第3話
「……それで、どういうことなのか、ちゃんと事情を説明してくれませんか」
跪いたままの彼女達に、俺は質問を投げかける。
「アトラクションか何かなんですか、それとも、変わった類のサプライズ?」
俺の誕生日はまだまだ先だし、特に思い当たることもない。とにかく、俺の頭の中は、疑問符で一杯になっていた。
「ここは魔界で、貴方様は魔王です。我々は、貴方の忠実な下僕に御座います」
「だから、それはもういいって。誰が何の目的で、こんな手のかかるイベントやってんの? 説明くらいしてくださいよ!」
「これはイベントではありません。目的と言われましても、我々はただ、降臨なされた魔王様を、お迎えに上がっただけです」
「もうその設定いいからさ! それとも何、これは夢か? やけにリアルな感触だけど」
「魔王様、これは現実です。ここは魔界であり、貴方様が魔王なのです」
「だからそれはいいってば!」
いくら質問をしても、返ってくるのは同じ言葉ばかりである。さすがの俺も、だんだんと腹が立ってきた。
「もう説明はいいよ。それより、家に帰して欲しいんだけど。今、何時なのか分からないけど、今日は平日なんだから、学校に行かないと拙いんだからさ!」
近々、テストが控えている。授業をサボっている場合では無いのだ。
「帰る、と言われましても。我々は魔王様が何処から来たのか、全く存じ上げません」
「いやいや、俺を連れて来た人がいるでしょ。その人を連れて来てよ」
「我々は、お迎えに上がっただけですので」
全く噛み合わない会話。通らない欲求。俺は遂に癇癪を起こした。
「もういい! 一人で帰る!」
「お待ち下さい!」
背後で騒いでいるが、知ったことではない。俺は大股歩きで、建物の外へと向かう。
『ったく、いつまでも付き合ってられるか!』
テレビ番組か何か知らないが、俺にだって都合というものがある。もう十分、リアクションも撮れただろうし、これくらいで終わらせてもらう。
『問題は、ここがどこで、どうやって帰ればいいのか、ってことだよな』
ポケットの中を探ってみるが、財布もスマホも無い。誰かに助けを求めるには、交番か公衆電話を見つけなくてはならないだろう。
「にしても、暗いな。今、何時頃なんだろ」
時計も無いので、時間を見ることが出来ない。何気なく空を見上げた俺は、驚きのあまりその場に立ち尽くした。
なんと、空に太陽が二つもあるのだ。
「……おいおいおい、冗談だろ」
俺は立ち止まり、目を擦る。やはり、太陽が二つあるように見える。
一つは月なんじゃないのかとも思ったが、月にしては大きすぎるし、空を覆う雲を通り抜ける光の強さは、とても反射光とは思えない。
先ほどの、美女の言葉が蘇る。ここは魔界だというあれは、芝居の台詞ではなかったのか?
