幼馴染のパワハラに耐えられなくなったので、世界最強のオッサンは定食屋でスローライフを満喫します
上下左右
プロローグ ~『パワハラに耐えられなくなったオッサン』~
中編小説です。三万文字くらいで完結させる予定です
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「本当、あなたは無能な男ね」
人がごった返す訓練場で、凛とした声が響き渡る。声の主の少女は絹のような金髪の髪を輝かせ、空のように青い瞳に侮蔑の感情を込めている。彼女の視線の先には彼女よりも一回り年上の中年男性がいた。無造作に切られた黒髪と青白い肌をした学者風の男で、彼女の罵倒が悔しいのか魔法の杖を握りしめている。
「お、俺は、無能なんかじゃ……」
「あら? 下級魔法さえ碌に扱えない人間が無能でないと?」
「ぐっ」
一回り年上の男を少女が罵倒する。その異様な光景は訓練場で修行していた魔法使いたちから嘲笑を引き出す。
「でもまぁ、女神の加護がないのだからそれも当然ね……」
「俺に加護がないとまだ決まったわけじゃない」
「あなた、まだそんなことを言っているの。自分が何歳なのか自覚してる?」
「あー、あー、聞こえない」
「はやく現実を直視しなさい。あなたは無能なオジサンなの」
「俺は有能なんだ。きっと凄い加護が眠っているはずなんだ」
女神の加護。それは人が女神より与えられた宿命を形にした力である。加護の効力は宿命に応じて変化する。例えば勇者の宿命に目覚めた者は驚異的な身体能力と魔力が与えられるし、パン職人の宿命に目覚めた者は美食家を満足させるようなパンを焼くことができるようになる。
まさに女神の加護こそ、底辺でも一発逆転できる才なのであるが、覚醒条件を満たさないと加護の力を発揮せず、またその発動条件は自分で見つける必要があった。そのため一生加護に目覚めない者も珍しくない。
「ジーク、あなたの特技なんて、ちょっと家事が得意なのと、ちょっと顔が私好みなのと、ちょっと優しいことくらいで、他はぜんぶ駄目駄目じゃない」
「リザ……」
「でもあなたには救いがあるわ。なにせ私の幼馴染なんだもの。私は絶対にあなたを見放さないから、無能なりに頑張りましょう」
ジークとリザ、二人は下手をすると親子ほども歳が離れているが、彼女が生まれた頃からの付き合いで、本当の家族同然に育ってきた。
だがある日を境にリザは豹変する。兄のように慕っていたジークを無能扱いし、その汚名を街中に広めたのだ。そのせいで無能のジークの名は、この街で知らぬ者がいないほどに有名になっていた。
「ジーク、あなたは恵まれているのよ。なにせ大賢者である私が指導してあげるのだから」
リザは大賢者の女神の加護を与えられていた。あらゆる魔法を極め、神にも匹敵する魔力を保有する大賢者はすべての魔法使いたちの頂点に君臨していた。
「ジーク、あなたは私という存在に感謝し、もっと幸運を噛みしめるべきなの」
「お、俺は……」
「ふふふ、嬉しいでしょう。なにせ幼馴染だけでもお釣りがくるのに、私の恋人でもあるのだから」
ジークとリザは幼馴染から発展した恋人同士だった。最初に思いを打ち明けたのはリザの方からだった。桜色に頬を染めながら告白する彼女は天使のように美しかったが、意外にも最初の告白は失敗に終わる。
ジークはリザと血の繋がりこそないものの妹に対するような家族愛を持っていた。そのため彼女の告白を断ったのだ。
しかしリザは諦めなかった。一年以上の間、アプローチを繰り返し、ようやくジークに自分のことを異性として認識させ、そして百回目の告白でリザは見事ジークの恋人の座を手に入れたのだ。涙ながらに彼女は恋が実ったことを喜び、ジークもまた彼女となら幸せになれると信じていた。
