(5)決戦、リアル VS 副校長鈴原

 リアルと鈴原は床に倒れている……が、動いている。


 演台のあった場所の背後に大きな穴が開いて、向こうの空が見える。

 ウサギさん、小石ほどって言ってませんでした!? ウサギが最大の魔法というだけあって、その威力は凄まじい。


「リアル!」


 俺は破片と、逃げてゆく残りの生徒を避けながらステージに近づいた。ステージ上のリアルがゆっくりと立ち上がって、俺を手で制する。ピンクの髪が揺れて、破片やほこりが落ちる。


「大丈夫」


 続いて鈴原も立ち上がる。メガネがない。衝撃でどこかに飛んでしまったのかもしれない。


 その目は吊り上がり、普段の冷めたような表情はそこにはない。眉間にしわを寄せ、鬼のような形相でリアルをにらみつけている。


「予言なんて馬鹿げている……! 何をした? 磯部リアル!」

 

 リアルは黙って鈴原を見つめている。


「何とか言いなさい!」


 鈴原は唾を飛ばして大声で叫ぶ。リアルは反応しない。


「なんで! なんでお前は私に逆らう!」


 突然、鈴原が駆け出す。


 ん?


 右手に何かを持っている!


 とがった木片、演壇の破片かなにかだ。


 もつれる足でリアルとの距離を詰めると、それを振り上げる。


「リアル!」


 俺は思わず叫ぶ。

 リアルが身をかわすと、鈴原は落ちていた木片に足を取られ、ゴロゴロと転がった。

 リアルがこちらを一瞥する。心配無用、と顔に書いてある。

 

 鈴原は肩で息をしながらよろよろと立ち上がると、振り向いて、正面にリアルをとらえた。膝や顔が擦り剝けて、服は破け、血が出ている。


「こ、更生させてやるって言ってるのに……! きれいな大人にしてやるって言ってるのに!」

 

 リアルがようやく口を開く。


「どうして先生は、私たちを型にはめたがるの?」

「美しいから! 整ったものは美しい!」

「嘘だね」

「え!?」


 リアルの意外な返答に鈴原は完全に動きを止めた。

 乱れて埃で真っ白な髪、唾で汚れた口元、焦点を失った瞳。その呆けた顔を見て俺はようやく気づいた。鈴原はとっくに正気を失っている。


 屋根に空いたいくつもの穴から光が指して、ほこりに反射し、光の筋がリアルを照らす。

 透き通るような肌と明るいピンク髪がまだらに光っている。


「あ、あああ……」


 鈴原の目から大粒の涙が落ちる。焦点が合っておらず、どこを見ているのかわからない。


「聞こえるの……! じょきん、じょきんって、聞こえるのよ。今でも。やめてとは言えなかった。ただ、自分の髪がぱらぱらと目の前を落ちてゆくのを見ていたの」


 何の話をしているんだ?

 リアルは鈴原を見据えたまま視線を離さない。

 

「女の教師だったわ、私の髪をぞんざいに切ったのは。四角四面で融通が聞かない前時代的な女。私たちにくだらない校則を押しつけるの。髪の毛の長さ、下着の色、スカートの丈!絶対にこんな教師にはならない。そう思ったわ」


 そうか、これは鈴原の過去の話だ。鈴原は過去を語っているのだ。


「でも、いざ自分が教師になって、自由に楽しく過ごす学生達を見ると、急に惨めな気持ちになってしまった。私の学生時代とは大違い。こんなに……自由で楽しい学校は許せない。そう思ってしまったの。許せなかったのよ、形の定まらない美しいものが!」


 リアルは黙っている。


「許せなかった……! 美しいものが……美しいお前が! 許せなかったんだよ! わああああああああ!」


 鈴原は膝をついて崩れ落ち、そのあとは嗚咽が続いた。もう鈴原にいつもの圧力はない。埃で真っ白の髪。ただの何の力もない、年相応の女性がそこにいた。

 

「……これが……罰なの?」


 もはや体育館にはほとんど誰もいなくなっていた。

 また大きな音が響き、ステージの反対側に隕石が落下した。床の破片が飛び散る。それから、次々と天井を破って隕石が落下してくる。いよいよ終わりが近づいているような気がした。

 気づくと、鈴原の目に生気が戻っている。リアルを見つめて、話しかける。


「あなたの予言は……当たった。本当に私に罰が……?」

「そう。これはあなたへの罰」


 リアルはまっすぐに鈴原を見て言った。鈴原の顔から血の気が一気に引く。

 少しうつむいて、再び顔を上げたときは真っ白な能面のようだった。


「復讐だったのよ……」


 副校長の服は埃にまみれている。

 肩から、ぱらぱらと破片が落ちる。


 ああ、この人は。


 リアルは黙って聞いている。

 隕石は次々と落ちる。


「止まらなかったのよ……。止まれなかった。走り出したらもう誰も止められない」


 この人も、この人も被害者だったのだ。だけど、どこかで加害者に転じてしまった。


「これが神の罰だと言うなら、私は受け入れる」


 穴だらけの天井から、ひときわ大きなオレンジの光が見える。次はあれが落ちるのか!?


「ごめんなさい、私は、私は。あなたが羨ましかった……」


 そう言うと、鈴原はうなだれた。

 リアルは最初から正しかった。鈴原は、リアルに嫉妬していたのだ。


「さあ、逃げなさい。あなたは、私の罪とは関係ない。あなたには未来がある、頭の良い、美しい生徒よ」

「リアル、逃げなきゃ! 早く!」


 今しかない、俺はそう思って大声で声を掛けた。

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