幕間 ~『幼馴染の真意』~
赤い絨毯が敷かれた瀟洒な執務室のデスクには、葡萄酒片手に崩れ落ちるリザの姿があった。空になった瓶が机に三本並び、彼女の頬は真っ赤に染まっている。
「うっ……っ……ひ、酷いよっ……あんなに尽くしてきたのに……」
リザは鬱憤を飲み込むように葡萄酒を口の中に流し込む。グラスの中身が空になると、さらに新しいビンのコルクを開ける。
「無能扱いした私が悪いのは分かっているの。でも仕方ないじゃない!」
リザがジークを無能扱いしてきたのは、彼が女神の加護に目覚めていないからでも、魔法の才能がなかったからでもない。本当の理由は別にあった。
「ジークが優秀な人だって私も分かっているの……優しくて、勇気があって、本当は誰よりも尊敬していた……でも、だからこそ……他の人に彼の凄さを知られたくなかった……」
ジークは魔法使いとしては無能だが、人として劣っているわけではない。炊事や洗濯などの家事スキルは超一流だったし、文字の読み書きや算術も得意だった。
「私が外から帰ってくると、いつも暖かいご飯ができていて、お布団もフカフカで、このまま子供が出来て幸せに暮らすことを夢見ていたのに……っ……ど、どうして、こんなことに……」
リザはジークの魅力を理解していたからこそ、彼の長所が多くの女性から好意的に映ることを知っていた。その危機感が悪い方向への心配を生み、恋人の座を奪われる恐怖へと繋がった。
リザはジークを奪われないために頭を悩まし、そして一つの結論に辿り着いた。彼が魅力的だから奪われる危険があるのだ。ならばその輝きをなくせばいいと。この考えが彼を無能扱いした本当の理由だった。
リザは訓練場だけでなく、街の至る所で、ジークを罵倒した。できる限り大勢の前で如何に彼が無能かを辱めた。その結果、ジークは街中の人間から見下され、女性から見向きもされなくなった。おかげで恋人の座は安泰だと安心していたら、降って湧いたような突然の別れ話である。
「もしジークに恋人ができたりしたらどうしよう……だ、駄目……耐えられないよ……」
ジークの隣を見知らぬ女性が歩いている姿を想像し、リザは掴んでいたグラスを握りつぶす。手の平から涙のような赤い血が流れるが、彼女は痛みを忘れたように、手の中で硝子を粉々にする。
「やだもん、やだもん、ジークは私のものだもん。絶対に他の女なんかに渡さないもん!」
リザは自分でも自覚しているほどに嫉妬深い性格をしていた。以前、ジークが商店の娘と楽しそうに談笑していただけで、三日間、部屋に籠って泣き続けたほどに彼女の愛は重かった。
「ジークのこと、諦めたくない。子供の頃からずっと好きで、ようやく両想いになれたのに、こんなことで失いたくない!」
リザは物心ついた頃からジークと共に生きてきた。本当の家族同然に育ってきた彼女は、いつからかジークのことを一人の男性として意識するようになっていた。
告白した日のことをリザは今でも鮮明に思い出せる。初めて告白し、家族だからと好意を拒絶されたこと。それでも諦めきれず何度も告白し、百回目でようやく好意が受け入れられた日のこと。あれほど嬉しかった思い出が灰色に染まる恐怖に、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
「会いたいよ、ジーク……お願いだから、帰ってきてよぉ……」
リザは机の上に飾られた肖像画を手に取る。一流の絵師に描かせたジークの肖像画は、彼の雰囲気を上手く表現しており、まるで本人が間近にいるような錯覚さえ感じさせてくれた。
リザは誰もいない執務室でひたすらに泣き続ける。彼を慰めてくれる幼馴染はもういなかった。
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