だがあの時恋人になったのは間違いだったのだとジークは後悔していた。恋人から囁かれるのは甘い愛の言葉ではなく、彼の人格を否定するようなパワハラばかり。ジークの心は擦り減り、そしてとうとうポキッと折れた。
「リ……リザ……」
「ん? どうかしたの?」
「耐えられない……もう……限界だ……」
「弱音を吐くなんて、あなたは心まで無能なのね」
「もう無能でいいよ……だからさ……別れて欲しいんだ」
ジークは苦悩で眉を歪ませ、恋人関係の解消を請う。リザは突然の別れ話に、呆然と立ち尽くす。
「リザ?」
「…………」
「聞いているのか、リザ?」
「え、愛してるですって?」
「そんなこと言ってない!」
ジークは聞いていなかったのなら仕方ないと咳払いすると、再び別れの言葉を口にする。
「恋人関係は今日限りだ。いいな?」
「だ、駄目よ。駄目駄目。そもそもジークは私なしで生きていけないでしょ?」
「そんなことないさ……贅沢な暮らしはできないかもしれないけど、冒険者でもやりながら細々と暮らすさ」
「で、でも……」
「もう決めたんだ」
「ジ、ジークぅ」
ジークの別れの意思は固いと感じ取り、リザは目尻に涙を浮かべる。何か口にしなければと必死に口をパクパクと動かすと、彼女は神妙な表情で小さく頭を下げる。
「あ、あの、言い過ぎたのなら謝るわ。だ、だから、ね……」
「謝らなくていいよ。無能な俺と別れられて、リザも嬉しいだろ」
「ち、違うの。無能だと罵倒したのはただの照れ隠しで……」
「ははは、街中に俺が無能だと知れ渡るほどの照れ隠しか……」
「ほ、本当なの、あなたを傷つけるつもりはなかったの……そ、それにね、私はあなたに尽くしてきたでしょ。広い家に魔法の杖、あなたにはすべてを買い与えたわ」
「なら……全部返すよ」
ジークは魔法の杖と金貨が詰まった革袋を手渡す。金貨の重みが彼女に別れ話が現実なのだと伝える。
「こ、これだけだと足りないわ。ほ、ほら、ジークには豪華な食事をご馳走したでしょ。今までの食費を返してもらうまで別れないんだから」
「食費か……この腕を見てもそう言えるのか?」
ジークはローブの先から青白い腕を示す。触れれば折れそうな細腕をリザは不思議そうに見つめる。
「この細い腕がどうしたの?」
「リザの言う通り、俺の腕は剣も持ちあげられない細腕だ。だが生まれた時からこうだったわけじゃない。昔はもっと肉付きが良かったんだ。だけどストレスで食欲が湧かなくなり、気づいたらこの腕だ」
「ジーク……」
「リザの顔を見ながら食事をすると、食べたモノを吐き出せと胃が命じてくるんだ。あんなに好きだった料理が嫌いになりそうなんだよ」
ジークは魔法も剣も扱えないが、料理だけは得意だった。自分のために作るのもそうだが、リザが美味しそうに食べてくれるのが楽しく、料理の腕だけには誰よりも自信があったし、努力もしてきた。
だがパワハラによるストレスはジークの心を粉々に壊した。食事をしている最中も無能だと馬鹿にされ、なぜこんなこともできないのかと屈辱で心が満ちていく。彼はただリザと共に食事を楽しみたかっただけなのだが、その思いにリザは気づいてくれなかった。
「ジ、ジーク、私、あなたと別れたくない……あなたは永遠に私のモノよ」
「いいや、俺はモノじゃない。心ある一人の人間だ……」
「ジ、ジーク、やだよ……わ、私……」
「今日限りでさよならだ。次はパワハラに耐えられる恋人を探してくれ」
ジークはそう言い残して、リザの元を去る。幼馴染の大賢者は茫然と彼の背中を見つめるのだった。
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