『よく考えてみれば、空飛んだのだって、まともじゃないよな』
人間離れした体格の大男、目の前で変化を見せた自称魔族、堕天使の背中に生えた翼、現実にはあり得ないものばかりだ。少なくとも、人間界においては。
てことは、本当にここは魔界なのか? いやしかし、魔界だの魔物だのなんてもんがあるわけなし、でもじゃあこの目の前の光景はなんなのか、しかし魔界なんて世界はあくまで想像上のものであって……。
考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。俺は薬物でもやっていて、幻覚でも見ているのだろうか。そう思ってしまうほどに、信じられないことの連続である。
「ええい、止めだ止め!」
下手な考え休むに似たり。ここで今、いくら頭を捻ったところで、正しい答えなど出はしないだろう。それよりも、あの連中から話を聞いた方がいい。俺の質問に、まともに答えてくれるかどうかは微妙なところだが、連中も口を滑らせることがあるかもしれない。
俺は広間へと戻った。律儀にも、先ほどの全員が、その場に残って俺を待っていた。
俺は一度咳払いをして、彼らに問いかける。
「コホン。で、お前らの目的はなんだ」
「目的、と仰いますと」
「俺をここに連れてきた目的だよ。何か理由があるから、こんな誘拐じみた事をしでかしたんだろ」
「目的も何も、我々が魔王様をこちらに呼んだわけでは御座いません」
「じゃあ、誰がやったんだよ」
「さあ。我々には、分かりかねます」
しらを切る堕天使。さすが、天使の頭に堕がつくだけのことはある。どうやら、一筋縄ではいかないらしい。
「おかしいじゃないか。お前らが呼んだわけでもないのに、どうして俺が来る事を知ってたんだ。まさかあんな場所で、ピクニックをしていたわけでもないだろう?」
「我々は、呼ばれたのです」
「呼ばれた? 誰にだよ」
「ですから、魔王様に、です」
連中の言う魔王ってのは、俺のことだから、つまり俺が呼んだと言うわけだ。ハ、馬鹿馬鹿しい。嘘をつくならもっとまともな事を言えってんだ。
「俺がそんな事するはず無いだろうが。そもそも、こんな妙ちくりんな場所になんて、来たくもなかったんだぞ? 人を騙すつもりなら、もっとマシな嘘をつけ」
「嘘などではありません。我々が魔王様に、そんな事をするはずが無いではありませんか」
うわ、よく言うよ。魔界の住人から「嘘つかない」と言われ、信じる馬鹿がどこにいるのか。青い目で金髪の白人が、片言の日本語で「オーウ、ワターシノカケイハ、センゾダイダイニホンジンデース」ってくらい怪しい。
その後もいろいろと聞いてみるが、どうもまともな答えが返ってこない。本当にこいつらが、俺を呼び出したんだろうか?
「さてはお前ら、下っ端だな。情報を伝えられて無いんだ。だから、質問に対してちゃんと答えられないんだな」
それなら納得がいく。
「で、俺を誘拐したのは、どこのどいつだ。お前らじゃ話にならんから、黒幕に会わせろ!」
「いえ、黒幕も何も……。そもそも、魔王様が自ら、こちらにいらしたのではないのですか?」
「くだらん冗談はいらん! もっと話の出来る奴を呼んでこい!」
「そうは言われましても……」
ほとほと困った、みたいな様子の魔物達。本当に困ってんのはこっちだっつーの。
「魔王様ぁん。そんな難しい話は後にして、もっと楽しいことしましょうよぉ」
魔族の女が、俺にウインクをしてくる。確か名前はミルティとか言ったか、ほとんど水着みたいな格好をした、エロい身体つきのねーちゃんである。
「ねえん、魔王様ぁ。堅い話より、もっと良いことしましょ? ね?」
「ね、じゃないっ! お前はもう少し空気を読め! なんでこのタイミングで、そんな事が言えるんだよっ!」
「だってだってだって、ミルティは魔王様の虜ですもの。他のことなんて、何も考えられないんですわぁ」
甘えた声で迫る色ボケ女魔族。ここではない別の場所で、もっと違う状況で同じことを言われたら、男として相当嬉しい話である。が、今、このタイミングでは『空気を読め馬鹿』という感想しか出てこない。
「魔王様ぁん」
「ええい、近づいてくんな!」
「そんな事言わないでくださいよぉん」
「俺がこんな風に怒ってる時に、よくそんな色ボケみたいなこと言えるな!」
「だってミルミル、そういう魔物ですもの」
「どういう魔物だよ!」
突っ込む俺に、メイドが補足をする。
「魔王様、ミルティは色欲を源とした魔物です。ですので、いかなる状況においても、彼女はああなのです」
