だから、所詮は帝国を追われた軍人崩れ……とは言えど、決して彼らを烏合の衆と呼んで油断は出来ない。

 しかし、王国騎士団の実力者は先述した王城の警護のため、その殆どが出払っている。

 そういった事情があるので、騎士団の上層部の方々から何でも屋……ではなく、特務部隊である我が第7小隊にお声が掛かったのだ。


 確認されている敵勢力は帝国内で流通している旧世代の魔導騎兵「ジダル」が6機。

 それに対して、こちらの魔導騎兵の数は俺とテレシア、そしてベルラ先輩が操る「ガラド」が3機のみだが、本当に大丈夫なのだろうか……?


 ベルラ先輩による説明が終わった後の第7小隊の面々は一向に口を開かない。

 先輩は俺の顔をちらちら見ながら、困ったような表情を浮かべて思案に暮れていた。

 彼女は色々と複雑な事情を抱えており、15歳なのにも関わらず、この騎士団に所属している身だ。


 ……俺には全く想像ができないが、先輩も俺と同じように何かを考えているのだろうか。


「もしかして緊張、しているのですか?」


 不安に思う心が表情に表れていたのか、俺の顔を覗きこんだテレシアが声をかける。


「そういうテレシアは緊張しないのか? 俺達は……これから、自分の手で人を殺すかもしれないんだぞ」


「自分が殺される可能性を考慮しないなんて、貴方は傲慢ですね」


 クールな表情を崩さずにテレシアは毒を吐く。

 ……正直に言うと、俺は死ぬのがめちゃくちゃ怖いし、敵を殺す覚悟も持てていない。

 けれども、テレシアやベルラ先輩に余計な心配をかけるわけにはいかない。

 だからこそ、俺は普段通りを装って虚勢を張り、口では強がりを言っているのだ。

 それにしても、テレシアだって人間と殺し合うのは初めての経験のはずなのに、どうしてこんなにも落ち着いて……。


「あ……」


 ……不意に戸惑いの声が飛び出す。 

 彼女の腕が微かに震えているのが目に入ったから。

 テレシアが見せた……思いもよらない姿に驚いて顔を上げると、彼女は顔をしかめて険しい表情を浮かべていた。


 そりゃそうか。

 テレシアだって、全く恐怖を感じていないわけでは無かったのだ。

 よく考えたら当然の帰結である。

 相手に負けたら死んで、たとえ勝ったとしても確実に相手の命を奪うことになる。

 どんなに敵が外道であろうと。

 どんなに自分の操縦技術に自信があろうと。

 そう簡単に割り切れる筈がないのだ。


「大丈夫だ」


「え……?」


「俺は親父を超えて、英雄になる男だからな。どんなにピンチになっても俺が敵の魔導騎兵をぜ〜んぶ纏めて蹴散らしてやるよ」


 俺の発言が想定外だったらしく、テレシアはすっかり困惑している表情を俺に見せている。


「……いきなり意味不明な事を言わないで」


 ……かと思いきや、ゆっくりと項垂れるように俯いた彼女はボソリとそう呟く。

 まぁ、そう反応するだろうな。

 俺は考えがあってこの言葉を発した訳ではない。

 ただ、少しでもテレシアの気持ちを楽にしてあげたかったのだ。

 さりとて、俺の意図を知らない彼女からしたら、別に好意を寄せている訳でもない同僚の男に自分の心を見透かした気になった発言をされただけである。

 人と馴れ合う事を良しとしない彼女は心底不快な気分になるだろう。


「……でも、貴方は貴方で勝手に頑張って下さい……もちろん期待なんてしませんから」


 だが、彼女はそう言い放った後に頬を赤らめながら照れ臭そうにそっぽを向いた。

 完全に意識外の攻撃である彼女の「ギャップ萌え」は俺の心にクリーンヒットする。

 なんなんだ。テレシアのこの反応は。

 何となく、胸がキュンとする。


 ……そんな俺達の姿を瞳から光沢が消えた虚ろな目で見つめるベルラ先輩の存在には気づかずに。

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