1-7 山火事

襲い来るモンスターを倒しつつ森を進んでいくと、不意にルリが足を止めた。

振り返ると、小さな頭を軽く押さえている。


「どうした?」


「少し、頭がちくっとした。多分だけど、あの時の……記憶の玉が近いのかも」


あくまで光の柱は町からこの森の方角としかわかっていなかったため、最悪、この森のもっと先の場所の可能性も考えていたが、この様子だとここで合っているようだ。


「良かったじゃないか。もしかしたら、クレイジートレントって奴がそうなのかもな」


「うん。会ってみたら、わかると思う」


そうそう都合よくはいかないだろうが、ここは前向きに行こう。

そう思った刹那、辺りが急に薄暗くなった。

ざわざわと、風が木々を揺らす音が不気味に響く。


「何だ?」


ツバサは剣を抜き、周囲を警戒する。

上を見ると、木々が完全に日の光を遮っていた。暗くなった原因はこれか。


「ひゃっ!」


「どうした!?」


ルリが悲鳴を上げ、倒れこんだ。


「後ろから、何かに打たれた」


よろよろと立ち上がりながら、ルリが言う。


「何かって……っ!」


不意に気配を感じ、ツバサは横に跳躍する。

数瞬前まで自分がいた位置を、太い木の蔓が鞭のように薙ぐのが見えた。

『普通の木に擬態して不意打ちを仕掛けてくる習性』

依頼書にあったその文章が頭をよぎる。


「ルリ、今の、クレイジートレントの攻撃かもしれない! 気を付けろ!」


「!」


どこからともなく出現した蔓が、今度はルリを襲う。


「ファイア・バレット」


ルリは襲いくる蔓の鞭に向けて炎の弾丸を放つ。

蔓はボッ、と燃えて地に落ち、黒い霧となって消滅する。


「消えた。なら、モンスター」


ルリの言うとおりだ。普通の蔓は燃えた後に消えたりはしない。

蔓を燃やされたことに怒りを感じたのか、四方八方から蔦が襲いくる。

避けようにも防ごうにも、数が多すぎる。

いや、ここは……。


「気刃!」


剣を振り、まだ遠くにある蔦に向けて気の刃を放つ。

刃に当たった蔓がボトリと落ちる。

別の蔦に向けてももう一度。

そしてその隙に迫った蔦は直接叩き斬る。

遠距離攻撃ができるなら、ある程度の数はしのぎ切れる!


「ルリ、そっちは……」


「アイアン・フィスト」


虚空に現れた巨大な鉄のこぶしが、数多の蔓をまとめて押しつぶしていた。


「……大丈夫、みたいだな」


「うん」


やっぱこいつ強くね?

何で転生者の俺よりよっぽど無双してんだよ。

別に転生してきたから強いと決まっているわけではないのだが、何というかこう、不公平さを感じる。


「ツバサ、あれ」


ルリが指さした方向を見ると、ひときわ大きな樹木が『苦しさに身をよじるように動いていた』。


「あれが本体か!」


その木目掛けて気刃を放つ。

気の斬撃を受けた樹木に、ぐりんと巨大な目と、口のような窪みが現れた。

依頼書の絵で見た、クレイジートレントそのものだった。


「変な顔」


ルリが呟く。

『木のくせに気に障った』のか、クレイジートレントが正面からひと際大きな蔓を伸ばして攻撃してくる。気刃で防げる大きさには思えなかった。


「すまんルリ、頼む!」


「アイアン・フィスト」


鉄のこぶしが蔓を上から押さえつける。が、蔓はまだ生きているようにこぶしの下でもがくように蠢く。


「……小癪」


ルリが何やら悪党めいた台詞を吐く。


「アゲイン」


ダメ押しにもう1発。

2つ目のこぶしに打たれ、蔓はようやく消える。


「よし、あとは俺が切り込んで……」


どさっ。


意気込んで切り込もうと思ったら、ルリの頭上から大量の花粉が落ちてきた。

それはもう凄い量で、ルリは花粉の山にすっかり埋もれてしまっている。

限度ってもんがあるだろクレイジートレントさんよ……。

心なしかあざ笑っているように、クレイジートレントの口の部分が歪む。


「お、おい、ルリ平気か?」


「ファイア・ウォール」


いつもより低い声でルリが唱える。

ボッ、と、花粉の山が一瞬にして燃え尽きる。

炎のオーラのようなものに包まれたルリの顔からは、無表情ながら怒りの色が感じ取れた。


「ファイア・バレット」


間髪入れず、ルリが炎の弾丸をクレイジートレントに向けて放つ。

「ギィッ!」と、クレイジートレントから悲鳴のような音が聞こえた。


「ふふ、ふふふふふふふふふふふ」


ルリがルリに似つかわしくない笑い声をあげる。

その目はどこか狂気に染まっているようで。

そういえば、クレイジートレントは吸ったものを狂わせる花粉を使ってくると書いてあったような……。

恐る恐る、ツバサはルリに声を掛ける。


「な、なあルリ……」


「アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン」


直後、口を歪めたルリが狂ったように炎の弾丸をクレイジートレントに向けて連射した。

クレイジートレントが燃え盛る。というか、HPを確認したら5発目くらいでもう死んでいた。「ギィヤァァァァ」とかいう悲鳴が聞こえたきがする。そして炎はクレイジートレントから他の木々に燃え広がって辺りが炎に包まれた。


ヤバい、山火事になるわこれ。

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