(4)ウサギ、最大魔法を使う


「ウサギ!」


 俺は思わず叫んだ。


「お待たせしました、ユウ!」

「ウサギ……! わはは! ウサギだ! ウサギ!」


 俺はウサギに飛びつきたい衝動にかられた。


「行きましょう! 体育館が見える位置に!」


 ウサギはそう言うと走り出し、颯爽と校舎に入ってゆく。俺も後を追う。


「ウサギ……でも、いいのか?」


 迷いは晴れたのだろうか。このことは確認しておかなければならない。

 

「沢山考えました。結局、リアルが正しいのか、わかりませんでした。でも、私はリアルを信じることにしました。私は、リアルを手伝いたい! リアルの理想の世界を信じたい!」


 俺も同じだ。正しいかなんてわからない。でも、俺がそうしたいから、そうするんだ。


 下駄箱を抜けるとすぐに中庭だ。俺たちはいつか飛び込んだ池の横を走る。走りながら、俺はウサギに作戦を説明する。


「――わかりました!」


 校舎はロの字になっていて、中庭が終わるとまた校舎だ。そこを抜けると、目の前には芝生を引いた立派なグラウンドが広がる。その向こうに切妻屋根の大きな体育館が見える。


 ウサギは辺りを見回す。

 右手に小さな丘があり、頂上には芸術的なモニュメントがある。


「時間がありません、ここで始めましょう!」


 そう言うと、ウサギは丘を登った。俺も後に従う。

 丘の上から見ると、体育館から大勢の生徒が出てくるのが見える。

 よし、そろそろ始まったようだ!


 ウサギは杖を両手でつかみ、詠唱を始めた。聞き取れない言葉が宙を漂う。風が起り、芝を揺らす。風は丘の頂上を中心とした円を描き、そして舞いあがる。ウサギの瞳が金色に変化する。 

 あたりが一瞬暗くなると、杖の先端に光が凝縮する。


「……!」


 ウサギが何事かを短く言って、杖を天高く捧げると、一筋の光が伸びて雲を貫いた。雲は光の筋に貫かれぽっかりと大きな穴が開く。今まで見たことのない魔法だ。


「この魔法は、私の最大の魔法のうちの一つ。空の彼方より隕石を呼び寄せるものです!」


 いん、せき?

 俺は前にTVで見た、恐竜を滅ぼした隕石のイメージ映像を思い出した。


「ちょ、まっ! まだリアルが、リアルが出ていないかもしれない! 他の生徒も!」


 ウサギは張り切りすぎている。俺は焦った。グラウンドに出てきた人数は数十人といったところで、どう見てもまだ全員出ていない。

 というかむしろ体育館に戻っているようにも見える。この距離からでは細かいことはわからないがトラブルが起きたのかもしれない。小野寺からの通信も途絶えているし、細かいことはわからない。


「大丈夫、今、隕石に魔法の影響が出始めている頃です。すぐには来ません。あと二分。落下開始は九時ちょうど、つまり約束の時間です」

「でも!」

「私は、リアルを信じる。大丈夫、最初は小さなかけらが振ります。小石くらいのものです。それから徐々に大きいのが! うふふ! わたしのまほうが!」


 ん? ウサギの様子がおかしい。

 そう言いながら目を閉じ、隕石を指揮しているかのように、杖をタクトのように振る。


「リアルの言った通りです! 神を信じる人が増えれば私の魔法は強くなる! まだまだかんぜんではありませんが! いんせきのまほうがつかえます! まほうが! うふふふふ!」


 ダメだ! よくわからんが、完全にハイになっている! 急に多くの魔力が戻って酔っている、そんな感じだ。まずいまずい! 早く体育館から全員を出さないと! リアル、何やってんだよ!


 俺が、俺がやるしかない!


 俺は体育館に向かって全力で走り出した。

 芝生がサクサクと音を立てる。グラウンドの広さが悔やまれる。徐々に体育館の周りの様子が見えてくる。やっぱり、外に出ている生徒は数名だ。体育館の扉も閉まっている。


 ふと空を見上げると、雲一つない空に、ぽつんと光の点が見えた。


「あ、あれか!」


 隕石だ。光はぐんぐん大きくなっている。


 息が切れてきた!


 でも、早く!


 足が空回りする。酸素が足りない!


 あ! 


 足がもつれて俺は芝生の上に転がった。

 地面が柔らかいからそんなにダメージは少ない。俺はすぐに起き上がると再び走り始めた。体についた芝生が散る。苦しくてくらくらしてきた。でも!


 俺は壁に激突するような形で、ようやく体育館にたどり着いた。


「愛菱さん!」


 扉の横に吉村先輩やその他の退学組がいた。外にいる大半は退学させられた生徒のようだ。


「まだみんな中に!」


 俺は頷くと、重い鉄の扉を思いっきり開けた。

 ガーンという大きな音が体育館に響く。一斉に全校生徒がこちらを向く。

 ステージにリアルと副校長がいるのが見える。結構な数の生徒が残っている。


 ウサギもリアルも! 何が信じるだ! ぜんっぜん間に合ってないじゃないか! 


「リアル! 隕石だ! もうすぐ隕石が来る!」


 俺は声を張り上げた。

 生徒たちは一瞬で青ざめ、悲鳴があちこちで起こる。

 なんとなく崩壊、と言われて疑っていた人達も、隕石と言われれば危機感を持たざるを得ない。

 生徒たちはそれぞれ最寄りの出口に殺到した。俺は間一髪で扉の陰に隠れ、人の波をやり過ごす。 

 いち早く外に出た生徒たちが空を見上げて、隕石だ! と口々に叫ぶ。


「バカな! 落ち着きなさい! その生徒もグルです! 隕石なんて……!」

 

 鈴原が叫んだのと、ステージ上の演壇がはじけるのとがほぼ同時だった。演壇は粉々になって舞い上がり、まだ残っている生徒に降り注ぐ。


 きゃあああ! 声が響く。

 隕石が到達し始めたのだ!


 演壇の大きな欠片が、ふわりと宙を舞って、人のいないところに落ちて砕ける。破片が勢いよく四散する。

 とっさに俺は腕で顔を守りながら顔をそらす。

 肩のあたりに小さな破片がぶつかる。


 リアル?


 リアルは!


 俺はステージに目をやる。

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