色欲が源の魔物、つまりエロの権化ってことか。確かに見た目といい言動といい、そんな感じではある。
「分かってくださいましたぁ? なら、早速ミルティといいことしましょっ」
「しない! 俺は色欲を源としてないんだよ!」
「そんなぁ。魔王様はミルティのこと、嫌いですかぁ?」
目を潤ませながら、俺を上目遣いに見る女魔族。その仕草が妙に色っぽくて、ついドギマギしてしまう。
「す、好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないんだよ! 今はもっと大切な話の途中だってことだ!」
「良かった。なら、すぐに話を終わらせて、素敵なことをしましょうよ」
ミルティが、俺の後ろから抱きついてきた。柔らかな二つの膨らみが背中に押しつけられる。
「は、離れろ! お前はその、少しは自分というものを認識しろ。その身体つきとか格好とか、そんなんで来られても、その、なんだ。とにかく、目のやり場に困るんだよ」
俺も年頃の男の子である。だから、そういう事に興味は少し……いや、結構、もとい、かなりある。かなりあるが、だからといって相手は誰でもいいとか、やっぱりそういうのは良くない。そういう事は、好きな女の子とだけするべきなのだ。
「なら、目を閉じててくださいな。魔王様は寝ているだけで、後はミルティが、最高に気持ちよくさせますからぁ」
「や、止めろ! ……おい、お前達も、何か言え!」
一対一では分が悪いので、他の連中に助けを求める。
「あ、魔王様、その件に関してですが」
堕天使が立ち上がり、他の者達に何やら目配せをする。と、暗黒騎士を始めとした半数ほどが立ち上がり、それぞれが一礼をして部屋から出て行く。
「あ、おい、どこへ行く気だ。話はまだ終わって――」
「魔王様」
呼び止めようとする俺を、堕天使が制止した。
「なんだよ」
「その、お話があります」
何故か視線を合わせず、下を向いたまま、ちらちらとこちらを上目遣いに見上げる。
「こちらに、おいでください」
なんとなく、胡散臭さを感じはしたが、言われた通りについていく。後ろを振り返ると、出て行かなかった残りの連中も一緒である。
堕天使に女魔族、メイドと黒髪の剣士の四人。女性陣だけなのは、何か意味があるのだろうか。
案内されたのは、広くて豪華な部屋。やけにでかいベッドが、中央に備え付けられている。
「魔王様ぁ、よろしいでしょうか」
すす、と寄ってきたのは、女魔族のミルティ。四人の中でも、一番露出の高い服装をした娘である。
「な、何だよ」
また抱きつかれるのではないかと、一歩後ずさりをする。が、彼女の動きは素早く、気がつくと俺の目の前にいた。
「魔王様……」
彼女の手が俺の胸部に触れる。金色の濡れた瞳が、俺を捕らえてはなさない。
彼女の腕が俺の首に巻き付き、両者の距離が極限まで縮まる。その、大人の女性の香りに、俺の感覚は変に研ぎ澄まされていく。
「や、止め……」
抵抗も虚しく、そのままベッドに押し倒される。ミルティは妖艶な笑みを浮かべ、俺に微笑みかけた。
「魔王様、我々は、魔王様に全てを捧げる所存に御座います」
「す、全てって、な、何を……」
「はい。ですから、身も、心も、です」
ミルティの指が、俺の首筋を撫でた。ぞくりとする快感に、思わず身を震わせる。
「魔王様……」
柔らかな二つの膨らみが、俺の身体に触れる。経験のない感触に、脈拍が急上昇し、喉がからからになる。
「だ、駄目だよ、こんな……!」
「どうしてですか?」
じっと見つめられ、俺は視線を泳がせた。顔が真っ赤に染まっているのが、自分でも分かる。
「私なんかじゃ、魔王様のお相手は……務まりませんか……? でしたら、他の者が、魔王様のお相手を致しますわ」
「い、いや、そういうことじゃ――」
ミルティの唇が、俺の頬に触れる。彼女の髪の香りが漂い、頭がくらっとする。心臓の鼓動が激しくなり、いつの間にか下半身が強い反応を示し出す。
「魔王様、どうか、魔王様のお情けを――」
媚びるような、甘えるような声。それが、俺の脳髄をとろけさせる。
駄目だ。もう、何も考えられない。
「魔王様、来てください。どうか、お好きになさって――」
理性の限界だった。俺は跳ね起きて、彼女をベッドに押し倒す。「あっ」という声を聞きながら、その上にのしかかる。
左手で女の胸を乱暴に揉みながら、右手を服に手をかける。そして、
そして――
俺は、そのまま意識を失った。
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